04 初めまして
ーー公爵邸に移り住む当日。
「愛しているよ。アメリア」
「ええ、私もよ。ヴィクトルお兄様」
(あぁ、やっとさよならねこのサイコパス野郎)
私にとってヴィクトルに対する偽りの愛情表現なんて朝飯前だ。
「アメリアよ。ファルクナー家のものとして何をすべきかはわかっているな?」
「はい、お父様。もちろんです」
「それでいい。愛しているよ我が娘よ」
「私も愛していますわ。お父様」
こんな日ですら、母エリサ・ファルクナーは黙り込んでいる。
(まぁ、本当の娘でもないし仕方ないか。私の本当のお母さんは元気にしてるかな....私が異世界で令嬢になって婚約までするなんて知ったらどんなに驚くだろう)
ーーこれから約1年。
私が本の内容を知っている以上、これから先原作がどう変化していくかなんて予想もつかないが、確実に言えることは何があってもこの家にだけは2度と戻らないということだ。
理想の家族を求めて結局はこの世界でもそんなものは手に入らなかったけれど、このアメリアとしての2度目の命だけは守ってみせる。
「アメリア....」
私を強く抱き寄せたヴィクトルの力はあまりに強く、発作を起こしそうになった。
(今はダメ...今だけは)
そっとヴィクトルが離れ、アメリアの頬に手を伸ばす。
殴られると思い瞼を咄嗟に閉じたが、ヴィクトルは悲しげな目でアメリアを見つめていた。
「ヴィクトルお兄様。必ず会いにきてね?」
「もちろんだ。俺が必ず迎えにいくからそれまでいい子にしてるんだぞ?」
(絶対来るな!)
ヴィクトルと見つめあっていたアメリアは、父に促され公爵家へ向かう馬車に乗った。
***
ーー宮殿の玉座の間。
「シオン、無理に婚約を勧めてしまってすまないな。あれだけ誰も受け付けなかったというのに....」
「構いません。今回は仕方のないことでしたから」
シオンはいつも通り表情もなく淡々と答えた。
「まぁしばらくの間耐えてくれ。状況さえ良くなればすぐにでも理由をつけて追い出せばいい」
「はい。そのつもりです」
現実的に見て、この婚約が長く続くと思っている人間はいない。
新郎新婦共に難ありなのだからそれも当然だ。
「とは言っても、婚約している間は最低限見せかけだけでも夫婦らしくするのだぞ?」
「.....」
「わかったか?シオン」
「わかりました。皇帝陛下」
(噂によると、アメリア・ファルクナーは相当な悪女のようだが、一体どんな女なのだろう)
公爵邸へ戻ると、ファルクナー家へ出していた馬車が到着したところだった。
馬車から美しい金髪を揺らし、海のように澄んだ青い瞳をした女性が降りてきた。
悪女と名高い彼女は、とても悪女とはかけ離れた見た目をしていた。
そして、彼女の姿はなぜだかとても危ういものに見えた。
彼女のまん丸い瞳がこれでもかというくらい見開かれて、シオンの姿を捉えた。
「初めまして、アメリア・ファルクナーにございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「シオン・ランスロットだ」
「......」
「......」
2人の間に気まずい空気が流れる中、「おかえりなさいませ、シオン様」と公爵邸から出てきた執事のエルバが声をかける。
「これはこれは、大変失礼いたしました。アメリア・ファルクナー様でございますか?」
エルバは慌てた様子でアメリアに声をかけた。
「ええ、どうぞよろしく」
アメリアは、自分はやっとあの家を抜け出すことができたと思っていたが、公爵邸と原作でアメリアを殺したシオンを目の前にしてこれから始まる物語に少しだけ恐怖と不安を感じていた。