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レディ・チャンドラーは悪女であった  作者:
第一章 ミスター・アンダーソン
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全3章。久しぶりにライブ投稿。

ラストが肝なので完結できるよう頑張ります。

「――……前妻の娘である姉を追い出し、次女でありながら伯爵家の後継者におさまる。婚約者がいる男性と浮名を流し、破局させたカップルの数は両手では足りず」


 眼鏡をかけた男――ジャスティンは、朗々とした声で報告書を読み上げた。


「しかも複数名同時進行は当たり前で最大五股。定期的にプレゼント合戦させては、最も気に入ったもの以外を堂々と売り払ってます。……よく刺されないな」


 アンダーソン公爵家の執務室にて、若き公爵の秘書・ジャスティンは手元に落としていた視線をずらして、主の顔を盗み見た。


 雇い主であるセオドア・アンダーソンは、執務机の上で手を組み額を乗せている。

 アイリーンと関係を持ってしまった気まずさのあまり顔を隠しているようにも見えるし、消沈して机にもたれかかっているようにも見える。


「娘の素行不良に対して周囲が物申すも、両親は『簡単に靡く男や、婚約者を繋ぎとめられない娘が悪い』と開き直っています。……驚きですね。どんな神経してるのやら」


「……」


「今の伯爵夫人は、元愛人ですから『奪われる方が悪い』って考えなんでしょうけど、それだと前伯爵夫人が存命だったころから愛人を囲っていた伯爵は『簡単に靡く男』なんですよねぇ。……ブーメランだって気づいてないのウケますね」


 ウケると言いながら、その顔はちっとも笑っていない。

 容赦のない報告に、セオドアの顔色が悪くなった。

 机を挟んで立っているジャスティンからはその表情は見えないが、どんよりとしたオーラが漂っているので間違いないだろう。

 彼の主はとてもわかりやすいのだ。


「問題は男関係だけじゃありません。チャンドラー伯爵家の正統な後継者だったレティシア嬢への虐待――形見のドレスを取り上げたものの『オバサンくさい』と言い放って、一度も袖を通さずにクローゼットにしまい込む。宝石類に至っては『もうこの世にいない人の宝石なんて、変な念がこもってそうで気持ち悪~い』と言って、宝石箱に入れた状態で湖に捨てています。湖のほとりならまだしも、ボートを出して湖の真ん中でやっているので回収は不可能」


「……いや、流石にひどすぎる。血の通った人間のすることではない。ボートの上でのやり取りなんて、同乗者じゃないとわからないはずだ。根も葉もない噂ではないのか?」


「公爵家を舐めないでください。ご報告しているのはすべて確かな情報です。ドレスは長女を守ろうとしてクビになったメイド、宝石は貸しボートの船頭から得た証言です」


 アンダーソン公爵家は、皇家に連なる名門貴族であると同時に帝国一の大富豪だ。

 聞きかじった噂話や与太話を報告したりはしない。報告書に書かれているのは、ちゃんと裏取りを行った事実のみだ。


 メイドに関しては不当解雇への恨みがあるだろうが、貴族の家で見聞きしたことを外部に漏らすのはとても危険な行為だ。幸いにもこのメイドは紹介状ありで放り出されていたため、伯爵家に比べれば格は落ちるがそれなりの子爵家に再就職している。

 ちなみにその紹介状には「過去の主に忠誠を誓い、新しい雇用主に逆らう人間ですが、使いこなせる自信があるのならどうぞ(意訳)」と書かれていた。

 情報漏洩が明るみになったら今の職を失う可能性があるので、証言には相当な覚悟がいったことだろう。


「閣下はもう立派な大人の男性。どこに行くにも私がお供をする必要はない――なんて考えたのが間違いでした」

「いや、別に俺は」

「間違いでした」


 キッパリ言い切られてセオドアは怯んだ。これではどちらが主かわからない。


 若きアンダーソン公爵。帝国一の大富豪。

 畏敬と羨望。大多数の人間がこの二つの感情を持って彼を見る。


 緩く波打つ黒髪をオールバックにし、キリリとした眉、凜々しい口元、広い肩幅。

 アンダーソン公爵家の当主は、見た目は少々厳ついが威風堂々とした美丈夫だ。

 しかしその実態は押しに弱く、お人好しで口下手であることは、ごく一部の身内しか知らない。


 引き結ばれた唇は、思慮深いとか寡黙だからではなく、うまい言葉が出なくて固まってるだけ。

 目つきが険しいのは、人と対峙すると緊張して力が入ってしまうから。


 幸いにも外見詐欺のおかげで、悪党共の餌食にならずにすんでいるが、いつバレてしまうんじゃないかとジャスティンは常にヒヤヒヤしている。

 なんとか克服できないかと頑張る一方で、短所を加速させてしまう原因を排除できずにいるので年々悪化していた。


(ただでさえ厄介な女に寄生されているのに、これ以上この家を――この人を食い物にされてたまるか)


 ジャスティンは乳兄弟として同じ館で育ち、誰よりも近い場所でセオドアの成長を見てきた。

 あの事件が起きた日もそうだ。


 夏の盛り。広い庭なのに小さな蝉の鳴き声が五月蠅いほど響いていた。

 真っ青になった小さな顔、反対に真っ赤に染まった掌。

 後になってするのが後悔とは言うが、もしこの命を差し出すことで時間が戻るのなら、ジャスティンは喜んで身を捧げるだろう。


「それで。チャンドラー家の放蕩娘に、いつどこに呼び出されたんでしたっけ?」

「キングストリートとパークストリートが交差している場所に今日の夜八時」

「つまりレジェミア街――歓楽街の入り口ですね」


 秘書の胡乱な目つきに、主は顔を背けた。


「たまたま集合場所が怪しげなだけで、目的地もいかがわしい場所とは……」

「いや罠でしょ」

「疑ってかかるのは……」

「だから罠ですって」


 間髪いれずに言い切られて、巨体を丸めてしゅんとする。

 ジャスティンは見慣れているので何とも思わないが、外でのセオドアしか知らない者だったら、目か脳に異常をきたしたのではと医者に駆け込むに違いない。


「……しかし約束してしまったんだ」

「閣下。世の中にはドタキャンという言葉があるのをご存じですか?」

「それは無礼な振る舞いだ」

「評判の悪い女に誘われるがままノコノコ色町にいく方が問題です!」


 とはいえ、律儀なセオドアは一度した約束を反故にしたりはしない。

 秘書とは思えぬ強気な態度で意見しているが、ジャスティンは主の決定に従う立場だ。

 せめて自分が同行して少しでも傷を浅くしようと、忠実な秘書は決意したのだった。

お読みいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
何故かこの続きも面白いの知ってますので、是非完結まで読ませていただけると嬉しいです!
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