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7.犬になった話⑦

「チョコレートパーティー」とは何か。

そこで王子の後見人の目に止まることの意味。


カイムの変態性について、新たな面が提示される。



 夕方、いつもの水道橋で私の姿を見つけた「犬」は、飛び上がるように立ち上がって、私の前に立ちました。少し目が泳がせていて、何か隠し事をしているようで不審です。しかし、私はすでに「犬」に問い質しました。そして彼の言葉を信じようと、決めたのです。

 私は「犬」に橋の縁に腰掛けるように言い、私も並んで腰掛けました。こうすることで、彼の姿を真正面から直視せずに、無駄な恐れもなく聞きたいことを聞けることに気づいたのは進展でした。腰を下ろそうとすると、彼は私のお尻がつくところに白いハンカチを広げて敷いてくれました。生意気な気遣いに一言言ってやろうかと思いましたが、今日はやめておきました。ようやく落ち着いたので、私は差し迫った問題について、話し始めました。

「もうすぐチョコレートパーティーがあるの」

「……なんだそれは」

「チョコレートっていうのは、この国の外にある国へ、さらに遠くの海の向こうにある国から運ばれてきた貴重で不思議な飲み物なの。とてもいい香りがして、苦いのに一度飲んだらやみつきになるんですって。それにたっぷり砂糖を入れるのよ。

 お姫さまの候補者全員が、宮殿の庭に呼ばれてこのチョコレートを振る舞ってもらえる日があるの。チョコレートと一緒に、たくさんのお菓子が並ぶ豪華な会よ。このパーティーに出るためだけに、立候補した私の友達も、何人かいるくらいだから。みんなとびきりおしゃれをしてくるのよ。その様子を、王子様の後見人が観察しているの。そこで彼の目に止まれば、私を推薦するよう、影響力のあるところで宣伝してくれるかもしれないわ……でも……私が持っているおしゃれ着では、とても貴族の女の子が来ているドレスには敵わなくて、初めから選ばれる気の無い、町民の女の子達の中に埋もれてしまうわ」

 「犬」はしばらく黙った後、意を決したように提案しました。

「……もしも、私が豪華なドレスを用意したら、おまえはそれを着てくれるのか」

 おそらくそう言ってくれるだろうと思いました。彼を利用するようで心苦しいですが、なりふりかまっていられません。

「悪いことして手に入れたものはだめよ」

 私は、念を押しました。

「……悪いことってなんだ」

「元の持ち主の許可なく、勝手にもらってくることよ」

「……わかった……なんとかしてみせる」

 ご褒美に、どんぐりのクッキーを買えるだけ買ってあげよう。私がこう考えていると、「犬」が恐る恐るつぶやきました。

「……ミラー、犬小屋が完成したんだ」

「そう、よかった」

「……ああ」

「よく考えたら、自分の飼ってる犬を屋根の無いところで寝かせてるなんて、まるで私が生き物を大切にしてないみたいで嫌だもの」

「……それで、犬小屋の場所なんだが……」

「私にそれを教えてどうするの?」

「……もし……私がドレスを用意できたら、遊びに来てくれないか」

「なんで? 私が犬小屋に行って何するの?」

 「犬」はうつむいて黙ってしまいました。私は、なぜか真っ赤になってしまった彼に構わず、自分の話しを続けました。

「……それでね、もしパーティーで王子の後見人の目に止まれば、ひょっとしたら、私は王子様の寝室に呼んでもらえるかもしれないのよ」

 「犬」は私の言葉に驚いて、飛び起きるように顔を上げました。私は自分の言っていることが恥ずかしくなって、自分の手元に視線を落として小さい声でささやきました。

「……選考会の一週間前になると、候補者の中から一番有力とされている子が指名されて、一晩だけ王子様の寝室に呼ばれるの。二人の相性を確かめるためにお忍びでって、ことになっているけど、知らない国民はいないわ。毎回指名されるのは、その時一番力を持っている貴族の家の候補者なのよ。

 ……でもパーティーでうまくやれば、特例で私が選ばれ、結婚前に彼と一晩過ごせる……なんてことがあるかなって……」

 「犬」はこちらを向いたまま、硬直していました。呆れられたと思った私は、急いでつけ加えました。

「だって、私と結ばれるべき人が、私以外の人と一晩過ごすのは耐えられないじゃない」



 一人暗い犬小屋に戻ったカイムは、立ったまま床をみつめて自省を試みた。


――何、動揺しているんだ。ミラーが好きな人と一晩過ごしたいと思うのは当然だろう……そもそも彼女が、王子と結ばれるために、私は毎晩のように暗殺を頑張っているんじゃないか。

 ……そして……ミラーの言う通り、私は、彼女をここへ呼んで、何をするつもりだったんだ……私のすべきことは、彼女を自分のものにすることではない。彼女の願いを叶えて、幸せにすることなはずなのに……。

 ミラー、私は「犬」じゃない……おまえを穢したくてしょうがない、悪魔なんだ……。


〈裁判長。この悪魔は、自らの欲望を猛省し、自らを罰することによって、快感を得ようとしています。この後の自傷行為がその証拠です〉


 彼はジャケットとベストを脱ぎ、ネクタイをはずした。そしてあぐらをかいて座った。それからワイシャツのボタンをはずし、刀の鞘を抜いた。暗闇で僅かな光を反射するそれをしばらく眺めた後、素手で刃を握って、刃先を腹に当てた。そしてそのまま、力いっぱい刺した。

 腹に刀を突き立てたまま大の字に横になった悪魔は、痛覚を人の十倍にして、腹のしびれが意識を持っていくのに身を任せようとした。しかし暗黒はなかなか訪れないどころか、床板に染み込んでいく血の臭いに刺激され、ミラーと見知らぬ男の生々しい淫蕩がまぶたの裏で繰り広げられた。


〈欲望(嫉妬)→反省→自傷→快感→欲望(嫉妬)。完璧な循環システム! おまえこそ真のエコロジストだ!〉


 悪魔は再び起き上がって、日本刀を抜いて乱暴に投げた。そして自棄になって声を上げて笑った。笑いすぎて、呼吸ができなくなり、思わず喘ぐと、目から涙がこぼれた。それをさらに笑って誤魔化そうとしたため、彼の意識は、ようやく何がなんだか分からなくなることができた。

  

 結局悪魔は、その日の夜の仕事を一日お休みにした。

 ようやく疲れて大人しくなった彼は、新築の我が家の天井を見ながら、ミラーのドレスを調達する方法に考えを巡らせながら過ごした。


〈女神様を自分だけのものにして、魂をしゃぶりつくしてやりたい一方、現在の犬扱いもそれなりに気持ちいい。ハイブリッドな変態って本当にやっかいだね〉

〈征服するか奴隷になるかの2択って。ちょうどよく欲情しなさいよ、ちょうどよく〉



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