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7.犬になった話⑬

ミラーと王子に仕える「小鳥」


王子と悪魔


王子の手紙


「もしもしミラーさん、ミラーさん、起きてください」

 私が目を開けると、知らない男性の顔がありました。少し鋭い左右違う色の目をしたとても美しい顔で、くすんだ灰色の波打った髪が囲んでいました。身を起こした私は、彼の背中に金色の翼が生えているのに気づきました。

「……どなたですか」

「わたくしは、リフレクシオ王子こと、イドラ様に仕えております『小鳥』でございます。名をグラシア・ラボラスと申します。決して悪魔ではございません」

「あなた、イドルの知り合いなの」

「知り合いというか、もう親友の座は堅いと自負しております」

 私は自分の居場所を確認しようと、辺りを見渡しました。どうやらここは水道橋のある森で、私はその橋脚に寄りかかって眠っていたようでした。

「……どうして私、こんなところにいるのかしら?」

「覚えていないんですか?」

 自分が水道橋の上に行ったことは、覚えているのですが、そこで何があったのか、そもそも何をしに行ったのか全く思い出せません。また、この一ヶ月くらいの間、私は水道橋の上に行くのをとても恐れていたような気がするのですが、どうしてそんなに怖がっていたのか、思い出そうとしても、記憶にモヤがかかっていて何も分かりません。一体、この水道橋が何だというのでしょうか。

「……思い出せないの……でも……橋の上で足を踏み外したような気がする……どうやって助かったのかしら……」

「あなたの悪魔が助けたんでしょう」

「私の悪魔?」

 突拍子もない単語を聞かされて、思わず聞き返しました。

「そうそう銀髪の小さい子、あなた召喚したでしょ」

「……なんのこと」

「……」

 男性は驚いた顔で、しばらく私を見つめていましたが、やがて何かに気づいたように一人でうなずくと、懐から筒状に丸めた手紙を私に渡しました。

「イドラ様から、あなたにお手紙です」

 見ると、王家の紋章の封蝋があります。

「それじゃ、再びお目にかかれることを期待しておりますよ」

 不思議な男性は、太陽の光を背にして翼を広げたかと思うと、一瞬で姿を消しました。私は逸る気持ちを抑えきれず、手紙の封を開けました。

 


 ミラーが手紙を受け取った数日後、中性的な美しさと寡黙な神秘性で、瞬く間に評判を得た、エピフィルム家の新しい養子は、無事にリフレクシオ王子の寝室に呼ばれる栄誉を勝ち得た。

 いよいよ宮殿へ行く当日、部屋で二人きりになって、着替えと化粧を手伝った際、彼の性別を知ってしまった侍女に、悪魔はお礼のキスをした。彼女はまもなくその場に崩れ落ち、息を引き取った。こうして毒の効き目を再確認した悪魔は、同じ毒を穴を開けた奥歯に詰め直し、準備万端整えて、用意された馬車に乗った。

 こうして、正門から堂々と宮殿の敷地に入った悪魔は、王子の後見人に連れられて建物に入り、最上階にある一つの扉の前に立った。後見人の「未来の花嫁様をお連れしました」という声の後、内側から「入れ」という声。

 扉が開き、中へ入ると、正装した金髪青眼の若い男性が立っている。やがて、後見人と使用人達は出ていき、悪魔と王子は二人きりになった。


――これが、ミラーを悪魔から救えなかった王子だ。


 カイムは、奥歯に開けた穴に仕込んだ毒を舌で少し触って確かめた。それから憎悪を隠して微笑み、王子に向かって上目遣いで瞬きした。

 一方王子は、悪魔が誘惑するまでもなく、驚いた様子で、未来の結婚相手として連れてこられた少女に、頬を上気させて見とれていた。悪魔は自分の勝ちを確信した。

 しかし王子は我に返って視線を反らし、舌打ちすると、吐き捨てるようにつぶやいた。

「身なりだけは、整えたな」

 王子は、側にあった丸テーブルに向かい合うように置かれた椅子を、顎で指した。

「座れ」

 悪魔は王子の態度がおかしいと思ったが、人間のできることなんて大したことないし、警戒してもしょうがないと思った。ここは王子の言うこと聞いて油断させ、従順な未来の花嫁を演じて、王子が簡単に色欲に負ける、不誠実者であることを確認しつつ、キスまで持っていくことが最優先である。

 王子は少女が腰を下ろしたのを確認してから、その向かいに腰を下ろした。そしてテーブルに用意されていた一本のワインから、2つのグラスに注いだ。まもなく、赤い液体が入ったグラスが悪魔の前に置かれた。下がくびれてステムと呼ばれる底がついたそのグラスの様子は、聖杯に似ていた。

 王子はもう片方の杯を持ち、相手にも持つよう促した。

「乾杯」

 飲み干しながら悪魔は、なんだか気持ちいいと思った。やがて杯を置くと、急にまぶたが重いことに気づいた。遠くで王子の声が聞こえる。

「おまえはミラーに取り憑いている悪魔だろう。僕のミラーに対する愛情が本物かどうか確かめにきたのか」

 悪魔は朦朧とする頭でようやく立ち上がると、相手の胸ぐらを掴んで毒を口移しで入れてやろうと、手を伸ばした。王子はその手を、必要以上に強くはねつけた。

 悪魔の耳に、遠くの方で王子がわめいているのが聞こえた。

「無駄だ! 僕の愛情は彼女にだけ、示すものだ! おまえに与えるものは何もない。今すぐ僕の元を去れ!」

 まもなく、王子の暗殺を試みた悪魔は、王子の策略によって床に伏し、悪魔には暗黒が訪れた。


〈裁判長、判決を〉

〈うーん、この悪魔、死刑(笑)!

 感謝せいよ。ほれ、靴でも舐めんかい。便所用スリッパじゃがな〉


 夢の中、ありがたくも無事に刑を執行していただけた悪魔は、立ったまま地中深く埋められた。口を開けて上を向くと、土が喉の奥に流れ込み、お腹がはち切れそうになった。過剰な満腹感によって、不埒な欲望が鎮まっていくのが分かった。なんて安らかなんだ。もう、ずっとこうしていよう。これ以上、何も見たくないし、聞きたくない……。



 

 愛するミラーへ


 僕たちが出会った時のこと、覚えているかい? あの頃の僕は、自分のことで精一杯だった。王子として生まれて、今日何を着て、何を食べるのかから、将来誰と結婚して、何人子供をつくるのかまで、何もかも決められている自分の人生から逃げることだけがすべてだった。僕の告白に対する君の態度に接した時、自分の心を見透かさてしまった気がした。

 でも君と別れてようやく気づいた。僕は世界中の何よりも、君が好きだったんだ。君さえ手に入れば、僕はどんな試練だって耐えられる。

 そして、いよいよ僕の結婚相手を決める選考会が決まった時、候補者の一覧に君の名前を見つけた。

 僕が「彼」と出会ったのは、この頃だった。僕は「彼」との出会いによって、王子としての自分の運命を受け入れる代わりに、何としても君を手に入れようと誓った。

 僕の花嫁候補者が、初めて悪魔の犠牲になった日、僕は「彼」を犯人として疑った。もしもこんな残虐行為をする存在と友達だってことが分かったら、僕は清く正しい君と結婚するのはふさわしくない男になってしまう。

 二度目の惨劇が起こり、広場で花嫁候補者がツグミに食われたのを知り、僕は勇気を出して聞いた。

「これをやったのはおまえか」

 「彼」は「違う」と答えてくれた。

「そうだろう。これは悪魔の仕業だ」

 僕の言葉に「彼」は何か言いたそうだったが、僕は遮って続けた。

「おまえはこんなことしないと、僕には初めから分かっていた。念の為聞いただけだ。だって、おまえは悪魔なんかじゃない。僕が飼っている「小鳥」なんだから」

 「小鳥」はしばらく唖然としていたが、やがて静かに「そうだ」と答えてくれた。

 しかしその後も、僕らの誓いをあざ笑うかのように、悪魔の残虐行為は続いた。

 ああ、ミラー。僕は自分の罪を告白しなければ。一人ずつ候補者が減っていくたびに、僕は喜びを感じることをこらえきれなかったんだ。あれだけ「小鳥」に禁じておきながら。

 僕はすぐに罰を受けた。候補者は減ってなかったんだ。凄惨な事件が起こっているのに、あんなにすぐに次から次へと、代わりの候補者が立つなんて……そうじゃない人からは、そんなに「王族」という身分が魅力的に見えるんだろうか。

 こうなったら仕方がない。ミラー、今度こそ僕の手を取ってくれないか。一緒にこの国を出よう。もう僕は、人生から逃げたいんじゃない。自分の人生を生きるために、君を手に入れたいんだ。宮殿を出る時に、持てるだけ荷物に宝石を詰めていくし、僕には「小鳥」がいる。当面は君に不自由はさせないと思う。

 一週間後の夜、最有力候補者の女の子が僕の部屋に来る。その日は、僕達を二人きりにするために警備が手薄になるんだ。僕は彼女を薬で眠らせたあと、宮殿を抜け出して、君に初めて告白したあの水道橋の上に行く。そこで君を待っている。


 君の永遠の下僕、イドラ


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