妖精蝶(リルト)
「お前はあの塔のてっぺんを目指すんだ」
父はそう言って、「裏切りの塔」の、雲に届かんとするその頂を指さした。
「そこには、お前が望むものすべてがある」
「私の望むもの?」
「そうだ」
「無限の富も、永遠の命も?」
冗談めかして言う私に対して、父は決して表情を崩さず、首肯する。
「もちろんだ」
緑色の鱗粉を飛ばす、妖精蝶二匹が横切った。
「でも私、お父さんが一緒にいてくれたら、他に何もいらないよ?」
父はそこではじめて笑みを浮かべた。
「俺がいるうちは、な」
二匹は華麗に舞い、その鱗粉で私はくしゃみをした。
父が、王国の兵士の斧によって首を落とされたのをこの目で見たそのとき、私はまだ14歳で、欲しいものはたくさんあり、しかしそれを手に入れるのに足りる力はなかった。
独り立ちを考えており、父に相談したいことはたくさんあったのに、父は酒を飲み、知らない女を抱きに行くばかりで、私の話し相手になってくれることはほとんどなく、ただ生活の糧となる金を出すこと以外に親としての役割を果たそうとはしてくれなかった。そんな父に私は軽蔑の念を抱いており、できるだけ早くひとりで生きられるようになりたかったのだ。
父が殺されたのは、そんな時だった。父が、秘密裏に国の王位継承者のひとりと密会し、関係を持っていたという疑いがあり、父はそれを否定しなかった。その結果としての処刑であった。私はその処刑を見に行くつもりはなかったが、最期の面会の時に、父は「お前は必ず来なければならない」と言った。そのときの表情は、幼き日の、あの妖精蝶の舞った日を思い起こすものだった。
「姉さん。困りますよ」
そう言って私の後ろを早足でついてくる男を無視する。
「あいつらとやり合うなんて、無謀ですよ。今すぐ謝りましょうよ……」
私は鼻をならす。
「謝りたいなら、君がひとりで行けばいい。私は知らない」
「無理ですって……」
先日、あるひとりの赤ポーション中毒者の少年と知り合った。この間抜けな男ではない。その少年は、どうしても赤が欲しいということで、私と取引をした。私はその少年の両手の中指と薬指をもらい、それを魔術の媒介に利用し、その代償に赤をその少年にやった。
その取引の現場を見ていた者がいて、それが、赤の取引を独占している錬金ギルドの連中に知られてしまった。錬金ギルドは、赤の転売を禁止しており、破るものに重い罰金を課しており、私の取引がそれにあたると主張し、私に連中の根城に出向くよう要求してきたのだ。
「私は今日も塔に行く」
「姉さん……姉さんはなんで、そんな取り付かれたように、あの塔に行くんですか」
「あの塔の頂には、私の望むものすべてがある」
「そんなの迷信ですって」
「いや、真実だ」
人は私を狂人と呼び、関わらないようにするが、妻を失い、生きる希望のなくしたこの間抜けな男は、なぜか私に付き従う。
「……だとしても、連中とは敵対しない方がいいですって」
無駄な話を繰り返しながら、私は塔の入り口に辿り着いた。道中、赤中毒者の少年の無残な遺体を見つけたが、弔う気にはならなかった。
「姉さん……」
勝手についてくるこの男は、勝手に私の荷物持ちをする。また、野営の準備や、武具の整備も行う。その代わりに、私の食事を勝手に食べ、私の寝床を勝手に使う。契約も何もなく、ごくごく自然に、そうなったのだ。そう。私が、この男の妻を殺した時から、ずっと。