1.秘密⑦
悪魔の介入。ジュリエットは彼の「蛇の視線」によって、何かに目覚める。
ノックの音。私が「どうぞ」と言うと、ドアが開きました。
「ジュリエット、先生がお見えだ。至急検査したいことがあるそうだ……お友達には、帰ってもらいなさい」
いとこと振り返ると、立っていたのは、銀髪で左右の目の色の違う、私の親友でした。彼は言い終わると、横目で数秒間、慌てて自分の髪を撫で始めたジュスティーヌを睨みました。
その視線を見た途端、私の背中に撫でられるような寒気が走り、全身が痙攣しました。そして、そのまま呼吸が止まって完全に硬直しました。殺気を通り越し、無感情な見開いた悪魔の両目は、獲物を丸呑みする蛇のようでした。それは、見つめ合った生き物に死を宣告する視線です。私は、出会ってすぐの頃に感じた悪魔に対する嫌悪を思い出しました。しかし同時に今は、あの目に惹かれていました。
今あの目に見つめられているのは、自分ではないということに対する安堵と嫉妬。彼の視線は、全てを奪われる予感と同時に、秘密の夢の可能性も見せてくれるような気がしたのです。いつの間にか私は、最も恐れていた死を克服する術を、そこに見出そうとしていました。
すぐに彼は、いつもの遠慮がちな優しい視線に戻って、こちらに目配せをしました。我に返った私が、心配になって「お友達」の様子を伺うと、髪を整え終わった彼女は、自分に向けられた視線に気づかなかったのか、少し口を開けて夢見るような視線で、悪魔を見上げました。
ジュスティーヌは、悪魔が出ていって閉まったあとのドアをずっと見つめていました。頬がうっすら上気しています。
「……今、入ってきた子、誰……」
私は、親友の蛇の視線を頭から追い払い、急いで嘘を考えました。
「……父の知り合いの息子さんよ……たまたま近くに来たから、お見舞いに来てくれたのよ」
「……ずいぶん、綺麗な男の子ね……異国の血が入ってるのかしら……」
ジュスティーヌは、浮世離れした悪魔の容姿を、とてもお気に召したようでした。
「そうかもしれないわね……外国語をたくさん知ってるし」
彼女の気持ちを察して、私はいつの間にかつぶやいていました。もちろんエドワールの「外国語が苦手で……」を意識していました。少し前の苛立ちと、ジュスティーヌが悪魔を見た時の反応から、思わず口調や態度の端々に優越感を露出させてしまったことを、私はその場で後悔しましたが、取り返しはつきません。
「……あなたのお友達なの?」
「……そうよ……」
「……あなたは……まさか、恋してるの……」
私は自分の顔が赤くなってしまったことに気づきました。
「……うん……」
口の中でつぶやいてしまった後、相手に聞こえてなければいいのに、と後悔しました。しかしそれは叶いませんでした。
「……あなた、本当にそれでいいの……」
ジュスティーヌは呆然と私を見つめてつぶやきました。
「どういうこと……」
私は、彼女が何を言おうとしているのか分かりませんでした。しかし、続く言葉が私を喜ばせるものではないことは予想できます。
「だって相手のことを考えれば、すぐにわかるでしょう。あなたと恋をしたって、この部屋に引きこもりっぱなしで、楽しいところにどこも出かけられないのよ……恋人らしいことをしようとしたって……その……あなたの体調の問題で……どうせ出来ることに限界があるでしょう……あんなに素敵な子なら、他にも恋人になりたい子がたくさんいるでしょうに……もったいない……」
まあ、ジュスティーヌの言い分としては、こんなところでしょう。しかし無駄です。私たちはすでに他の人がいる世界を捨てているのです。
「自分の慰めのために、好きな人を縛っておくなんて、本末転倒だと思わない……」
本末転倒どころか、私は彼を好きであるが故に、彼の全てを掌握したいと願っていました。なぜならそれと引き換えに、彼に私の全てを掌握してほしいからです。私はこれを、あの蛇の視線を見た時に感じた戦慄で確信しました。
「……それに……万が一、あなたが、先に遠くへ行ってしまったらどうするの。そうしたら、残った彼が可哀想だわ。場合によったら、楽しい時間よりも、悲しむ時間の方が長くなってしまうかもしれないのよ」
私がいなくなった後、彼が泣いているところを想像しました。死後もなお、彼が私で満たされる時間があるということ。それは私にとって、救い以外の何者でもありません。むしろ私の救いは、その瞬間にこそ完成するような気すらするのです。
「彼のことを本当に好きなら、彼の幸せを一番に考えなくちゃ……時には、黙って身を引くことも考えるべきよ……彼を他の人に譲れば、この世に幸せな人は増える……そりゃあ……あなたはかわいそうかもしれないけれど……」
私は絶対に身を引きません。そして彼にも、私が他の男性のものになるのを笑って見守らずに、私を奪い返してほしい。それを彼にも気づいてもらいたい。
顔が熱くなってきたので、下を向いて手で覆いました。泣いているように見える格好は、反論せず、彼女の意見を受け入れたふりをして、早くいとこを追い出す効果もありました。
「いい? これは、友人としてあなたのためを思っての忠告よ」
その時、再び苛立った様子のノックの音がしました。
「ジュリエット、早くお友達に帰ってもらいなさい。先生がずっとお待ちだ」
ジュスティーヌは伏せている私を抱いて、背中を優しくたたいた後、綺麗な男の子に挨拶したかったのか急いで部屋を後にしました。