借金持ち四十路独女に絡まれて大変な事になってしまった26歳婚活中サラリーマンの話 ~もしやお嬢の差し金か~
残暑も抜けてきた秋の昼休み。会社の近所の公園のベンチで一人コンビニ弁当の昼食を頂く俺は、バリバリ婚活中の26歳サラリーマン。大手機械メーカー購買部係長だ。
サラリーマンをしている俺だけど、実家は家族経営の町工場。
親父は一人っ子の俺を跡取りにするために中学生の頃から技術を伝授してくれたけど、俺は【大企業の正社員】になりたかったから大学卒業と同時に就職で県外に飛び出した。
親不孝かとは思ったけど、俺にだって夢はあるんだ。
【モテたい】という夢が!
収入や社会保障が不安定な【自営業】よりも【大企業の正社員】の方が確実にモテる。そう考えて、知名度の高い大手機械メーカーに応募して新卒採用。
俺の配属先は購買部。製造下請け会社から製品に使うための部品や材料を購入する部署だ。
製造下請け会社の多くは町工場だけど、それぞれ得手不得手がある。だから、設計や数量に応じた最適な発注先を選ぶ必要がある。それを取りまとめるのが購買部だ。
地味だけど製造業においては重要な仕事だ。
町工場出身で機械加工の実務経験もある俺はこの仕事に向いていた。
取引先の社長さんとは馬が合うし、図面を見れば加工が難しい場所も分かるから、設計者にコストダウンのアドバイスもできる。
そうやって楽しく仕事をしていたら、勤続4年で係長に抜擢されてちょっと出世コースな俺。
役職手当込みで年収も500万を超えて、初級の【婚活ハイスぺ条件】を満たしたので、いまこそ【モテ期】と婚活に勤しんでいる。
だが、婚活市場は厳しい戦いだ。
後輩の西川が先週のお見合いパーティで酷い目に遭ったと泣いていた。
20代の【大企業の正社員】の価値が分からん婚活女が居るとは驚きだ。
そして、某ネット掲示板によると、行き遅れて借金まで抱えた独身40代の廃スぺオバサンが20代の高年収の男を捕まようと婚活市場を荒らしているとか。
男達の人生を守るため、廃スぺBBAを婚活市場から駆逐せねばなるまい!
そういうわけで、今日も食後の【日課】を始める。
弁当を片づけてタブレットを取り出し、いつもの掲示板を開く。
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【最近の若い男は見る目が無い。女は40代が輝ける】
0001 20代に見られる40代婚活女子
2024/09/17(火) 12:31:11.10 ID:NaNaSHI
無職40代の女です。専業主婦になりたいです。
婚活していますが、若い男から相手にされません。
本当に見る目が無いです。
借金して結婚相談所に通っているので、早く結婚して
夫に返済してもらわないといけないのに、どうすれば
若くて高収入なイケメンを捕まえることができるでしょうか。
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ターゲット確認! こんな廃スぺBBAは【社会正義】の名の下に排除だ。
婚活市場で四十路BBAに需要無し! >書き込み
先ずは仕事しろ、世の中舐めんな >書き込み
男はBBAのATMじゃねぇ >書き込み
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0102 20代に見られる40代婚活女子
2024/09/17(火) 12:45:28.37 ID:NaNaSHI
みんなひどいです。私は幸せになりたいだけなのに。
もう落ちます。
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「うはははは! 今日も【社会正義】を完遂だ! 【借金持ち四十路独身女】なんて俺の敵じゃねぇ! どこからでもかかってきやがれ!」
「呼んだ?」
「うぉっ!」
タブレットで掲示板に書き込みして達成感を味わっていたら、後ろからいきなり声をかけられた。
振り向いたら、スーツ姿の細身の女性。
「えー、どちら様でしょうか」
「【借金持ち四十路独身女】よ。会社の制服姿で公園のベンチに座って随分悪趣味な事をしているのねぇ。社会人として感心できないわ」
そう言って謎のオバサンは当たり前のように俺の隣に座った。
「ここまで残念な奇行に走るなんて、よっぽどモテないのね。経験豊富なオバサンがアドバイスをしてあげましょうか」
「はっはっはっ。アドバイスって言うのは【成功した人】から聞くものですよ」
子持ちの既婚者からなら聞きたいかもしれないけど、人生に失敗してる【借金持ち四十路独身女】から学ぶことなんて無いさ。
なんか顔が引きつってるけど、怒らせたかな。
まぁいいや。午後一で打ち合わせ予定があるからそろそろ会社に戻りたいし、あんまりこういうのと関わらない方がよさそうだし。
「社会人っていうのは、仕事外でも対人関係に気を遣う物よ。年長者を見下すんだったら、アンタの素晴らしい婚活履歴とやらを語ってみなさい」
「えーと、やっぱりなかなか出会いが無くて、お見合いを1回したぐらいかな」
「そのお見合いで、ちゃんと相手の女性をエスコートできたのかしら?」
「なんかいいトコのお嬢さんだったみたいで、新卒1年目にして結婚後は専業主婦になりたいとかナメた夢を語りだしたんで、世の中の厳しさとか、結婚が男にとってどんなに不利な制度であるのか、今の時代の専業主婦の無価値さとかをしっかりと教えてやりました」
スクッ
「アンタ そこ座んなさい」
「座ってますが」
「ベンチの上に正座!」 クワッ
「ハイ」
なんか正面に仁王立ちされて有無を言わさず命令。
迫力に負けてベンチの上に正座する俺。
「婚活でしょ。お見合いでしょ。結婚相手探してたんでしょ。なんでそこでそんな意味不明な説教するのよ! しかも社会に出たばかりの年下の女の子相手に!」
「いや、なんか箱入りっぽかったので、社会人としての教育を……」
「そういうのは親や上司がすることよ。お見合い相手がする事じゃないでしょ! 相手の女の子の身になって考えてみなさい! 紹介受けたお見合いで、どんな相手かと期待して化粧して着飾って来てみれば、初対面の相手からいきなり説教。意味不明すぎるでしょ! トラウマになったらどうすんのよ!」
今まさに初対面の相手から説教を受けている俺は理解した。
確かにこれは意味不明すぎる。若い娘ならトラウマになるかもしれん。
…………
結局、小一時間ほど正座で説教を受けた。
「俺が。俺が間違ってました……」
「しっかり反省して、次会うことがあったらちゃんと謝るのよ」
「ハイ」
「まぁ、多少は理解したようだから、このコーヒーをあげるわ」
「あ、どうも」
説教オバサンが保温水筒からアイスコーヒーを出してくれた。
直射日光下の説教で喉が渇いていたのでありがたく頂いた。
気持ちが落ち着いたので、腕時計を確認。
「あっ。休憩時間終わってる! そろそろ戻らないと」
「ちなみにアンタの会社。勤務中の飲酒は許されるかしら」
「当然駄目ですよ。バレたら懲戒処分です」
「じゃぁ戻れないわね。今のコーヒー、アルコール入りよ。気付かなかった?」
「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
謎のオバサンと意味不明な説教でいっぱいいっぱいだったから全く気付かなかった。確かに酒臭い。
俺は酒に強いから2時間もあれば臭いは抜けるはずだけど、今会社に戻るのは確かにマズイ。
午後の打ち合わせどうしよう。
新しい取引先候補との最初の打ち合わせなのに。
新規取引先の開拓も購買部の仕事だ。
研究開発部門から、高度な加工を短納期でできるところを探してほしいと頼まれてる。
試作だから単価高くていいと言われているけど、高度な加工をできる設備はどこの工場も予定を詰めて動かしているから突発短納期の対応ってなかなか難しい。
そんな中で部長がコネで探してきてくれた有望な取引先。
すっぽかしたくない。
どうしよう。
「申し遅れましたが、ワタクシこういう者でして」
説教オバサンが名刺を出してきたので、名刺交換。
「あっ。午後から打ち合わせ予定の会社の方でしたか」
「そうよ。会社戻れないならウチの工場で打ち合わせしましょう」
「そうですね。じゃぁそれでお願いします」
俺は社用携帯で部長にダイヤルした。
今日はこのまま直行直帰。報告は明日と言うことで了承を頂いた。
…………
徒歩五分の近所に説教オバサンの会社の工場があった。
家族経営規模の小さな町工場。俺の実家と同じぐらい。
そういえば親父元気にしてるかなぁ。
「ただいまー。お客様連れてきたわよー」
「あっ。いらっしゃいませー」
「お世話になります」
工場の事務所の玄関前で若い事務員さんが掃除をしていたので挨拶。
事務所の中に入り、謎の説教オバサンと応接室に入る俺
「まぁ、時間はあるしゆっくり話しましょうか」
「そうですね」
今日はもう会社に戻れないから、この工場をゆっくり見せてもらった方がいい。
仕事を頼める場所かどうかじっくりと確認させてもらおう。
「失礼しまーす」 ガチャ
「どうぞ」
「どうも」
ガチャ
事務員さんがアイスコーヒーを出してくれた。
さっき掃除をしていた人だけど、でもなんか違和感がある。
とりあえずコーヒーを頂く。
「どうしたの?」
「えー、さっきの方……。いや、なんでもありません」
「そう」
「失礼します」 ガチャ
事務員さんがケーキを持ってきてくれた。
掃除をしていた人、コーヒー出してくれた人と同じ人にしか見えないけど、違う気もする。
どう聞けばいいのか分からないけど、ちょっと聞いてみるか。
「この会社、事務員さんが3人も居るんですか?」
説教オバサンとケーキを出してくれた事務員さんが驚愕の表情で固まった。
なんかマズイこと聞いたかな。
「……驚いたわ。初見で気付いたのはアンタが初めてよ」
「どういうことです?」
「アンナ。全員集合よ」
「ラジャー」
ケーキを出してくれた事務員さんが応接室の外から2人連れてきて、同じ顔、同じ服装の若い女性が応接室内に3人並んだ。
「紹介するわ。右側からマナ、ミナ、アンナ。三つ子の娘よ」
「娘って! 独身じゃなかったのかよ!」
「【独身】だけど【未婚】とは言ってないわ。これでも実質バツ2よ」
「そっくりな三つ子って、もしかして一卵性か!」
「そうよ。私も産んだ時驚いたわ」
一卵性の三つ子は相当珍しい。
でも本人を目の前にしてそれを言う必要は無いのでスルーだ。
気になるところは別にある。
「えーと、じゃぁ旦那さんは三人娘を残して離婚とかでしょうか?」
「……夫は先日心筋炎で急逝してしまったの」
「それは、大変ですね……」
四十路独身と聞いて喪女と思っていたけど、結婚出産育児完遂後の未亡人の方でしたか。
だとしたらずいぶん失礼な態度をとってしまった。
ちょっと反省。
「この娘達も21歳で適齢期だから先週お見合いパーティ参加させたんだけど。出入り禁止にされちゃって……」
「出入り禁止ってよっぽどだと思うけど、何をやらかしたんでしょうか」
「ミナを口説いていた男が途中から私に切り替えた。ひどい扱いされた」
「それ切り替えたんじゃなくて間違えたんだよ! どうせ今みたいに3人同じ格好で行ったんだろ! 同じ顔って分かっているんなら服装なり髪型なり変えて行けよ!」
「頭に来たから、3人連携の【ジェットストリームビンタ】でぶっ飛ばしてやった」
「婚活だよな! 結婚相手探しに行ったんだよな! なんでそこで相手をドン引きさせるようなことをするんだ! トラウマになったらどうしてくれる!」
先週のお見合いパーティで西川をぶっ飛ばしたのはこいつらか!
「相手の男が鼻血噴いて医務室運ばれた。私達は別室で説教されて【痛い三連星】とか呼ばれて出入り禁止にされた。それにしてもあの男誰だったんだろう」
「当たり前だ! そんな事したらパーティ参加者皆ドン引きで台無しだろ! そして吹っ飛んだのはウチの西川だよ! そこそこハイスぺなんだぞ! 婚活なんだから相手を確認するの基本だろ!」
「口説いている相手を途中で間違える男にも問題あると思うわ。その点初見で識別したアンタは有望ね。ちなみにアンタから見て、この娘達どう見える?」
どう見えるか。
この3人娘。外見そっくりだけど性格はバラバラに見える。
「えー、マナさんは正確さが求められる作業、事務処理とか得意そう」
「だいたい合ってるわね」
「そして、ミナさんは組み立てとか検査とか、そういう細かい作業が得意そう」
「まぁ、間違ってないわね」
「アンナさんは……。仕事させちゃいけないタイプですね。悪気なく皆の努力の成果を台無しにするようなことを普通にやらかしそう。そして一番母親似」
「最後の部分が気になるけど、まぁその通りよ。そこまで分かるなんてアンタある意味すごいわ」
「職業柄、人の顔覚えたり、仕草から適性予測するのは得意です。ハイ」
まぁ、自営業の家で育つと子供の頃からいろんな人に会う。だから、表情や仕草からなんとなく人となりを予測する癖がついてしまった。
【払い渋り】や【踏み倒し】をしそうな奴を初見で見抜くのは大事だ。
「でも、この流れで私が聞きたかったことはそこじゃないっていうのは気付いてる?」
「なんか違ってましたか?」
「モテないわけね」
そしてそのまま応接室のテーブルを囲んで5人でケーキを食べて一服。
その後、工場内を案内するというので未亡人なオバサンと娘3人は着替えに行った。スーツや事務服で工場に行くと危ないからな。
俺は最初から作業服だから問題なし。でも安全帽は借りた。
…………
事務所の奥の工場を作業服姿の5人でぞろぞろ歩く。
俺の実家と同じで加工業なのか、測定机やボール盤、フライス盤、旋盤等が綺麗に並んでいる。まぁ、町工場そのものだな。
「機材は旧型が多いけど綺麗に整備されてますね。腕のいい職人さんが居るのが分かりますよ。でも、稼働しているようには見えませんが」
「諸事情により本業が稼働してないの。だから今は娘達と一緒に軽作業の孫請けでしのいでいるわ。正直カツカツだけどね」
そして、作業服オバサンの格好が気になったのでちょっと確認。
「なんか作業服のサイズが合ってないようですけど、普段は工場入らないんでしょうか」
「あー、コレ? ここ1カ月で20kgも痩せちゃって、服が合わなくなったのよ」
「1カ月で20kg減? 無茶苦茶ですよ! いっそその手法を若い女性に売ったら儲かりませんか?」
そういえばスーツ姿もなんとなくブカブカだった。
元がどうだったか知らないけど、ダイエットにしてはやりすぎだ。
こんなことをしたら寿命が縮む。
女性の発想は本当に分からん。
「痩せた理由はそのうち分かるわ。この部屋の中がウチの工場の主要機材よ。ちょっと蒸し暑いから気を付けてね」
作業服オバサンに続いて工場の奥の部屋に入る。
若干蒸し暑い部屋の中で照明が点灯。主要機材の姿が見えた。
【新型5軸マシニングセンタ × 2台】
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず叫ぶ俺。
「どう? 気に入ってもらえたかしら?」
「どうって! 国内メーカー製高級機を2台って、会社規模に対して設備投資がミスマッチすぎますよ! 周辺機器と空調完備の加工室の工事費と合わせたら億単位でしょ!」
「さすがに分かるのね」
「しかも稼働してないってどういうことですか! 仕事取ってどんどん動かさないと、こんな高額機材遊ばせてたら償却費と維持費で手元資金があっという間に消えますよ! オペレータは誰です!?」
「夫よ」
「まさか! このアンバランスな設備投資が完成した直後に、社長とオペレータ兼務していた旦那さんが急逝とか、そんな話ですか!?」
「そんな話よ。これが痩せた理由だけど、この方法売れるかしら?」
「ごめんなさい! 不適切な発言でした!」
「まぁ、これが【借金持ち四十路独身女】たる由縁ね」
「【借金】の額が異次元だ!」
億単位の負債とか、本当にシャレにならないぞ!
ホ●ト狂いやパチ●コ中毒が可愛く思えるぐらいだ!
「相談を! いちはやく融資元の金融機関に相談を! えーと、番号はイチハヤクで189だっけ!」
「落ち着いて。189は【児童相談所虐待対応ダイヤル】よ。融資元の信用金庫に相談したらアンタを紹介されたのよ」
「いや、この5軸機はこの辺一帯で一番いい機械だから、稼働するなら頼める仕事たくさんあるけど、動かないんじゃ取引になりませんよ! 他に誰か動かせる人居ないんですか!?」
「私と娘でマニュアル見ながらなんとか頑張ってみたんだけど、やっぱり難しくて」
当たり前だ。マシニングセンタは素人が動かせるような機械じゃない。
俺は立て形テーブル駆動の3軸機しか操作したことないけど、親父の指導でも段取り含めてまともに動かせるまで1年半かかった。
ましてやこれは新型多機能の5軸機。相応の経験が無いと無理だ。
「試しにアンナにやらせてみたら、1号機でテーブルにツールホルダ衝突させちゃって」
「素人に無茶させるな! ローンで買った新車のミラーこすっちゃったみたいなノリでなんてことするんだ!」
程度は分からないけど、下手すると修理代で新車が買えるぞ!
「長年の悲願だった設備完工を見る前に他界した夫に申し訳なくて、壊れたツールホルダを仏壇に供えてあるわ」
「やめてあげて! 本当に化けて出てきちゃう!」
「いっそ降臨して機械に憑依してくれたら性能出ないかしら」
「嫌だ! 【怨霊憑きマシニングセンタ】とか加工で【呪い】が付与されそう! 怖くて仕事頼めない!」
「だからもう、アンタが動かすしかないのよ」
「なんで俺!?」
「女性経験無いけど、マシニングセンタは操作経験あるんでしょ?」
「何でそれを知ってるんだ!」
「女性経験無いのは一目瞭然よ」
「そっちじゃない!」
「アンタの前のお見合い相手、信用金庫の元支店長のお孫さんよ。アンタの実家の家業の話はしたんでしょ」
「確かに実家の紹介はしたかも」
「中学の頃から家業の手伝いで3軸機動かしてたから、段取りや整備も一通りできるわよね。3軸機も5軸機も基本は一緒だから、傾斜軸固定して3軸運転にすればアンタならすぐできるわ」
「そこまで喋ってねぇ! 何処からだ! 誰からの情報だ!」
子供が加工の手伝いとかコンプラ的にマズイから企業秘密だ。ここまで知っているのは家族だけのはず。
このオバサン。タダモノじゃないと思ってけど一体何なんだ。
「私はバツ2って言ったけど、最初の夫はアンタの父親よ」
「超☆なんだと!!」
カタブツだと思っていた親父にそんな女性遍歴が!
「紹介された名前見てもしやと思ったけど、顔見て確信したわ。若い頃のあの人にそっくりね」
「聞きたくないけど気になる! 一体何があって離婚再婚なんだ!」
「アンタの父親が【種なし】だったのよ。私は子供が欲しかったから別れたの」
「親父にそんな秘密があったのか! でもそれだけの理由で離婚ってするものか?」
「それだけって言うけど、女性にとって子供の有無は大きいわよ」
「そうか。親父は子供を作れないから、納得の上で離婚に同意したのか……」
あれ? なんか話に違和感があるような……。
「親父が子供を作れないなら、この俺は一体何なんだよ!」
「【幽霊】よ」
「そんなわけあるか!」
「再婚相手の連れ子よ」
「【幽霊】の方がマシだった! 自分の出自に絶望した!」
優しくて厳しい職人気質の親父を尊敬していたのに。
実は血のつながりが無かったなんてショックだ。
いや、でもなんか違和感残っているぞ。
「昔から俺、顔とか親父によく似てるって言われてたけど、どういうことだ?」
「アンタの母親の元の夫が、アンタの父親の兄よ。だから血のつながりはあるのよ」
「伯父さんが俺の実の父親なのか。でも会ったこと無いぞ」
「アンタが生まれる前に亡くなったのよ。勤め先の労災でね」
妊娠中の妻を残して夫が急逝、その弟が【種なし】発覚。
なるほどそういうことか。
「じゃぁ、生まれてくる俺のために離婚したってことか?」
「まぁ、全体最適考えるとそうなったって話。だから別に悪い感情は無いのよ」
「うーん。よくわからないけど【結婚】や【離婚】ってそういう都合でするものかなぁ……」
「【結婚】っていうのは目的じゃなくて、幸せに生きるための手段にすぎないの。だから、お互い納得できるなら結ぶも離れるも自由よ」
「クールでドライだ! なんかその人生観に憧れすら感じる」
【結婚】の先まで考えたこと無かったけど、確かにそこがゴールじゃないな。
そこから先の人生の方が大事なんだから、【結婚】を手段と割り切る考えはクールだ。
「あれ? でもそういうことって親父から口止めされてないのか?」
「硬く口止めされていたけどバラしてやったわ。知ってしまったことをバラされたくなかったら、大人しく転職してこの工場を稼働させなさい!」
「無茶苦茶だ! 脅し方が無茶苦茶だ!」
「可愛い3人娘も付いてくるわよ」
同じ顔の3人が期待する目線で俺を見てくる。
若くて可愛い3人娘。このままでは【破産】に巻き込まれてしまう。
気の毒だけど。しかし、俺にだって夢がある。
【モテたい】という人生の目標があるんだ!
「いやだぁぁぁ! 俺は、モテるために大企業に入ったんだー! 大企業で年収600万稼いでモテモテになって、婚活市場の勝者となり、若くて綺麗な娘と結婚するんだ―!」
同じ顔の3人が揃って【殺気】を出してきた。
分かるんだ。確かにこのままじゃ生活が苦しいのは分かるんだ。
だけど俺だって人生の目標があるんだよ。
「大丈夫よ。アンタ年収800万円稼いでもモテない。バツ2の経験値から確信があるわ」
「やめて! 言霊って怖いの!」
「あと、前のお見合い誰に紹介されたか覚えてる?」
「直属の部長です」
「で、紹介された娘さんはどういう方だった?」
「えーと、取引先の信用金庫の元支店長のお孫さんでしたっけ」
「そしてアンタその娘に何したかしら?」
「……えーと、お見合いの席で、変な説教を……」
待て。ちょっと待てよ、俺。
金融機関の重鎮の孫娘のお見合いの紹介とか、どう考えても部長クラスのコネじゃない。そんな話ができるのは社長クラスだ。
信用金庫の支店長から社長に話が来て、そこから部長を経由して俺に紹介があったと。
そしてそのお見合いで俺はあのお嬢様に失礼かまして破談に。
つまり、俺を信用して話を回してくれた社長と部長のメンツをぶっ潰した。
「どぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「分かるわよね。そういうの一番怖いのよ。あの会社でアンタの出世はもう無いわ」
「いや! それでも、自営業より正社員の方がモテるはず! 【厚生年金】と【社会保険】はアドバンテージだ!」
「それで結婚できたとして、結婚以来昇進ナシの四十路万年係長様は家庭内で奥さんからどんな扱いを受けるかしらねぇ」
「嫌だぁぁぁ! 衣服を一緒に洗濯してもらえないぐらいの扱いになる!」
「夫の帰宅時間が近づくと妻のため息が増えたりして。そんなご家庭で育つお子さんが気の毒ねぇ」
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 絶対マトモに育たない! 情緒が歪む!」
「その点うちの娘達は優秀よ」
「「「父は私達の誇りです!」」」 シャキーン
「正直、生活はちょっと苦しかったけどね」
「…………」
「どう? 転職する気になった?」
俺は、観念した。
「……お世話になります。社長……」
「まだ分かって無いようね」
「?」
「アンタが、【社長】をするのよ」
販路はある。人脈もある。ビジネスプランも立てられる。
今の俺の腕じゃ量産品の安定製造は難しい。でも、あのマシニングセンタ2台を試作専用で稼働させれば、納期含めて研究開発部門のニーズに応えられる。
切削以外の加工も、この近所にある鋳物屋、板金屋、電気屋、鍍金屋の社長さんに協業を相談できる。材料購入も購買部で知り合った商社系の人脈がある。
在職中に得た情報や人脈を何処まで使っていいかは退職時に部長と相談が必要だけど、会社の利益になるなら活用させてくれるだろう。
信用金庫の方も、あのお嬢様の件はあるけど投資回収の方が優先だから、数字を出せる見通しを示せば悪いようにはしないはずだ。
脱サラしよう。
この町工場の【社長】になって、親父のようにしっかりとした仕事をしよう。
そして、融資を返済しよう。
楽な人生じゃない。
だけど、たぶん、俺はそう生きたほうがモテる気がする。
そしていつの日か、あのお嬢様にちゃんと謝ろう。
俺は、社用携帯を取り出して部長にダイヤルした。
ご愛読ありがとうございました。
ちなみに、マシニングセンタというのは、工具自動交換装置を搭載したコンピュータ制御の切削加工機の事。言うなればモノづくりロボ。
現代の製造業を人知れず支えるスーパーマシーンでとっても高価。性能を出すには設置場所の地盤や温度管理にも注意が必要なデリケートなマシーン。当然、取り扱いには専門技術が必要だ。現代の職人技だ。
そして、人との出会いは一期一会。人の言動は一事が万事。【男は敷居を跨げば七人の敵あり】とも言われるように、サラリーマンたるものいつ何時も己の振る舞いを律することが大切だ。
特に、女性に対する失礼は破滅的な結果を招くこともある。
誰に対しても常に紳士で真摯な態度を心がけることは、男の人生において大切なことだ。
女性に対する失礼な表現が許されるのは、創作物の執筆の中だけである。