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6.罪⑤

トロッコ小屋での一件。



「茜、何だか顔が白いぞ。大丈夫か。何度も右耳の際ばっかりとかしてるし…」

 次の日の朝、兄の髪を梳きながらぼんやりしていた私は、兄の声で我に返りました。

「ごめんね、大丈夫よ。昨日、この島に来たときの夢を見ちゃって…」

 私はあの後すぐに、化粧台の引き出しに宝石を隠しました。そして養父や「悪魔」を嫌う兄に、昨日の夢の後半と宝石について、何も話さないことにしました。これが、誰から預けられた物なのかと言うことについて、心当たりが一つしかなかったからです。

 養父は、三つのお茶碗に冷えて固くなった雑穀米をよそいながら、口を挟みました。

「夢見が悪いのも、無理ねえなあ。おまえの両親はひどいやつだったからなあ」

「罪を犯して、本島を追い出されたんだろう」

 兄は、大きな島のことを「本島」と言います。

「ああそうじゃ……茜の両親は、あっちじゃ許可なく獲っちゃあいかんってことになっている、アオサケっちゅう魚を獲って食べたんじゃ。アオサケは貴重じゃからのう。何でも一度食べたら美味し過ぎて、やめられない止まらないらしい。しかもひどいことに、茜の両親はそんな美味しい魚を、娘には一切与えず、二人で独占したんじゃ……ある時それがバレて、この島に一家揃って流刑になった。二人はこの島に向かう船の中で、アオサケの毒が回って亡くなった……捕まる直前までアオサケを食ってたそうじゃからな。最後に食べたのは毒の処理が甘かったんじゃろう……ま、罰が当たったんじゃな」

 養父は、それぞれの茶碗に梅干しを乗せてくれました。

「茜、これを食べたら、トロッコのところに行こう。おまえにやってほしいことがあるんじゃ……」


 朝食の後、私は言われた通り、養父について家を出ました。トロッコというのは、養父のテーマパーク事業の一環です。この事業は、山の中に建設予定の温泉施設を目玉にしており、トロッコは、麓と温泉を繋ぐ乗り物として、開発されていました。すでに温泉予定地と麓は、線路で結ばれており、出発地点に建てられた小屋ではトロッコ本体の制作が行われていました。

 養父に連れられ、小屋へ入ると、小屋の内側から山の中腹へ伸びる線路の上に、開発中の乗り物が布を被っています。彼は辺りを見回しました。

「あれ、機太郎がいないのう……まあいい、そのうち帰ってくるじゃろ」

 そして養父は、乗り物を覆っている布を取りました。

 すると、大きな木の箱に連結したトロッコが現れました。木の箱の横腹には、取っ手のような金具が飛び出ています。

「この木箱の中には、ゼンマイという最新鋭のシステムを搭載しておる。この飛び出ている金具を限界まで回転させると、動力がゼンマイに貯金される。そして金具から手を離した途端に、貯金が払い出されて、一気に温泉施設まで、トロッコに乗った人間ごと駆け上るというものだ。しかも貯金の払い出しが始まると同時に、仕掛け中の歯車が切り替わり、つまり動力の投資先が切り替わり、力をより効率よくタイヤに伝えるようになる、つまり利回り良く運用できるようになる。まさに山の神様が説く、貯金、投資、運用を体現する夢のような機械じゃ」

「……そう……」

「ついにゼンマイトロッコが完成したと、開発主任の機太郎から連絡があったんじゃ。わしの娘であるおまえに、栄誉ある最初の搭乗を任せたいと思っての。ほれ、早速乗ってみい。わしがゼンマイを回してやる」

「……でも……危なくないの……」

 私が渋っていると、突然声がしました。

「あなた方、どなたですか?」

 二人そろって声がしたほうに顔を向けると、トロッコの中から、男性が顔を出していました。全員顔見知りのこの島で、見かけたことがないきれいな顔で、袖が筒状で八分しかない妙な着物を着た、痩せた男性でした。

「わしらのセリフだ。誰じゃ、おまえは」

「僕は作業してたら、急に胃の調子が悪くなっちゃって、ここで寝てたんです」

「作業ってなんじゃ、機太郎はどこいったんじゃ」

 突然、男性は悲鳴を上げてうずくまり、トロッコの中に見えなくなりました。木の板を通して、わめく声。

「う、お腹痛い。お腹痛い。あなたがた、なんか薬持ってないですか」

「なんじゃ急に……しょうがないのう」

 養父が懐を探り出すと、男性はすばやく起き上がりました。養父は、仁丹を出して、何粒か彼の手の平に出してやりました。すると、男性は首を突き出して、それを上から横から眺めました。

「……これ、本当に大丈夫なんですか。実は丸めた鼻糞なんじゃないでしょうね」

「失礼なやつじゃな」

「あ、僕、錠剤が飲めないんだった。ちょっとあなたの家に粉薬をもらいにいきたいんですけど」

「何言っとるんじゃ。まったく図々しいやつじゃなあ。いいか借用書はちゃんと書いてもらうからな」

 男性は、一瞬でトロッコを飛び出し、丸い痩せた養父の背中に触れました。

「わかりました。さ、行きましょう」

 小屋の入り口の引き戸を開けて、養父を無理矢理押し出すと、男性はあっけに取られている私をこっそり振り返り、片目をつぶりました。すぐに二人の姿は、閉められた戸の向こうへ消えてしまいました。

 私はあわてて後を追いましたが、外へ出ても、二人の姿が見えません。まだ遠くへ行っていないはずなのに。辺りを見回していると、背後の小屋の中から、人間の唸り声がかすかに聞こえました。

 恐る恐る薄暗い小屋へ戻り、耳をすましました。恐怖で高鳴る自分の心臓の音に混じって、たしかに聞こえる、人のうめくような声。すると突然、トロッコの底の辺りを、誰かが蹴飛ばしたような音がしました。

 私は思わず悲鳴を上げましたが、勇気を出し、道具箱を引きずって踏み台をつくり、ゆっくりトロッコの底を覗きました。

 そこには、身体を縛られ、口を塞がれた機太郎さんが横たわっていました。急いで彼を助け出しましたが、彼は自分がいつ誰に閉じ込めれられたのか、全く覚えていませんでした。

「トロッコの最終調整をするためにここへ来たんだけど、重大な不備が見つかって。こりゃまずいと思ったところで、突然、頭を殴られたような衝撃があって、いつの間にか気を失ったんだよ。それで、今目が覚めたらこの状態だった」



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