013)第3章1【中央広場】
「すごい人ですね」
中央広場に溢れる人々を見て僕は驚きの声を上げた。
石灰岩を敷き詰め、その上を漆喰で塗り固められた広場の床は、楽器の音に身を任せて、思い思いに踊っている人達で見えなくなっている。
傾きかけたとは言え、太陽の光は容赦なく降り注ぎ、人々に汗と喧騒をまき散らす手伝いをしていた。
方々から立ち昇る煙から漂う甘い香りは、ずっと吸い込んでいたいと思わせるほど気持ちの良い匂いだった。
香りのお陰で、人々の放つ熱気と汗の臭いなどの生々しさが和らいでいた。
「宴が始まるのは、日没の直前だと思っていたんだけれど」
遥花が戸惑い気味に呟いた。
人々は、太陽が西の地平線へ近付くまで待つつもりは無いようだ。
気分は既に、最高潮まで達しているのではないかと思えた。
子供から老人までが曇りのない笑顔を見せ、生きている喜びを全身で表現しているのだった。
「広場北の一帯を、未来では北アクロポリスと呼んでいます。北アクロポリスは神を奉る神殿であり、王の墓でもあります。王達は何世代にも亘って、あの場所へ埋葬されました」
遥花のガイドが始まった。
中央広場の南に建つ宮殿を背に、僕と遥花は民衆を間にして、紅緋色に輝くピラミッド神殿群を眺めていた。
胸を張り、堂々とした美しい姿勢で説明を始めた遥花は、まるで民衆相手に詩の朗読を聞かせているようだった。
「北アクロポリスの建設は、紀元前三五〇年頃に始まったと考えられています。紀元前から紀元後二、三世紀までの建築様式は、北側の基壇上に見ることが出来ます。中央神殿と、向かい合う二つの神殿というスタイルは、ティカルだけでなく、同じ時代に栄えた他の都市とも共通しています」
北基壇上に建つ神殿は、広場側のテラス部分に高く築かれた、四基のピラミッド神殿で目立たなくなっていた。
「五世紀に入ると、ピラミッド状の神殿が増築され、ピラミッド内部に王墓が造られていきます」
ピラミッド神殿はどれも、基壇を積み重ねて造られたピラミッド部分と、ピラミッドの頂上に建つ神殿、そして、神殿まで伸びる勾配のきつい階段で構成されていた。
神殿の屋根には、神殿の壁の高さよりも大きな棟飾りが乗っており、王の座像か神像と見られる彫刻が施されている。
それらは青竹や藍、黄丹やウコンなどの豊かな色彩で装飾されていた。
古代マヤの神へ対する信仰心が無い僕にしたら、未来でも遺跡として残っているピラミッド部分へ興味が行きがちだ。
だが、こうして実際にピラミッド神殿を目の前にすると、ピラミッド部分よりも、神殿のほうがメインであることがよく分かる。
ピラミッドを造ったからその上に神殿を建てたのではなく、神殿を建てるためにピラミッド部分を建設したという意思が伝わってくる。
「テラス部分の、向かって右から二番目のピラミッド神殿が、七世紀末の現在では一際大きく見えますが、三度に亘り増改築された結果、あのような大きさになりました。それまでの神殿を覆い隠した最後の建築部分は、二一世紀では原型を留めていません。一番左側のピラミッド神殿も、未来では崩れてしまっています」
ピラミッド部分の表面を覆っている漆喰の色は、宴に合わせて塗り直されたのだと分かる鮮やかさだった。
先ほどから急速に高度を無くしつつある太陽の光を捕捉して、紅緋から銀朱を経て黒味のある真朱へと、微妙に変化していく様子が美しかった。
モノクロのイメージしか持っていなかった遺跡が、ここでは確かに息づき、時間の流れまで感じることが出来た。




