003)第1章3【絶叫3】
体にまとわり付いてくる葉を遥花に見立てて、幹ごとなぎ倒していくのは、少しだけ爽快だった。
それでも少しずつしか進まない。
エジプトが初めてローマの一部となった紀元前一世紀頃、ローマ兵達は、巨大な芦の浮き芝をかき分けて、ナイル河を遡っていったと言う。
今の僕とどちらが大変だろう。
彼らには仲間がいた分、救いがあったと思う。
「一ヶ月ほど前に、この辺りの植物は刈り込んだはずなのに。すごい生命力ね」
遥花の声がさっきより離れた所から届いた。
僕が振り回す手斧に当たらないよう、距離を取っているようだ。
十メートルも進んでない内に、体力が切れかかっている僕とは対照的に、声には余裕が窺える。
「息が荒いわね。大丈夫?」
聞かれても、ゆっくりと振り向くのが精一杯で、僕は声も出せなかった。
情けないとでも言いたげに顎を上げる遥花にムッとしたが、自分でやってみろよという言葉を、ぐっと飲み込んだ。
もし僕が変わってくれと言ったとしても、いいのよ、どうせ私の仕事だからと、遥花は涼しい顔で交代するだろう。
僕より器用に、早く進んで行くのが目に浮かぶ。
そんな光景は、体力が無いのを馬鹿にされるより屈辱的だ。
忌々しい思いで、僕は手斧の刃先を指でこすった。
石でできている刃先は、イライラするほどに切れ味が悪かった。
手斧を扱った経験の無い僕にも、金属刃ならもっと切れ具合が良いというのは想像が付く。
僕の体力を削いでいるのは、刃だけの問題ではなかった。
枝をなぎ払うたびに飛び出してくる、蛙やトカゲのせいでもあった。
いくら都会育ちとは言っても、蛙やトカゲが怖い訳では無い。
恐れているのは蛇やムカデだ。
蛇やムカデが出てきたらと、過敏になっている僕の神経は、何かが飛んで来る度、ただただビックリするのだ。
深い溜息の後、作業を再開しようと一歩踏み出した時だった。
足元の地面は、一瞬のふにゃりとした感触を足裏に残して、僕と共に落ちていった。
落ちていく最中、二十四年に及ぶ僕の人生で、最大となる叫び声を上げた。
最も高いデシベル値を記録した声量だったが、その後すぐ誰かの亡骸に対面した時に、叫び声の振動値は更新されたのだった。