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会えない

ーーランスロット公爵邸に到着した翌日。


まだ見慣れぬ天蓋の下、フィリアは静かに目を覚ました。

昨日、シオンは一度も姿を現さなかった。


「……やっぱり、そうよね」


この流れは原作通りだ。

原作でも、フィリアが公爵邸に到着した日、シオンは現れなかった。


彼女は鏡台の前に座り、侍女に髪を梳かれながら思考を巡らせる。


婚約者なのに、顔を合わせることすらない。

冷淡なのか、それとも――ただの無関心か。


(…よし!行動あるのみだ!)


「公爵様はどちらにいらっしゃいますか?」


エルバに問いかけると、彼は少し困ったようにして答えた。


「朝から執務室に籠られております。大変、お疲れのご様子です」


つまり、会うつもりはないということだ。


(……まあ、予想通りだ。原作の彼は、フィリアに冷たく当たる設定なんだから)


心の中で苦笑する。


彼の態度に傷つくよりも、むしろ物語の筋道通りだと安心する自分がいる。

しかし、その安堵の裏に小さな棘のような苛立ちが残った。


「……にしても、婚約者なんだから挨拶にくらい来てくれてもいいじゃない」


ぽつりと呟いた声は誰にも届かず、朝の光だけが静かに部屋を満たしていた。


でも、私は原作の内容を知っている。


今日はきっとあの場所に行けばシオンに会えるはずーー。


ーーその頃、執務室。


「シオン様、ファルクナー嬢にはお会いにならないのですか?」


エルバの声に、山のように積まれた書類の影で、シオンは書く手を止めた。


彼は無意識に窓の外を見やる。


「いい。どうせ嫌でもそのうち顔を合わせることになるだろう」


だが、彼の手は机の縁を強く握り締める。

心の奥に、言葉にできぬためらいがあった。


(……本来なら、顔を出すべきなのだろうな)


そう思いながら、シオンは再び書類に目を落とした。


***


食堂での朝食も、長い廊下を歩く時も、フィリアは彼の姿を探してはみたが、結局一度も目にすることはなかった。


(やっぱり、今日はあの場所でしか会えないのかな?)


「さてと……そろそろ行こうかしら」


かすかに笑みを浮かべる。


フィリアが小さく呟いたその時、近くを通りかかった侍女が一瞬こちらを見て、慌てて視線を逸らした。


(……やっぱり、皆知ってるのよね。公爵が私に興味がないってことをーー)


無理に笑みを作る。


公爵邸の者たちは皆、冷たいというわけではない。

礼儀正しく接してはくれる。


けれど――その眼差しのどこかに、なんとも言い表せない距離感があった。


(ここでもフィリアは“外”の人間なんだなぁ……)


そして同時に、ファルクナー侯爵家での記憶が呼び戻される。


父と兄が豹変する時の恐ろしい目つき、何日も閉じ込められた部屋、殴られた時の体の痛み、押し殺した涙ーー。


食後、屋敷を散策しようと庭に出ると、数人の使用人が立ち止まり、微かに会話を止めるのが耳に入った。


「あの方は……」

「……名ばかりの婚約者様でしょう?」

「あんなにお美しいのに…公爵様はご興味がないようですね…」


彼女が振り返ると、彼らは一様に頭を下げ、何事もなかったかのように散っていった。


(気にしない、気にしない!今から公爵に会うんだからしっかりしなきゃ!)


フィリアは気合を入れ直した。


「お嬢様、どちらに行かれるのですか?」


先ほどまで食事の片付けをしていたニーナが戻ってきた。


「今から庭園に行こうかと思っているの。ニーナもついてきてくれる?」


「ええ、もちろんです」


「じゃあ、行きましょう。公爵邸の庭園はとても素敵だそうよ」


そうして二人は、公爵家の中庭にある庭園へと向かった。


原作だとシオンは婚約者であるフィリアには見向きもせず、執務の合間に庭園の散策に出て、彼の母親が愛していた紫苑の花をじっと眺めていた。


そのシーンで、普段は淡々としていて感情表現が乏しい彼が、どこか寂しそうにしていたのが伝わってきて印象的だった。

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