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6.罪⑪

茜は天使の兄に告白する。

 こうして「女神の意思」すなわち私の意思によって、婚約者候補が犠牲になり、その生死に踊らされる形で、さらに二人もの犠牲者がでてしまいました。

 ことの起こりの原因は、ほぼ明らかでした。浜辺に現れた不思議な男の子。彼に打ち明けてしまった秘密。送り主不明の宝石の付いた怪しい装飾品。兄が言及した「悪魔」という存在。


 その日は、考えを整理できないまま、家事に励んで気を紛らわせました。しかし座って洗濯物を畳んでいると、自分が背負っているものが、逃れるすべなく頭を占領しました。私は養父が接客するために店先に出て、二人きりになったところを見計らって、兄に尋ねました。

「お兄ちゃん、毎朝私達に語りかけてくる山の神様の正体って『悪魔』なんだよね?」

「まあそうだろうなあ」

 昼寝から起きたばかりの兄は、あくびをしながら答えました。

「悪魔って、どうやったら会いに行けるの?」

 私の質問の衝撃で、寝ぼけていた兄は目を見開きました。

「おまえ、あいつらのたくらみを止めさせるつもりか? 危ないから放っておけ。今のところ、馬鹿な連中が踊らされているだけだ。七之助の事業には影響がない」

「お兄ちゃん……」

 もはや、私は一人で罪を抱えていられませんでした。

「……私、女神かもしれない……」

 私の決死の告白に、兄は今度は顔色一つ変えず、しばらく考えた後に答えました。

「女神っていうのはおそらく、悪魔の召喚者のことだぞ。悪魔は、他の人間には害にしかならないが、召喚者にだけは絶対の忠誠を尽くす奴らだ。悪魔が、召喚者が願わないことをするはずがない。おまえは生贄になった奴らの死を願ったのか」

 私は答えに詰まった末、ようやくずるい言葉を絞り出しました。

「……分からない……」

「万が一、おまえが召喚者であるならむしろ好都合だ。あいつらにこれ以上の悪行を続けさせるのも、やめさせるのも、おまえの意思一つだからな」

「……でも、すでに死んでしまった人は、帰らないのよ。私のせいかもしれない……」

「どうして人は、すでに起こってしまった事件の責任がどこにあるかで、グズグズ悩むんだろうな……」

「お兄ちゃんは、死んじゃった人たちに対して何も思わないの」

「あいつらの死は、七之助の事業に関係が無い。ま、人間の最新の道徳に精通している天使としては、こういう殺人は多分駄目なんだろうな……とは思うが」

 そこへ、接客が終わった養父が、戻って来て板間に座り草履を脱ぎはじめました。そして背中越しに二人で何を話していたのか尋ねました。

「茜が、自分が女神じゃないかって心配しているんだ」

 止める間もなく、兄は答えてしまいました。

 板間に上がった養父は、しばらく固まって意味を咀嚼していましたが、やがて大声で笑い出しました。

「大丈夫じゃ、茜、おまえは女神じゃない。

 おまえは、たしかにこの島で生まれてはいない。じゃが、この島で育まれた材料でわしがつくったご飯を毎日食べてきた。おまえの心臓から爪の先まで、全部この島のもんでできておる、つまり島の一部じゃ。おまえはもう、この島に忠誠を尽くすしかない。すでにこの島の手足でしかないおまえが、島の人間を自分の欲のために犠牲にしたいなんて、そんなだいそれたことを考えることが、できるはずないじゃないか」

 私は、祖父の笑い声に耐えられなくなり、うつむいて心の中で唱えました。


――私は、人の死など願っていない。人の死など願っていない。願ってなどいない!


「ところで茜、また玄関横のヨモギが減っていたんじゃが……」

 私は急にいたたまれなくなって、裸足のまま外に飛び出しました。

 しかし店の入り口に立った瞬間、通りを抜けて海岸まで走るつもりだった私の足は、止まってしまいました。

 夕方。すべてがオレンジ色と紫のまだらに染まるこの時間。大通りは、一日の仕事を終えて帰宅する人や、完全に暗くなる前に魚や野菜を売りたい人で、賑わっていました。

 私はその半分以上の人に、赤い角が生えているのを見たのです。


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