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1.秘密⑨

ジュリエットは悪魔に、自分を「魔女」にしてくれないかと頼む。

 その日の夜、私たちはベッドの中で暗い天井を見上げました。

「おい……あの女が私の姿を見てしまったのを、そのままにしておくのはやっぱりまずいんじゃないか。おまえが生かしておきたいって思うにしても、私たちのことを他言しないようにさせる呪いくらいは、かけといた方がいいと思うんだが。そういう呪いなら今までも、たまーに気が向いた時に使ってるちょうどいいのがある」

「その必要はないわ……万が一ジュスティーヌが、あなたのことをちょっとしゃべったとしても、彼女の勘違いだって言ってごまかせば大丈夫よ……彼女の性格からして、婚約者の家にきて、他の男の子のことを根掘り葉掘り聞けないでしょう。

 そんなことより、今こうしている時に、誰かが急にこの部屋に入ってくる可能性の方が、よっぽど危険だわ……女中が、私が呼ばない限り部屋に入ってこないで欲しいっていうお願いを、忘れてしまうことはないと思うけど……」

「あの女の人なら、万が一ばれても黙っていてくれるような気もするがな」

「それはそうだけど、彼女に余計な重荷を背負わせたくないの」

「なるほど、だが大丈夫だ。悪魔は感覚を敏感にする事ができるからな。足音を聞き逃すことはない。そして、私はジュリエットと添い寝するようになってから、このベッドで眠ったことはない。ずっと起きてる」

「何ですって」

 私は思わず少し身を起こしました。

「だって、こんな幸せな時間、寝ちゃったらもったいないだろう……心配することはない。私は最長で一年三ヶ月寝なかった」

「何よそれ……一緒に眠ってよ……そうすれば、同じ夢を見られるかもしれないでしょ……」

「それはない」

「急に冷たいわね」

「私は、ロマンチストであると同時にリアリストでもある」

「あっそう」

「そういうわけだから、ほとんどの場合、私はこの部屋の外のことに気づける。ただ、二人そろって何かに夢中になってしまいそうな時は、ちゃんと鍵をかけた方がいいな……」

 数秒間、彼は思索に没頭した後、急に気づいたようにつぶやきました。

「……ここがどこなのか忘れるくらい夢中になっている時っていうのは、ある意味では、二人で同じ夢を見ていると言ってもいいのかもしれないな……」

「……もういい……」


 ある時、私へ両親が送ってくれたものの中に、ボンボンがありました。私はそれを夜までしまっておきました。そして本を読むのをやめて、シャンデリアを消そうという時間になってから、私は恋人にガラスの容器に入った色とりどりの球体を見せました。

「綺麗でしょ。中にフルーツのジャムが入ってるのよ」

「何だか目玉みたいだな……」

「言ってくれると思った……」

 私が耳打ちすると、悪魔はちょっと顔を赤くして一度だけ頷き、布団から出て、ベッドの上に立ち上がりシャンデリアを下ろして消しました。暗くなると彼は、枕元の引き出しの上のガラス容器からボンボンを一つ手にとりました。私たちは横になって向き合うと、頭まで布団を被りました。彼は咳払いをして、出来る限り低い厳かな声を作りました。

「神に追われ、放浪の末、世界の果てに辿り着いた我々は、地獄の帝王を倒し、ついにこの地を平定した。

 イヴ、これが彼の右目だ。お前に捧げよう」

 彼は、ボンボンを口に入れると、私の頭と肩を引き寄せてキスをしました。そして、文字通り甘いキスでしばらく焦らした後、舌で球体を私の口に中に押し込みました。その際、彼の人間より少し尖った犬歯が、私の唇に刺さったので、思わず顔をしかめてしまいました。目玉を受け取った私が、それを舌でしばらく弄んでいると歯に当たって割れ、中から熱くて甘いゼリー状の液体があふれました。私は、痙攣したように笑い出しました。おそらく、悪魔に刺されて毒が身体にまわったのでしょう。

「どうした?」

「地獄の帝王の目玉って、いちご味なのね……」

「……そもそも地獄の帝王ってなんだろうな……」

「自分で言ったんじゃない」

 しばらく笑った後、私は彼にガラスの容器を取ってくれと頼みました。

「今度は私が、彼の左目をサタンに捧げる番よ」

 身を起こした私は、暗闇で容器の中を手探りしました。

「地獄の大王の左目は、何の味だろうな……」

「帝王でしょ。プラムかしら……」

「さくらんぼだろう」

 ようやく一つを選び、私は彼がしたのと全く同じやり方で、悪魔に供物を捧げました。彼はしばらくそれを口の中で転がしていました。

「……メロンか……」

 なぜか残念そうに、そうつぶやいたのが面白かったので、私は我慢できずに再び声を立てて笑ってしまいました。

 私たちは、二人とも手を広げて、仰向けになりました。

「こんな素敵なキスを悪魔とした私は、もう半分魔女ね」

「魔女か……」

「でもキスだけだと、まだ半分だわ」

「……」

「……ねえ、カイム……いつか私を完全に魔女にしてくれるかしら……」

 またしばらく沈黙。彼は私が言いたいことを、完全に察したようでした。布団が動いて彼が私に背を向けたのがわかりました。

「だめだ……具合が悪くなったらどうする」

「ジュスティーヌも勘違いしていたけれど、私にだって、体調のいい時くらいあるのよ……それに……最近なんだかすごく調子がいい……熱が出て寝込む時はあるけど、一度熱が下がれば、なんでもできそうな気がするの……」

「そうじゃない……悪魔にそんなことをされたら、おまえがどうなってしまうか分からん、という意味だ」

「私はもうどうなったって構わないのに、ねえ、あなたに魔女にされた人っているの」

「たくさんいる」

「即答したわね……そしてちょっとショック……」

「たくさんいて、全員すぐに死んでる」

「魔女になったことが原因で?」

「違う、私は自分と性的な関係を結んだ人間を、金品でも情報でも地位でも欲しい物を引き出したら、すぐに自分の手で始末することにしている」

「好きな人でも?」

「私は好きな人、つまり召喚者を、ジュリエットの言い方を借りれば魔女にしたことは、私の記憶が届く限りでは無い。相手にしたのは全員、召喚者の幸せのためにたまたま利用価値があっただけの人間だ」

「あなたは自分が好きな人と、仲良くなったことはないの」

「召喚者と仲良くなったことはある。だが、こんな恋人みたいな関係になれたのは、おまえが初めてだ」

 私は少し安心した反面、反省もしました。彼の幸福を心から願うなら、私が存在する前も後も、私は彼の幸せな恋を願っていなくてはならないと思ったからです。

「でもどうしてあなたは、魔女にした人間の命を奪うの。あなたは何とも思っていなくても、あなたと性的な関係を結んだ人は、少なからずあなたに惹かれた人でしょ」

「よそで余計なことを喋られたら困る……おまえには説明しづらいが、彼らは私に惹かれたんじゃない……大半が自分の欲に取り憑かれていて、その処理に困っていただけだ……それに……私と体液をやりとりした人間なんて、そもそもすごく汚いしな……」

「あなたに魔女にされた人は、全員すぐにあなたの手にかかって亡くなっているから、そういう人がそのまま生きていた場合、最終的にどうなるか分からないってことね」

「理解してくれて助かる」

「いよいよ、あなたに魔女にしてもらわなきゃ」

「なんでそうなるんだ」

「……ねえ、ジュスティーヌのところに行こうとしたあなたを、何で私が止めたか分かる」

「さあな……人間が自分にとって不快にしかならない他人の排除をためらう理由は、悪魔には分からない……」

「……彼女がかわいそうだからじゃないの……もちろん、それもあるけど……あなたとジュスティーヌが二人きりになって、あなたがあの美しい剣を彼女の胸に突き立てるところを想像した時、あの子は死の瞬間に、あなたと何か重大な秘密を共有することになるんじゃないかって思ったの……それで、私はそれに嫉妬したの」

「……」

「じっとしていても、私はもうすぐ死んでしまうのよ。それなら、あなたに魔女にしてもらったことが死の原因になるんだとしたら、こんな素敵なことはないでしょう。

 でも私、あなたを受け入れることで、自分に悪いことがあるなんて、とても思えないのよ……カイム、あなたは、どんなに綺麗な宝石よりもずっと、美しくて素敵よ。あなたに汚いところなんて、一つもないのよ」

「……」

 私は、暗闇で身を起こして、手探りで彼の身体を探し、珍しく少し熱くなっているほっぺたに触れました。

 それから、背中から彼の頭を自分の胸に抱いて、目を閉じました。私はそうやって恋人の柔らかい髪を抱え、額の少し上にある角を、その曲線に沿って撫でながら、自分の罪を意識していました。彼と会話しながら気づいたことですが、私はおそらくすでに、最愛の恋人に魔女にしてもらうだけでは、我慢ができそうになくなっていたからです。私は例の一件以来、ずいぶん悪魔の生贄になる魅力に取り憑かれていたようです。私は石鹸の香りに包まれながら、悪魔に全てを独占されたいとあらためて思いました。そしてそれを彼に、キスや優しい愛撫でだけでなく、獲物を丸呑みしようとしている蛇としても示してほしいのです。


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