7.犬になった話⑪
チョコレートパーティーとその最悪の結末。
町の理容店で髪を高く結ってもらい、結婚式に参列するような化粧をしてもらった私は、何の気後れもすることなく、あのドレスを着て、チョコレートパーティーに参加しました。
一緒に参加した町に住む友達が、とても驚いてどこで手に入れたのか聞いてきたので、父の仕事先のお金持ちが貸してくれたということにしました。(両親には、友達の知り合いのお金持ちが貸してくれたと言っていました)彼女はそれで納得してくれ、「似合う」とか「私も着たかった」だとかちやほやしてくれました。
パーティーは終始、和やかに進行しました。お姫さまの座を狙っている者同士、緊迫した空気を想像していた私の予想は、完全にはずれました。町に住む女の子たちは、未知の華やかな生活に興味津々で、貴族の子のお話を聞いているし、貴族の子は深窓にいる自分には届かない町での流行を知りたがって、町民の子に質問をしていました。
「……チョコレートって……想像していたのと全然違う味ね」
「それよりも、このクリーム、なんでこんなにふわふわなんですか。こんなに甘くしたクリームを果物につけるなんて、贅沢すぎる……」
「最近、宮殿のパティシエが、外国から、作り方を教わったんですって。樹木の小枝を束ねたものでクリームを思いっきり混ぜて、泡立てるらしいわ。クレームシャンティって言うのよ。でも、目新しいお菓子なんて、感動するのは最初だけよ。私は町で評判のどんぐりのクッキーも、今日は出してくれるんじゃないかって期待してたのに……」
「あんな安いお菓子……」
「そういえば、どんぐりって、下処理が大変なんだそうです。水に漬けたり、じっくり煮込んだりして灰汁を抜いて、ようやく人間の食べものになる。大変手間がかかるものだって、亡くなったパン屋さんが言ってました」
「そうよ。そのまま食べるなんて、動物か化け物ぐらいでしょう」
「みなさん、チョコレートにクリームを入れてみてください。すごいおいしいです」
「……ほんとだ。発見じゃない」
みんなが楽しそうにおしゃべりしている中、上等な生地で仕立てられているけれど、少し地味なドレスを着た女の子が、こちらを見ているのに気づきました。きっと、貴族なのに私より地味なドレスなのがくやしいんだろうと思いました。やがてその子は立ち上がり、みんなの側を離れ、私を手招きしました。
――どんな嫌味を言われても言い返してやる。
私は立ち上がると、胸を張ってできるだけ上品に歩いて、彼女の前に立ちました。近くで見ると、意外にもその子の目は、私に同情しているようでした。彼女は、私の耳に口を寄せました。
「……あなたが着ている、そのドレス……一昨日殺されたユリエットのものよ。あの子が殺された晩、あの子の部屋から一番新しいドレスが、無くなっていたんですって。彼女が一度だけそれを着た時、たまたま私が一緒にいたの……。
ユリエットがベッドで息をしていないことと、ドレスが無くなっていることが発見される一時間前、乳母が彼女も部屋も異常が無いことを確認しているの。絶対にユリエットを手にかけた犯人と、ドレスを持ち去った犯人は同一人物よ。あなた、きっと強盗殺人事件の盗品を買わされてしまったのよ。もうそのドレスは、人前で着ない方がいいわ」
私はすぐに、元の持ち主から直接もらったという「犬」の言葉を思い出しました。
こうして、この華やかで平和なパーティーは、最悪の真実を悟った私が、失神することで終わりを迎えました。
夕方、私は自分のベッドで目を覚ましました。いつの間にか、私は髪を解かれ、下着姿になっていました。宮殿の庭からどのようにここへ運ばれきたのか、まったく記憶にありません。すべてが夢であればいいと期待しましたが、視線を動かすと、衣装箱の上に呪わしい空色のドレスの艶のあるひだが見えました。
私は起き上がって、自分の木綿の服に袖を通しました。次に気づいた時には、水道橋の上にいました。
そして私の前には、銀髪の悪魔が立っていました。夕焼けの赤い空を背景に逆光になった彼の姿は、恐ろしくもあり、なぜか愛おしくもありました。もう私は彼から逃げません。私の鬼気迫る様子を見て、彼は状況を理解できずにいるようでした。
「……あのドレスは、殺された貴族の女の子のものなの」
「ああ」
いつもの優し気な声。
「彼女を殺したのは、あなた?」
「ああ」
私は倒れないように、深呼吸しました。
「あなたは、私の願いを叶えるために、他の候補者や、パン屋さんを手に掛け、動物に食わせて見世物にしたの?」
「……ああ……」
まだ、質問の意図を理解していない様子の悪魔。
「……私が死んだら、あなたはこの世界から消えてくれる?」
少しの間。やがて嫌な予感がしたのか、慎重な声。
「……人間の世界からは消える」
私は悪魔から顔をそむけ、山の稜線に沈んでいく太陽をまっすぐ見つめました。そして背筋を伸ばして、水道橋の縁の上に立ちました。背後で「おい」という声が聞こえたので、「こっちへ来ないで」とだけ命令しました。私は景色を見渡したあと、深呼吸を一つしました。それから片足を持ち上げました。一歩踏み出すと、右足が宙を踏みました。同時に、私の視界から太陽の光が消え、黒い木々の塊が迫りました。




