イメージで突っ走って自滅しただけの話
ルコラ・ミスドリは侯爵令嬢でありながら大層陰キャであった。
おどおどした性格で、疑心暗鬼の面も強く、うまく友人が作れない。
しかし親が先んじて、殊更重要な家の令嬢たちと引き合わせて友人関係を築かせていたので特に問題はなかった。
しかし問題だったのは、彼女の美貌である。
怜悧な顔立ちにうまく合う滑らかな銀髪、青い瞳は彼女を孤高の女王と見せるのに十分で、その雰囲気とそぐう体格もあって、親しい友人以外には冷たい性格の人間として見えていたのである。
故に、彼女は貴族学園内で孤立していた。
友人たちも、緊張から人前では口数の少なくなってしまうルコラのためを思って放置していたので、ルコラは孤立することそのものにはなんとも思っていなかった。
しかし、なぜか彼女がいじめをしているという不名誉なうわさが立った。
冗談ではない。
むしろ性格的にはいじめられる側にいるルコラだし、そもそもいじめをするにも誰をどういじめるのだ。
そりゃあ孤立しているから出来そうではあるが、逆に言えば人目に常に触れているのである。
その美貌故に、羨望とやっかみの視線を令嬢から、美術品鑑賞的な視線を令息から受けているのだ。
その辺に埋没している一般生徒とは違うのだ。
例えばだが、ルコラがカフェテリアにいたとする。
カフェテリアの人気のあるようでないテラス席のひとつにいたとする。
その周囲一席は、鑑賞のために敢えて誰も座らないのが暗黙の了解だ。
女生徒でさえ令息たちに気を使ってそうする。
移動中であっても、いやむしろ移動中であるからこそ彼女は目立つ。
一人てくてく歩いているだけでも絵になるような美しさなので、とてもではないが変な行動は出来ない。本人もする気がないが。
手洗いに入ってしまえば同じ女性以外に見られることはないが、逆に言うとそこで出会うランダムな女生徒以外いじめられないのである。
なのに、ルコラにそんな疑惑のうわさが出たことで、本人は憂鬱に思うのみに終わったが、親衛隊とでも呼ぶべき令嬢令息たちは黙っていなかった。
我らが冬の女王にそんな下らぬ評判を立てるような者に容赦はいらぬと密かに、しかし苛烈に情報を集めていき。
とうとう彼ら彼女らは、一人の子爵令嬢に行きついたのである。
子爵令嬢の名前はビアンカ。
さしたる名産もない平凡な領地出身で、唯一の子供ということで跡取り娘である。
そこはルコラと境遇が似ている。
ルコラは長子であり、長らく一人娘で、次に生まれた子供も十歳離れた妹ということで跡取りである。
しかし二人の間に接点はないと思われていた。
だからこそ捜査が難航したのだが、一人の令息の存在で二人に接点が出来たのである。
それはルコラの婚約者、アイゼン・リースである。
アイゼンはビアンカと同じ文芸部に所属しており、彼は貴族学園の、個人では到底出来ない完璧な管理をされた美品の古書を愛読していた。
その古書から得た教養から生まれる詩はルコラもうっとりするような美しいもので、今代の文芸部では一番素晴らしい部員だとされている。
そのアイゼンもまた美しさでは折り紙付きである。
そして、ルコラの婚約者ということは婿入りが可能な人物ということである。
更に更に、伯爵家という、ルコラにとっては一つ下の爵位、ビアンカにとっては一つ上の爵位という、どちらにとっても範囲内の出身ということが、ビアンカに引っかかったらしかった。
ビアンカはルコラにいじめられているといううわさを立てて、アイゼンから憐憫の情をもらい、あわよくば奪い取ってやろうとしていたのである。
しかしルコラは確かに見た目こそ冬の女王と呼ばれるべき冷たく硬質な美しさだが、内面はド陰キャである。
友人たちでさえ、ルコラは人づきあいは国一番のヘタクソ、と称している。
そんな彼女が自発的に他人に関わりに行くなど有り得ないし、もしいじめるとしても自分ではできないだろうとされている。
その辺りは友人たちと話す機会があればいつでも聞ける。彼女たちは隠すつもりもないので。
そういうわけで。
ビアンカは親衛隊数十人に囲まれ、己がいかに愚かな行為をしたかを延々と聞かされることになった。
その親衛隊に連れてこられていたルコラの友人の一人に、どうしていじめが現実に起こらないのかというルコラの性格を淡々と説明され。
赤くなったり青くなったりを繰り返し、数日後。
彼女は不登校からの自主退学を決めたのであった。
ちなみに。
ルコラも不登校になりそうになったが、友人たちが
「今頑張って登校したら、週末は一緒に当家の猫を愛でましょう」
「帰りに一緒にカフェテリアに寄ってくれないの?
新作の季節の果物のタルトが日替わりなんだけど、一緒に楽しもうと思って個室を予約してあるのに」
と、ルコラが登校する気になるような誘惑を幾つも仕掛けた。
友人たちに関しては素直だし、猫が好きだし、甘いものも好きなルコラはホイホイ釣られて元気に学園に通い続け。
うわさが落ち着いた頃にはうわさそのものを忘れていつもの日常に戻っていたのであった。
さらに。
アイゼンに関しても友人たちはちょびっとだけ釘をさした。
淡泊な関係に見えるからつけこまれるのだ、周囲に見せつけろとは言わないがもっと関係が良好だと示せと発破をかけた。
結果。
二人はカフェテリアでお茶をしたりしながら打ち合わせをし、ある週末に詩はアイゼン作、曲はルコラが作り、読み上げと演奏はプロというちょっと豪華な会を開いた。
広いホールにソファや椅子を沢山置いて、同級生を招いて行われたその会は好評で、こういう形で文芸と演奏が交わるのはよい試みだとその手の会がちょっとした流行になったのは、また別の話である。