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無名の錬金ギルド所属調査員兼暗殺者

 妖精蝶リルトという二つ名で呼ばれる二十代の女冒険者がいる。そいつは、「裏切りの塔」という未攻略のダンジョンにとりつかれており、それ以外に興味を持たない。血走った目、異常なほどの怪力。現在ある魔術体系のどれにも当てはまらない、独自の魔術。明らかに危険な女だ。

 いつもひとりの男を従えて、塔を登っては降り、登っては、降り。それを、十数年ずっと繰り返している。

 そんな女が、赤ポーションの密売を行ったという情報が入った。


 赤ポーションには、微量の回復効果が含まれているが、そのメインの効用は、強制的に引き起こされる興奮状態による鎮痛作用だ。この効果には依存性があり、特に、体のどこかに常に痛みを抱えている人間に、強くはたらく。それゆえ赤ポーションは麻薬として取引されることもあるのだが、人道を重んじる錬金ギルドでは、赤ポーションを、魔物との戦い及び戦争での使用以外は禁じており、その取引を行う者には正義の鉄槌を下すこととなっている。

 例外は許されない。たとえ実力ある冒険者であっても、赤の密売を行ったことが明るみになり、それが許されたという前例があれば、それを模倣する冒険者が現れる。それがエスカレートしていけば、もはや錬金ギルドによる管理は不可能になり、赤の密売が横行し、最期にはこの街が赤によって滅びてしまう。しかもそれは、後の世に、錬金ギルドの責任として語り継がれ、錬金術師たちへの迫害にもつながる。

 そう。一度だけでなく、赤関連では、何度もその歴史を繰り返してきたのだ。そうならぬために。自分たちを守るためだけでなく、未来を生きる同志たちを守るためにも、妖精蝶リルトを抹殺せねばならない。


「暗殺者か」

 妖精蝶リルトは、大型の蜘蛛をその長剣で突き刺し、その紫色の体液を全身に浴びたまま、そうつぶやいた。聴力の強化をこちらが行っていることを知っているからか、本来ならば届かない距離の声量で、話を続ける。

「罰金なら、この蜘蛛の牙で足りるだろう」

 私は、姿を現し、否定する。

「そういう問題ではないのだ、妖精蝶リルト

「ふん」

 振り向き、剣を構える。

「私を殺しても、必ず他の者がお前を追い詰め、殺すだろう」

「それより先に、私はこの塔の頂に辿り着く。そしてすべてを手に入れる」

「この塔に、そんなものはない。だからお前程度がこの塔の攻略の最前線にいるのだ」

「ふん」


 この世にはたくさんの毒がある。赤だって、そのうちのひとつに過ぎない。毒も、少量なら薬になりうる好例だ。

「姉さん。なんで殺さないんですか」

 麻痺毒で動けなくなった私に、妖精蝶リルトは酒を飲ませた。酒は、麻痺毒のまわりを早くする代わりに、それが弱まるのも早くする。

「その必要がないからだ」

「どうせ敵対するなら、殺してしまった方が、相手の戦力をそぐことになります。それにこの男は、姉さんの魔術を見てしまった。次は対策されます」

「いや」

 妖精蝶リルトはそれ以上語らなかった。従者に剣を投げると、従者は慌ててそれを拾い上げ、研ぎはじめた。

「姉さん。食料の残量はあと八日分です。この男に与えれば、さらに少なくなります」

「ふん」

「この男の麻痺が溶けるまで半日はかかります。ここで時間をつぶしていれば、目標である八階に到達することは不可能になります」

「それでいい」

「どうしてですか! 次街に戻ったとき、これまでのように何事もなく過ごせるとは限らないのですよ! 今回の挑戦で、塔の頂上か、そうでなくとも、最高到達点に辿り着かなければ……」

「うるさい。黙れ」

 従者は黙った。私はただ、この状況を、どのように受け入れればいいかわからなかった。

「おい。大蜘蛛の牙と、ミスリルゴーレムの核をお前の鞄に入れておいた。その代わり、お前が持っていた赤を二つもらった。これも密売になるのか? もしそうなら、お前も、私と同じ立場だ」

 妖精蝶リルトはそう言って、従者が用意した簡易ベッドに横になった。従者はため息をつきながら、壁に腰かけて、眠り始めた。

 三時間ほどで私の体が動くようになった。鞄からナイフを取り出し、眠っている妖精蝶リルトの首元を狙う。

「やめておけ」

 後ろから声がした。

「そのお方は、この世界の王になられるお方だ」

 振り向くと、従者が、その赤い目を大きく見開いていた。私は構わずナイフを引こうとしたが、体が動かなかった。

「魔眼……」

「去ね」

 小物を装ったその怪物の言葉に、私は逆らうことができなかった。体が勝手に動き、カバンを拾い上げ、一直線に塔の出口に向かっていた。


 私が任務を失敗した翌日に、研究員が、副作用の消えた赤ポーションの開発に成功したとの報告があり、錬金ギルドの取引規定もその日のうちに改定され、妖精蝶リルトの罪も、私の罪も、きれいさっぱりなくなった。

 ただ私の胸に引っ掛かったのは、魔眼持ちの怪物のことだった。あれは一体なんだったのだろう? なぜあれほどの力を持った者が、間抜けな荷物持ちの役割を演じていたのだろうか。

 魔眼……

 吸血鬼。ビホルダー。ゲイザー。リライト。デッドアイズ。

 名前だけは知っている怪物はいくらでもいる。だが実際に見たことはないし、人型のものは特に、ここ最近、発見報告すらない。それはつまり、いないか、いたとしても、それを見た者は誰ひとり生きてはいないということ。

「知らぬが仏、か」

 そうつぶやいて、次の任務の準備を始める。錬金ギルドが独占している奔走華の栽培場のそばに魔物が出現するようになったらしい。現状、その対処自体に問題はないのだが、原因がわからないので、それを特定することが今回の任務だ。また、その原因の排除が可能なら、それもまた私の仕事というわけだ。

 楽な仕事ではない。いつ死んでもおかしくはない。しかし、錬金術師の妻を持つということは、こういう危険を承知でのことなのだ。

 彼女なら、あの魔眼の怪物のことも知っているかもしれない。今夜、ベッドの上でその話をしよう。


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