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6.罪⑦

養父は、茜とレミエルに「世界の終わり」の伝承と、自分の計画について語る。

一方、山の中では悪魔たちの住処が完成し、計画を実行にうつす準備は万端となった。


 私は、機太郎さんに付き添って町へ帰り、彼を家まで送ったあと、養父の家に戻りました。しかし、先に帰ったはずの養父の姿がありません。慌てた私は、縁側に座っていた兄に声をかけました。彼は、近所の誰かからもらった女の子向けの花柄の浴衣を着て、やはりお下がりの白茶けたマリを弄んでいるところでした。

「七之助なら、地下室へいったぞ」 

 私が慌てて裏庭に向かうと、兄もマリを持ったまま、ついて来ました。

「何かあったのか」

「トロッコの小屋で、急にいなくなったから、心配になったの」

 二畳の広さの裏庭には、大工道具や掃除用具などと一緒に、大きな苔の盆栽が地面に直に置いてあります。これをずらすと、下に大きな蓋が現れ、持ち上げると地下倉へ続く梯子が現れる仕組みでした。私達が到着すると、案の定、盆栽がどかされ、蓋が開けられたままになっていました。

 真っ暗な中、順番にゆっくり梯子を降りると、暗闇の中、養父は提灯をぶら下げて一人、腰を下ろしていました。養父はすぐに私達の足音に気づいて、顔を上げました。

「どうしたんじゃ、二人とも」

「お父さん大丈夫?」

「大丈夫に決まっとるじゃろ。一体、何の話じゃ」

「トロッコ小屋で人と話した後、急にいなくなったじゃない」

「トロッコ小屋なんて、今日は行っとらんぞ」

「何言ってるのよ……」

「まあいい、二人ともそこに座りなさい。この機会に話しておきたいことがある」

 養父は立ち上がり、私に提灯を持たせ、それを頼りに、いくつかの燭台を灯しました。すると、洞窟のようないびつな壁を漆喰で固めた、地下室の全貌が浮かび上がりました。そこは、地面に置かれた巨大なつづらから、棚に並ぶ手の平くらいの桐箱まで、そこいら中、箱ばかりの空間でした。

「おまえらも知っておる通り、この地下倉は、わしの歴代の先祖が集めてきた、財産を保管している場所じゃ」

 養父は私から提灯を取り戻して、最奥にある、ホコリを被ったつづらを指差しました。

「こっちのつづらは金が入っておって、現在は合計十貫と二.六斤、こっちのつづらは銀で、現在の合計は二十六貫と一.一斤じゃ」

 次は提灯を持ち上げて、壁に板を取り付けた棚に並んだ桐箱を示しました。

「左の壁に並んでいるのは、すでに鬼籍に入った作家の手による、工芸品の類で、その評価額はほぼ定まっておる。ほとんどが百年以上前のもので、わしの父や祖父、曽祖父、もっと古いご先祖から受け継がれたものじゃ。右に並んでいるのは、現在活躍中の作家の作品で、将来の値上がりを見込んで、わしが先行投資したものじゃ。今後、彼らの作品は、価値が急騰する可能性がある一方、本人が罪人になるなどすると、暴落の危険もある。売りどきと買い時を常に見極めなければならん。

 ここにある台帳が、工芸品の目録と価格の推移を図表にしたものじゃ……」

 一通り説明の終わった義父は地面に腰を下ろし、年代もののつづらに寄りかかって、私達にも座るように言いました。そして、先祖代々その美しい中身を、陽の光にさらしたことのない、箱の数々を見渡しました。

「この島の住民は、みんな自宅にこうした蔵をもっておる。そこには我が家と同じように、その家のご先祖が、代々積み上げた黄金や宝物などの財産が蓄えられておる。これは、この島の最高指導官であらせられる山の神様の教えのためじゃ。山の神様はいつも、この島の総資産が増え、島民全員が金持ちになることを願っておる。

 そして伝承集で語られる『世界の終わり』によると、島民たち全員の財産の合計が、ある一定の額に達した時、決算の鐘の音とともに、山から神様が降り、死んだ者も生きている者も皆、御前に並ばされる。そうして、それぞれが築いた財産の寡多に応じて、永遠の楽園に住宅を用意されるんじゃ。

 神の降臨条件である、財産総額の具体的な数字は、文献にはっきり記されていないが、おおよそ黄金二千貫分といわれておる。わしの計算では、まだ五十分の一くらいじゃ。このままでは、いつになったら、わしらは永遠の楽園に行けるんじゃ……。

 原因は分かっておる……この島は孤立しており、大きな島との流通が少ないからだ。」

「だから、おまえの夢はこの島をテーマパークに作り変え、人の行き来を増やすことなんだろう」

 天使の兄が口をはさみました。

「その通りじゃ。これによって、人の往来が盛んになれば、三十年で金二千貫の経済効果も夢じゃない。まさに人生をかけるにふさわしい事業じゃ。

 わしのテーマパークのテーマはもちろん、蓄財と投資じゃ。目玉は温泉施設と、トロッコだけじゃない。ちゃんと観光客を楽しませる娯楽施設もつくる。現在建設中なのは、巨大ホールじゃ。そこでは南蛮由来のあらゆる物語の中で、最も有益な物語、アリとキリギリスが上演される。これにより、お客に山の神様の大事な教えである質素倹約の大切さをたたきこむ。さらに、施設同士を繋ぐ道には、お客が飽きないように、チンドン屋さんが練り歩いていて、詐欺に合わないための注意とか、山の神様直伝の健全な投資のやり方をとかを書いたチラシを配り……」

 養父は、事業の話しになると、饒舌になり話しが止まらなくなります。

「……そういうわけだから将来、おまえら二人にはテーマパークを安定して経営する手伝いをしてもらいたい」

 私たちが、返事をする前に、頭上からくぐもった声が聞こえました。どうやら、来客があって、私たちを呼んでいるようです。養父は、梯子を登って対応に出ていきました。

 二人きりになった静かな薄暗い空間に、兄のつぶやきが聞こえました。

「おまえ、七之助の計画についてどう思う。手伝いたいと思うか」

「……どうって……私たちに、どうするか選択権なんてないじゃない」

「確かに、私にはない。天使の私の仕事は、召喚者である七之助が生涯でこれと決めた目標に、一緒に身を捧げて、彼に自分の一生に満足してもらうことだからな。だが、おまえは違う。七之助はああ言っていたが、私たちのことは気にせず、自分のしたいことをすればいいんだ」

「でも、私はお父さんが出してくれたご飯を毎日食べちゃってるのよ……裏切れないわ……」

「ご飯は、おまえを縛る呪いじゃない」

 私が返事に困っていると、養父が私を呼ぶ声がしました。私が地下から顔を出すと、養父が急いで店に来るように告げました。

 私が店の暖簾をくぐると、下駄屋の奥さんが振り返りました。

「あ、来た来た。あんたにいいものをあげようと思ってきたのよ」

 黒地に赤い花を散らした着物が、私の鼻先に迫りました。

「これ、私はもう着られないんだけど、高価な着物なのよ。あんたは、七之助さんみたいな立派な人に育てられたんだから、将来は立派な人になって、七之助さんの事業を手伝って、この島の財産を増やしてくれるに違いないわ。私の宝物が立派な人に袖を通され、間接的に島の経済に貢献した、と神様が知れば、永遠の楽園で、私を厚遇してくれるに違いないのよ。だからもらってね」

 つまりこれをもらったが最後、私はこの人の考える「立派な人」にならなければならないということでしょう。兄はああ言っていましたが、ご飯だって着物だって、呪いになりうるのです。何かに呪われなければ生きていけないのであれば、せめて何に呪われるかは、自分で決めたい物です。



 この島の山の中腹。ついに悪魔たちの屋敷が完成した。奇妙な赤い池をコの字型に囲むように建てられた、黒い瓦屋根と白い壁の屋敷。池を臨む廊下が、洋風の個室、共用の広い和室をつなぎ、内装の至るところ施された彼岸花の装飾で、様式の不調和を中和していた。

「セーレが集めてくれた材木は、目が詰まってて高品質だったから、ずいぶんいい家になったぞ。家の近くにあっさり温泉が沸いたのは、さらに良かった。温泉が出なくてクロセルに頼んでたら、オルロフの連中に二つも貸しを作るところだった」

「温泉なんかいります? そうそう、ライトアップなんですが、神様って、何となく自己主張が強めなイメージだから、原色多めにして遠くからでもわかるようにしました」

「いや、ライトアップのがいらないだろう」


 みんなが住処について、おしゃべりする中、山道から離れた山林で、一人体育座りをして、遠くを見ていたベリアルを見つけた孔雀の悪魔は、彼の肩に触れた。

「ベリアル、家が完成したわ。新しい畳の匂いが素敵だから、早く入りなさい」

「……ありがとう」

「千里眼で、彼女のことを見ていたの」

「ああ、原稿が終わって、暇になってから止められなくなった」

「今日一日中見てたの?」

「……彼女が自分の家に入っている時は、さすがに遠慮している……家に入ってる時は、いつ出てきてもいいように、家の玄関をずっと見ている」

「……辛くない?」

 アンドレアルフスは、友人の横に腰を下ろした。

「……彼女に触れることもできないのに、ただ眺めているのは辛い……でも、目を離しても、結局心の中で彼女を見続けてしまう……どんなに辛くても、それをやめるやり方が分からない……俺は誰よりも、自分のことが分からない……」

 

 それからしばらくして、山林から出てきたベリアルとアンドレに目を止めたユニコーンの悪魔は、二人に声をかけた。

「どこ行っていたんだ……明日からいよいよ作戦開始だぞ」

「抜かりは無いわよ。手筈通り、アムドゥシアスが神様役で演説をお願い」

「……わかってる。さっき音声拡張装置は受け取った。ベリアル、肝心の原稿はできたか」

「ああ」

 アンドレは、枯葉の上に置かれたピーナツバターの瓶を見た。

「ダンタリオンは、ベリアルの指示で、彼女に幻覚を見せる係よ」

「セーレは、生贄にする人間だの何だのをここまで運ぶ係」

「はーい」

「私は全体の演出に気を配ることにするわ……」

「僕は何をやったらいいんですか」

 デカラビアは心配そうに、自分を指した。

「おまえは……なんか……きのこでも取ってろ」

「えー」

「ベリアル、いい? あなたが彼女の気持ちを読み違えたら、カイムが考えた草案の通りに、ことが運ばなくなるわよ」

「大丈夫、間違えるはずがない。彼女が誰を消して欲しいと思ってるかなんて、手に取るようにわかる。俺は、ずっと彼女のことばかり見ているんだ……」



 私が宝石を隠した日から三日後、島にある噂が流れました。話によると、ここ数日、太陽が沈んで、山が町を見下ろす黒い壁のようになった頃、その中腹が、赤や青に光るというのです。ある人達は「誰かが山に入って火を焚いているんじゃないか、あそこは山の神様の住まいだから、立ち入り禁止なのに」と怒りました。しかし、ある人達は「あの辺は立ち入り禁止で罰金もあるし、きのこや山菜が他の場所よりたくさん生えているわけではないので、入っても何も得しない……だからあれは、山の神様その人の仕業なんじゃないか……」と推論しました。当初、後者の人々の声は大きくありませんでしたが、噂がたって二日後、その正しさを後押しする事件が起こりました。なんと、神様が自分で名乗ったのです。


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