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6.罪⑬

天使と悪魔の対峙。

七之助の最期。



 茜を海岸に逃した後、天使のレミエルは、一瞬で山の中の悪魔たちの屋敷に到着した。そこで、彼は予想通り七之助と再会できた。天使の召喚者は、新築の屋敷の中庭に面した廊下の欄干に、家を飛び出した時の色褪せた着物のまま、背中を丸めて腰掛けていた。彼の背後には、不気味な赤い沼があった。異常な空間にいるにもかかわらず、彼はまったく落ち着いており、少し微笑んでいるようにさえ見えた。彼の両脇を、孔雀の悪魔のアンドレアルフスとユニコーンの悪魔のアムドゥシアスが、長い剣を床に突き立てて控えていた。

「七之助、迎えに来たぞ。こんな薄気味悪いところをさっさと離れて村へ戻ろう」

「レミエル君、彼はもはや自分の意志でここにいるのよ」

 アンドレは、天使が七之助に近づかないように、剣先で牽制した。

「そんな馬鹿なことがあるか」

 レミエルは、自分に向けられた切っ先には全く動じず、悪魔を睨み返した。

 七之助は、優しい瞳で天使を見返すと、首を振った。

「いいや、レミエル。この緑の髪の女の子が言うことは本当なんじゃ」

「何を言ってるんだ。七之助の夢はこの島にテーマパークを作ることだろう。悪魔の側にいたら、その夢は叶えられないぞ」

「……ここへ連れてこられて、明らかに人間でない、角の生えたやつらに囲まれた時、わしは今いる場所が山の神様の屋敷であることを悟り、取って食われることを覚悟した。

 しかし予想に反してこの子たちは、わしに向かって一斉に跪き、こう言った。

『あなたは、茜さんのお父さんですね。あなたを「お義父さん」と呼びたい悪魔がいます』

 わしは、なんのこっちゃ分からんかった。やがて『おい、お義父さんをおもてなしして差し上げろ』の掛け声の後、わしはいつの間にか、この屋敷から少し離れたところにある、山桜の高い枝の上に座らされておった。ちょうど温泉施設の建設予定地じゃ。横にはレミエルと同じくらい整った容姿をして、羽を生やしておるが、金髪で目つきが悪く、真っ赤な着物姿の少年が座っておる。彼はわしに金でできた杯を渡し、強い酒を注いでくれた。

 レミエル……わしがはるか遠くを見下ろすと、自分の村に炎が上がるところだった。それを眺めながら、損害額を計算しておったんじゃ。すると、横にいた少年が顔をわしに近づけ、耳元に何かをささやいた。

 その瞬間、見えている景色が一変した……

 村が積み上げてきたものを、片っ端から灰にする炎。村人全員にとって、負債の要因でしかあり得ない炎。わしは……それを……美しいと思ってしまったんじゃ……この世のものとは思えない赤い輝きで村を包み、すべてを黒い煙に変えてしまう、あの炎は、村に害をもたらすものではなく、むしろ、村に対する祝福のようにすら思えてきた……あの炎を前にしては、慣れ親しんだ村の家々、村の未来に関わる建設中の劇場やトロッコ、わしらやご先祖様が積み上げてきたすべての財産、そんなものはすべて、単なる燃料でしかないとわしは悟った……。

 続けてわしは思った……わしは今、あの炎の上におる。あの炎の本当の美しさを知っているのはわしだけじゃ。あの炎はすべてわしのものじゃ。わしは、神様に仕えているんじゃない。神様と同等の位置にいる王様になったんじゃ……わしはもう、奴隷には戻れない。

 わしの杯からは、いつの間にか飲み慣れないはずの酒が無くなっておった。少年はすかさずおかわりを注いだ。わしはそれも一息に干してしまった。そこで気を失い、再び気づくとここにおった」

 レミエルは、七之助の長い話しが終わるのを、待ちきれないように叫んだ。

「七之助、おまえは悪魔に呪いにかけられ、薬の入った酒に酔わされているんだ。早く帰ろう」

「何を言っておる。わしは断じて呪いにかけられても、酔ってもおらん。むしろこれまでの人生の中で、もっとも冴えているといっても過言ではない。そしてわしはもう帰ることはできん。すべてが灰となった村で、神様に見下されながら鍬を振り下ろす生活なんて、まっぴらじゃ。わしはもう、天国で与えられる出来合いの豪邸なんて、足元にも及ばないものを手に入れた。この世に未練などない。

 レミエル……そんな顔をするんでない。出会った時に、おまえは言っとったろ。わしが人生に十分満足できるように、手助けしたいって……わしは今、これ以上無い満足を感じておる……レミエル、今までわしのそばに居てくれてありがとうな。おまえは自分の住処に帰って、これからはわしに縛られることなく、自由にしたいことをしなさい」

 何かを察した両脇の悪魔は、七之助から少し離れると、彼に向かって跪いた。七之助は長年連れ添った天使に向かって笑いかけると、欄干を掴んでいた両手を離した。まもなく彼は、仰向けにひっくり返るように、地獄に由来する赤い池へと落ちていった。

 引き留めようとする天使の少年を、悪魔が二人がかりで取り押さえた。間に合わなかったことを悟ったレミエルは、その場に崩れ落ちた。まもなく彼の身体全体が強い白い光を発し、見る間に彼を人間の世界から消してしまった。(注3)





3 見る間に彼を人間の世界から消してしまった。 


 天国へ帰ったレミエルは、天使の中で一番偉いとされる、ミカエルに呼び出され、彼が座る金と宝石でできた椅子の前に立たされた。

「おかえり……レミエル。全部見とったぞ。ダメじゃないか……どうして一之助が、赤い池に落ちるのをもっとちゃんと止めなかったんじゃ……おまえの力なら、悪魔二匹の力くらい、簡単に振り払えるじゃろ」

「……彼は、自分から手を離し、飛び込みました……それを見てしまった途端、助けたい気持ちの中に、助けてはいけない気持ちが胸に差し込んで、動けませんでした」

「彼は、悪魔に操られただけじゃないか……」

 レミエルは、唇を噛んで下を向いた。そして小さい声でつぶやいた。

「……一之助じゃなくて、七之助です」

「レミエル……何度も言っているが、天使の仕事はなあ、我々を召喚した人間が見る夢と同じ夢を、できるだけ多くの人に見させることだ……一之助の場合は、スーパー銭湯の建設じゃな」

「スーパー銭湯じゃないです。温泉テーマパークです」

「……まあ、なんでもいいが……とにかく我々の召喚者は、自分の夢が人々に受け継がれてこの世に残ったことを見届けられれば、死の間際になっても、自分の人生に満足できる。その計画に支障があれば、何をしても構わん……でも……元になった夢を壊すようなことだけはしちゃだめだ……。

 悪魔はなあ、人間たちがせっかく皆で伝染して同じ夢を見ようとしているのに、それをぶち壊して、自分が選んだ人間ただ一人だけを、他の誰にも分かってもらえないような、異様でより生々しい夢へ連れて行こうとする……いい子の天使は、絶対見ちゃいかんような夢じゃ……おまえは素直ないい子じゃが、悪魔に惹かれやすいところがある……じいちゃんは心配なんじゃ……あんまり悪魔と仲良くすると、いつかおまえまで悪魔になってしまうぞ……」

 とんでもない濡れ衣を着させられそうになったので、レミエルは急いで顔を上げた。

「わたしが悪魔のような下等なやつらと、仲良するはずないです」

「……今のところはな。くれぐれも一見優しそうな悪魔には、気をつけるんじゃぞ……くれぐれもな……」




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