039)第7章1【人身御供】
あれから、十日ほどが過ぎた。
ツアーも残すところ一週間となっていた。
遥花は何事も無かったように振る舞っている。
僕に対する態度も前と変わらなかったが、小野木さん達の話はしてはならないという空気が、二人の間に常に流れていた。
「即位式は日の出と共に終わるの。月が太陽から少し遅れて上ってくるから、私達はその前までに、タイムマシンに乗らなければならないわ」
「忙しいですね」
「日の出を見てから広場を出ても、間に合うとは思うけど、帰り道が混んでいたらギリギリね。あんまり余裕は無いわ。荷物の用意は、即位式を見学へ行く前にしておいて頂戴。支店へ戻ると同時に、未来へ帰るから」
最終日の日程確認にはまだ早いと感じたが、事務的な会話をするのは気が楽だった。
その日の夕方、僕と遥花は広場に向うために小屋を出た。
人の気配がして顔を向けると、僕に壷を預けたあの老人が森から現れた。
老人は端から怒っている様子だった。
「壷を渡してしまったことを、怒っているみたいよ」
怒鳴っている内容を訳した遥花は、平然と、老人に向かって話しかけた。
何を言ったのかわからないが、老人が顔を赤くして、まくし立てているところを見ると、老人を更に怒らせたのは間違いなかった。
森では猿の親子が、老人と遥花を不安げな様子で木の上から見下ろしていた。
互いに譲らないといった言葉の応酬が続く中、老人の口からラマトという単語が聞こえた気がして、僕は遥花の腕を押さえた。
「ラマトがどうかしたんですか」
遥花は面倒くさそうに僕を見た。
その様子から、僕が黙っていたら、知らんぷりするつもりだったのが窺えた。
「盗まれた捧げ物っていうのは、死んだ男の嘘だった。壷を大事そうに抱えていたから、宝が入っていると、あの男に勘ぐられてしまった。しつこく探りを入れられて、遂に役人まで使って、壷を取り上げられそうになったから、あの日、私達に壷を預けようと考えた、らしいわ」
そこまでのことは大体想像が付くし、重要ではない。
「ラマトのことは?」
再度聞く僕に苛立ちを残しながらも、遥かは観念したように続けた。
「あの壷があったら、あの少女を救えたんだって、この老人がうるさく言うから、人喰いキノコなんかで、救える訳がないじゃないって言ってやったわ」
マヤ語を使う時でも、遥花の勝ち気さは失われないらしい。
「ラマトを救うって、どういうことですか」
老人は何からラマトを救うというのだろう。
「王家が、あの少女を捕らえようとしているのよ」
「王家って、ティカル王家ですか」
「そうよ」
何のためにと、口では呟きながら、僕の背中には既に冷たい汗が流れていた。
「人身御供のために決まっているじゃない」
予期していた通りだった。
「少女が捕まって牢屋に入れられたら、キノコの幻覚作用を使って、牢の番人を狂わせるつもりだった。番人が狂っている間に、少女を助け出すつもりだった、そうよ」
「キノコの幻覚作用?あのキノコは毒キノコではないんですか?」
僕の疑問で、再び遥花と老人の言葉のやりとりが始まった。




