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チャプター2. バリ・ハイ〜Bali•Hai-②

海のサーフィンとの出会いは最悪だった。中学生の時は横浜のクラブユースで攻撃的MFの位置でレギュラーをつとめ、サッカーに明け暮れていた。トレセンにも呼ばれ10番の背番号をつけて、将来は海外で活躍するプロサッカー選手になることを夢みていた。しかし、ジュニアユースからユースに上がれるリストに海の名前はなかった。

周囲からも海は絶対大丈夫と言われていたし、周りにも海以上に上手なヤツはいなかった。納得のいかない海は清水コーチに上がれなかった理由を知りたくて詰めよった。

「うーん、オレも海が上がるのが当然だと思っていたよ。でも、新しくスペインから来たガビがオマエじゃなくて、柊ニ(しゅうじ)を強く推したんだ。」

小野柊ニはボランチの位置で中学からクラブに入ってきた190cmの長身で、ボールの扱いはそれほど上手くなかったが、視野の広さと果敢な奪取力が魅力の選手だった。結局、クラブは海の完成度より柊ニの将来性・伸びしろを選んだのだった。

 その日、海はいつも練習が終わると寄り道もせず逗子の家に急ぐのに、2試合連続で試合をした後みたいに脚が重く、頭の奥で大きな鐘が鳴り響いて何も考えられなくなっていた。


 気づいたら、海辺にいた。

小さい頃から陸と遊んだ、良く見知った砂浜と海の風景だった。犬を散歩させている人や沖には黒いウェットスーツのサーファー達が波に浮いている、いつもの何も変わらない景色がそこにあった。

「どうした、ボウズ?何かあったか?」気づくと、隣に白髪頭で少し腹の出たウェットスーツ姿の中年のオヤジがいた。

「海はいいぞ。頭を空っぽにしていい波を待つ、そして自然の抗えない大きな力に身を委ねるしかないから、人間のちっぽけな悩みなんかへのカッパだぜ!」その声で、海は自分が泣いていることにやっと気づいて、慌てて涙を袖で拭った。

「ボウズ、気が向いたら、あそこの“ Back Yards(バックヤーズ)“って店に来いよ。海に入ってなかったら、だいたいそこに居るから波乗り教えてやるよ!」そう言って白髪頭は、長いサーフボードを脇に抱え海に入っていった。


 数日後、サッカーの練習に行かなくなった海は、遼に誘われて鎌倉のライブハウスへ行く途中、海沿いの国道を自転車で走っていた。その道沿いにハワイ風のカフェと雑貨屋の隣り、木の看板に“Backyards”と白ペンキでなぶり書きされたサーフショップらしき店が現れた。先日の白髪頭が言ってた店だ。

 海は自転車を隣りの雑貨屋の前に止め、恐る恐る店の中を覗いてみた。店の中はそれほど広くはなかったが、サーフボードが15枚くらい置いてあって、カウンターの前にはフィンだのワックスだの雑貨が並び、小さなテーブルには雑誌が置いてあった。

カウンターの上部には小さなモニターが斜めにかけてあって、サーフィンの画像が映し出されジャック・ジョンソンが流れていた。店内には誰もいなかったが、カウンターの奥、透明のビニールブラインドの向こう側に人影が見えた。慌てて帰ろうとすると、そのメガネとマスクをつけた男と目が合った。

「おお、この前のボウズ!よく来た、まあ座れ!」と言って、ペンキで汚れた手で折りたたみのイスを開いて座るようにすすめて、待ってるように手振りで合図した。

しばらくして、奥からタオルで顔を拭きながら白髪頭が出てきた。スマホで誰かと話をしてから、自分も壁に立てかけてあった折りたたみイスを取って、テーブルを挟んで海の正面に座った。

「待たせたな。すぐに海に入るか?」

「いえ、ちょっと寄ってみただけなんで。」

「そうか。狭い店だろ、でもオレの作るボードをモノ好きなヤツがいてハワイだの、カリフォルニアだのバリだのに送ってくれって注文きて、こう見えて結構忙しいんだぜ。」

「また、若い子相手に自慢話?」デニム地のエプロンのすらりとしたキレイな女性がコーヒーカップを2つ載せたトレイを手に現れた。

「夏美、そりゃないだろ!自慢話だけのくそオヤジたちと一緒にするなよ。」白髪頭は少し照れながらそう言った。

コーヒーをテーブルに置きながら、夏美さんは海に向かってニッコリ笑った。

「この人ね、こんなイカつい顔してるけど案外いいヤツだから安心して。では、ごゆっくり。」

耳元で囁いて、外に出て行った。

夏美さんは、白髪頭(本名は森川健吾、通称:モリケン)の元奥さんで、隣のカフェと雑貨屋のオーナー、モリケンの店も夏美さんの父親の土地だと後から知った。

 翌日、海は学校から帰ると水着だけを持って家を飛び出した。自転車を飛ばして、夏美さんの雑貨屋の前に停めると、カフェの奥から夏美さんが手を振るのが見えた、今日も一段とキレイだ。どう考えてもモリケンとは美女と野獣だと思っていたら、目の前に本人が立っていた。

「なにデレ〜としてる、コイツに着替えろ。」と真っ黒なウェットスーツを海の方に放り投げた。


 泳ぎには自信があった、中体連の自由型の学校代表にも選ばれたことがあったくらいだ。小さい頃から浜辺とこの波とは陸と遊びまくった。

その時分でも砂浜から見える沖にプカプカ浮いてるだけのサーファー達は何やってんだろうと思っていた。

 モリケンに基本の動きを教わって、一緒に海に入った。まず最初からパドリングで沖にいくのに苦労した。力ずくで腕を使っても少しも前に進まない、モリケンはずっと先に行ってしまった。

沖合いに出た時には腕がパンパンになっていた。モリケンはお手本に何本か波に乗って、立ち上がるタイミングを教えてくれた。でも、海は何度やってもボードに立てなかった。

体幹トレーニングはサッカークラブでもやってたし、運動神経には誰にも負けないと思っていた。しかし、この日海は一度もボードに立てなかった。もうヘトヘトで10km走を全速力でやらされた気分だった。

翌日全身筋肉痛で、ベッドから起き上がるのも大変だった。ロボットみたいな歩き方をクラスのヤツにからかわれた。それでも海は放課後、“Back yards”に向かった。1度も板に立てないことが悔しくてたまらなかった。今までやったスポーツで、まるで歯が立たなかったことなど1度もなかったから。

でも、次の日もその次の日も、海は板から落ち続けた。その日店に引き上げる時に「オレって、才能ないのかな?」そう呟くと、辛抱強く付き合ってくれてるモリケンが「あるある、3日続けられる根性が才能だよ。明日は乗れるさ、大丈夫!」と慰めてくれた。

 習い始めて4日目、筋肉痛もとれ始め身体が軽く感じた。そしてモリケンが昨日言ったように、この日最初のライドで、ほんの数秒だったと思うが、海は初めてボードに立った。波が、南太平洋から地球の表面を渡ってきた波が、海のボードを押し出している、そんな感覚を感じた。

 


 

それから、海はサーフィンにのめり込んだ。他のクラブチームやサッカーの強豪校から幾つも誘いを受けたがすべて断った。サッカー好きの父はもったいない、サーフィンなんて金にもならないのにと残念がったが、もう海の頭の中にはサーフィンのことしかなかった。勉強も学年で上位に入るくらいの成績だったので、地元鎌倉の県立進学校へ行くことにした。これで、思う存分サーフィンができると海は思った。

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