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チャプター1.気まぐれなお天気〜Aprilwetter-②

その後、陸が魂を抜かれた人形のように生きていたとき、何となく覗いた大学の掲示板に留学の最終期限の張り紙が目に入った。陸はカミナリに撃たれたように突き動かされて、その留学資料を集め、担当職員に相談し、提出書類を準備していつにない熱心さで両親を説得した。

商社に勤めていた父は、将来のことを考えアメリカかカナダの大学を勧めたが、陸はドイツのハイデルベルク大学に決めた。自分にはビジネスライクなアメリカではなく、歴史があり他の国とも地続きのヨーロッパが合ってると思ったのだった。


 一つ上の兄貴はバリで開かれてるサーフィンの大会(彼はプロテストに合格し、国内大会でも複数回入賞していたから、スポンサーも5社以上ついていた)に出かけていたので、メールで後から連絡した。その夜、すぐに折り返しの電話が来た。

「まあ、いいんじゃね。陸が決めたことだから、反対したって変わんねーだろ。親父はブツクサ言うだろうけど、オレからもフォロー入れとくわ。」

「それから、遼にも知らせてやれよ。アイツ、最近メールしても、オマエがろくに返信して来ないって心配してたぞ。」

「わかった、連絡しておくよ。」

遼とは、幼稚園からの幼馴染で、中学まで同じ学校、同じサッカークラブチームに通っていた。先祖代々からこの辺りの大地主、岩淵家の一人息子だ。兄貴の海と同じ学年だったが、大町(鎌倉)の人妻に入れ上げて、受験に失敗してしまい、激怒した親父にその人妻と別れさせられて、1年後に三田の大学に入学したので、今では陸と同学年になっていた。

「何だよ、陸。オレを1人置いていくのか?ハートブレイクなお前にアナウンサー志望の可愛い女の子、紹介しようと思ってたのに。」とまくし立て、

「夏にはゼッテー遊びに行くから、オレ好みのファビュラス用意しとけよ。絶対だぞ!」

「わかった、わかった、そんときは待ってるよ。」

陸は遼なりの優しさが嬉しかった。


 フランクフルトはドイツ経済・金融の中心地で、ミュンヘンやベルリンほどの大都会ではないが国際見本市のメッセなどが開かれ、マイン川沿岸日本画そびえ立つ近代的なビル群はマンハッタンならぬ、マインハッタンと呼ばれている。フランクフルト国際空港も近代的な造りで、清潔で無駄のないいかにもドイツらしい建物だった。

 陸は初めてのヨーロッパということもあり、今日はフランクフルトのホテルで一泊して、明日の朝ハイデルベルクへ行くことにした。空港からはSバーンで市街に行き、ホテルは旧市街のレーマー広場近くに予約してあった。

陸は長旅の疲れも忘れて、目にするもの触れるものにワクワクしていた。ホテルでチェックインを済ませて、部屋に入るとスーツケースとバッグをベッドの上に投げ出し、母親と兄貴に無事着いたことを知らせるメールを眼下の広場と街並みの画像を添付して送った。それからシャワーを浴び服を着替えて、はやる心を抑えて中世の街に飛び出した。


 レーマー広場はその名の通りローマ時代に作られた周囲をほぼ同じ高さの石と木で造られた家にこ込まれた円形の広場で、中央にある噴水と正義の女神像が象徴的な美しい広場だった。

観光地によくある絵葉書や観光スポットのカードが並べられたスーベニアショップがあり、広場の奥にテーブルが整然と並べられ、ビアグラスがデザインされた金属製の看板がついた、生ビールサーバーのあるオープンテラスの店が目に入った。まだ午後4時過ぎだと言うのにテラス席は客でいっぱいだった。運良く端寄りの眺めの良い席がひとつ空いたので、陸はそこに腰を下ろした。


すぐに白いひだのついたブラウスに、膝丈の黒いスカートに絞った腰に2つポケット付のエプロンをした赤いショートカットのウェートレスがメニューを持ってきた。

ドリンクメニューの中に知っているブランドがあった。“Veltins (フェルティンス)、ブンデスリーガのクラブ“Schalke 04(シャルケ ヌルフィーア)、かつて陸がサッカーをやっていた頃のLSBポジションに元Jリーグ鹿島の内田篤人がいたチームのメインスポンサーだ。堅実なディフェンスと果敢な攻撃参加とスピード、陸は試合になるといつも内田選手のプレーをイメージして試合に臨んだ。もちろんイメージ通りにプレーできたのは、ほんの2、3回だけだったが。だから、注文は迷わずVeltinsのPilsnerに決めた。


「What would you like to drink? (何をお飲みになりますか?)」キレイな発音の流暢な英語だった。陸はメニューを指差して上手じゃないドイツ語でビールを注文してみた。

「Ich hätte gerne ein Glas these Pilsner Bier.(このピルスナービールを1杯お願いしたいのですが。)」

「Ja, danke schön.(はい、かしこまりました。)」今度は、ドイツ語で答えてくれた。

 店の奥からは親父がよく聞いていた80年代のロックがBGM的にかかっていた。確かブライアン・アダムスとか、エアロスミスとかだったと思う。親父がいたら、曲の蘊蓄と学生の時はああだったとか、昔は将来を疑うことなんかなくて良かったとか語ったに違いない。 

 ビールサーバーの置いてあるカウンターにも常連客とおぼし客が5名ほど並んでいた。先程のウェートレスが注文をカウンターの中にいるカイゼル髭を蓄えた金髪の男に伝え、常連客と冗談を言っているのか、こちらを振り返り大声で笑っていた。そして、その中の1番サーバー寄りに座っていた白いスーツに白いシャツの痩せた男が、陸にウィンクをした、いや確かしたように見えたが、陸はそれを無視して広場の方に視線を向けた。

 すぐに例の赤毛のウェートレスがビールグラスを片手に持ってきて、細い人差し指と中指に挟んだ角を丸くした紙の皿(後で知ったが、そのグラスの下敷きを“Deckenデッケン“というらしい。)を慣れた手つきでスゥーと差し出し、その上にグラスを置いた。

「So, Bitte schön!(さあ、どうぞ!)」

その夏の夕陽のような色をした液体を、陸はグイッと1口飲んでみた。日本で飲んでたビールとはまるで別物、フルーティでほのかな苦味、なのに後味がスッキリしている。

「うまい!」思わず胸の中で叫んでいた。残りを味わうように飲み干し、手を上げてウェートレスを呼び、空のグラスを指差してお代わりを注文した。

機内食を詰め込まれたおかげでお腹は空いていなかったが、ついでに隣のカップルが食べていたビスタチオも指差して頼んだ。

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