1.秘密④
ジュリエットの告白。この日から二人は同じベッドで寝ることにした。
その後、私が身体を拭いてもらって、着替えを済ませる時間を挟んで、私たちは再び二人きりになりました。
二人でミモザを眺めた時とは違い、カーテンを全開にした窓から差し込む月光が、窓台に座る悪魔の横顔をきれいに照らしていました。彼はどれだけ窓台が好きなんでしょうか。もう、私よりも窓台が好きなのかもしれません。
私はこの男の子をあらためて眺めました。月光を反射して瞬くように光る銀髪。少し怖い黄色の左目はこちらからは見えず、優しいけれど少し悲しそうな青色の瞳だけが見えます。その時の私には、短い人生の間に眺めたどの絵よりも、彼が美しく見えました。
「どうしてあなたは私のことを好きなの?」
「おまえが私を呼んだからだ」
「それだけ?」
「ああ」
「私、あなたがしてくれたお願い、受け入れることにしたわ」
「そうか、ありがとう」
「でも、条件があるの……私、世界と疎遠になった後、孤独に残りの時間を過ごすのは、いやなの……だから……一人ぼっちになった私のそばに、あなただけは最後までいてくれないかしら……私、誰のことを考えるのをやめても、あなたのことだけはずっと思い続けることにするから」
私は、彼にきちんと言わなければなりません。
「……カイム……好きよ……」
私は天井に顔を向け、目をつぶって続けました。
「……もしも、あなたが私が提案した条件を呑んでくれるのであれば、私のベッドに入って来てくれる……これからは一緒に寝ましょう……」
私は言うだけ言うと、右手の甲を閉じたまぶたの上にのせて、黙りました。心臓の音が耳の奥まで響いて、耳たぶと顔が熱くなっているのがわかりました。落ち着くまでに、三十分はかかりそうでした。彼が返事をしてくれるまで、このまま何時間だって待つつもりです。
しかし、実際は二分も待たないうちに、布団をめくる感触があり、私の横に誰か来たのがわかりました。私が自分の指の隙間からのぞくと、悪魔が瞬きもせずに天井を見ていました。私が思わず「ええ?」と声を上げると、彼も「ええ?」と驚いて、少し身を起こしました。
「……ずいぶん早く来てくれたわね……」
私は、彼の普段の私に対する遠慮した態度から察して、来てくれるにしても、もう少しは逡巡するだろうと予想していたのです。
「……ああ、もたもたしているうちにおまえの気が変わったから、この先三千年くらい後悔しそうだからな……」
彼は私を見つめてそうつぶやいた後、ようやく二回瞬きしました。どうやら私の言葉を聞いた後、すぐにスーツの上着と、靴と靴下を脱いで、そのままベッドに上がったようでした。
「だが……正直……私は、自分が今どこで何をしているのか、いまいち信じられない……」
そして急に顔を赤くして目を逸らし、再び仰向けになり天井を向きました。
「……ジャケットを脱いだだけじゃ、寝づらくない?……」
彼は跳ね起きました。
「……確かに、このままベッドに入るのは不潔だったか……地獄に寝間着を取りに行ってくる」
「べつにいいわよ」
私は出ていこうとした手首をつかみました。
「私の手を握るだけで、あんなに緊張してたのに、あなた…この状況には、けっこう落ち着いてる?」
途端に悪魔は、自分をつかむ私の手に抵抗を始めました。そして今度はとても動揺した声で叫びました。
「落ち着いているんじゃない……おまえの告白に舞い上がりすぎて、理解が追いついていないだけだ……」
そのまま数秒間、二人とも言葉を発せずに手の引っ張り合いをしました。私は自分がいつの間にか優位に立っていることに気づきました。
「あなた……触られるのに弱いのね」
私は、飛び起きて手を伸ばして、彼に抱きついてやりました。
その瞬間彼は、頭からツノを出して硬直し、皮膚まで硬くなってしまいました。
私は心配になり、彼のほっぺたを人差し指でつつきました。すると、彼は突然、我に返って暴れ出し、私の腕から逃れようとしました。私は楽しくなって来たので、一層強く抱きしめてやりました。
「ま、待ってくれ。ほっぺたはまだ早い」
「ほっぺたがだめなの?」
私は少し手を緩めました。
「……いや、もう一回触ってほしい……」
「どっちなの……」
「……これはお願いなんだが……おまえさえ良ければ……私の方から、おまえに腕を回すっていうのじゃダメか? 抱きつかれるのは嬉しいんだが、嬉しすぎて逆にわけがわからなくなってまうんだ」
私がうなずくと、どちらからともなく、二人とも布団に潜りました。そして彼はゆっくり私の頭と背中に腕を回して、自分の胸に恐る恐る引き寄せました。私は彼の身体に頭を押し付け、ようやく私たちは落ち着きました。
「ねえ、なんで私があなたのことを好きになったと思う?」
私は悪魔の緩んだネクタイの上から、みぞおち辺りに頭をくっつけたまま、くぐもった声で聞きました。
「なんでだ?」
胸から返事が聞こえました。
「あなたが、私のことを好きだからよ」
「それだけか?」
「そう」
「じゃあ、お互い様だな」