1.秘密⑧
再び二人きりになった悪魔と少女。興奮した悪魔は自分の覚悟を叫ぶ。初めてのキス。
私がベッドの縁に座ったまま、顔を手で覆っていると、ドアを開く音がしました。
「おい、ジュリエット……何で、おまえが泣く必要があるんだ……」
私の大事な悪魔は、駆け寄って私の前に跪きました。
「まさか、あの女の言うことを鵜呑みにしたんじゃないだろうな……私にとっては、他の人間と楽しいところへ出かける十年よりも、おまえとこの部屋にいる一時間の方がずっと大事なんだ……わかるだろう……ここは私たちのお城じゃなかったのか……」
「でもあなたは、私以外の人を好きになれれば、もっと楽しいことをして、もっと幸せになるはずよ」
私はいつの間にか、彼を誘導するような問いかけをしていました。
「何を言ってるんだ。おまえのことを好きでなくなってしまった私なんて、もはや私ではない。私を今の私にしてくれたのは、ジュリエットなんだぞ。私は自分の魂の存在を信じていない。私はただ、おまえに名前を呼ばれたことによって、存在しているような気になれているにすぎない。ジュリエットのおかげで、この夢を見ることができているだけなんだ。私の全てはもうとっくに、おまえだけのものだ」
「私が死んだら、あなたは私と過ごした時間以上に長く悲しむかもれない……」
「あのなあ、いなくなった後、悲しんだことが理由で、好きにならなければよかったなんて思うやつは、最初から大してその人のことが好きじゃなかったんだろう……そりゃあもちろん、そうなったら、私は頭がおかしくなるくらい泣いて喚いて悲しむんだろうが、私は好きな人のことで泣いている自分が、実はすごく好きなんだ。悪魔は、ものすごくナルシストなところがあるんだぞ」
彼の声はだんだんと大きくなっていき、やがて興奮したように叫びました。
「おまえは世界を捨てたんだ。なら、この部屋の外にいる他人たちや、今のおまえに関係の無い未来のことで悩むのはやめろ。私はおまえのことが好きで、おまえも私のことを好きになってくれた。私はもう、この奇跡みたいな今の時間を隅から隅まで満喫したいんだ。ずいぶん前に、ジュリエットが幸せなら、自分のことはどうでもいいとか言っておきながら、自分の欲望をむき出しにして申し訳ないが、おまえとこの気持ちを共有させてくれないか……。
いいか、私にとってこの世の全てはおまえのためにある。私は、それでおまえが幸せになるなら、私自身と、私が見ている世界の全てを捧げる」
彼はそこで一呼吸置いて、私が一番聞きたかった言葉を、低い声でささやきました。
「……だがその見返りとして、私はおまえを自分のものにさせてもらうことにした……」
私が俯いたままうなずくと、顔の下にハンカチが差し出されました。私が顔を拭いている間に、ベッドが少し動いて彼が私の横に腰を下ろしたのがわかりました。私が顔をあげると、彼はゆっくり私の両肩を掴んで、顔を近づけました。目を閉じると、期待で内臓がつかまれました。
自分の唇に恋人を感じた瞬間、痺れるような快感が身体全体をかけました。身体中から花があふれて、私たちはお互いを完全に独占しているという実感で満たされました。ほんのりリンゴの香り。人生最高の一分間です。
顔を離した後、私たちはしばらく無言のままベッドに並んで座っていました。
「……じゃあ、行ってくる」
不意に私の恋人の声がしました。そして彼は立ち上がると、出窓に立てかけていた自分の細い剣を取りました。
「どこいくのよ」
私は我に返って顔をあげました。
「あの女を生かしておいても、ジュリエットの精神に良い影響があるとは思えない。ちょっと見て顔を覚えただけだから、忘れないうちにさっさと始末しとかないとな」
私が「ええ?」と声を上げると、悪魔は振り返って「ええ?」と驚きました。
「安心しろ。私のやり方からいって、返り血を浴びることはあまりないからな。そして汚れようと汚れなかろうと、終わった後はちゃんと身体を洗う。いつも通り、おまえを抱いて寝るのは、それからにする。
ただし証拠として、目玉の一つはえぐり出して持ち帰り、おまえに献上しようと思う。これは完全に私の趣味だが、ぜひつきあっていただきたい」
「何言ってんのよ」
私は窓に手を掛けた彼の背中に叫びました。
「なんだ、鼻か耳のほうがいいのか」
「違うわよ」
私はため息をつきました。
「あなたがそんなことで手を汚す必要はないわ……あの子……あなたのことちょっと好きになったみたいだったし……」
「……なるほど……つまりこういうわけか……これから私があの女を誘惑して、その気にさせる。そして、エドワールとの婚約を破談にさせて後戻りできなくしたところで、私が豹変して、彼女自ら死を選びたくなるくらい酷な仕方で、別れを告げる。そうすれば命を奪うよりも、おまえの気が晴れる……うん、悪くないかもしれない。
それならそれで行ってくる」
「何考えてんのよ」
私は、さっきより大きな声で怒鳴りました。
「もう、何もしなくていいから……あの子だって、悪気があるわけじゃないのよ……自分の価値観に誠実なだけ……あなたは余計なことはしないで、ここにいて私にキスでもしていればいいんだわ」
女中が部屋で、夕食の準備をしてくれている間、未だに夢見心地だった私は、窓の外の林を眺めました。林の向こうの空は、夕日で真っ赤に染まっていて、まるで火事のようです。私は、悪魔が以前に私に言ったことを、思い出しました。そして、あれは現実の炎なんだ、私に今日起こった幸せのために、大勢の人が犠牲になったんだ、と想像してみました。しかし、ほんの少しの爽快さ以外、何も感じません。私には、あの町で人が焼かれるというのは、もはや顔のない人形がそうされるのと同じようにしか思えなかったのです。いつの間にか一人一人の人間を区別する気がなくなるほど、私と世界とは遠く隔たってしまったようです。
そしてジュスティーヌを襲おうとした悪魔を私が止めたのは、同情よりもむしろ嫉妬心からでした。女中が出ていくと、間も無く窓が開いて、悪魔が窓台に着地しました。手には白とピンクのコスモスの花束。私が首に抱きつくと、彼はあらためてキスをしてくれましたが、少し苦く感じたのは、こういう風にしか考えられなくなった自分に対する罪悪感からでしょう。