私は婿養子。
「内容に不備が無ければ署名を」
相手方は後ろ盾と爵位の為、私は婚姻歴の為。
だからこそ、キッチリと書面に残した。
相手のご令息の為にも、私の為にも。
『はい、どうぞ』
2年、子が無ければ穏便な離縁が可能となる。
そうした離縁を何度か続けていれば、結婚の話はもう来ないだろう、と。
たった1回、婚約者に捨てられからと言って結婚を諦めるのは、愚かかも知れない。
けれど、あんな事は1度で十分。
私には守るべき家名と甥が居る、例え今はその繋ぎだとしても、私には繋ぎで十分。
「では、契約結婚を始めましょうか」
妹に婚約者を取られ、両者をコテンパンにやり込めた女性から、婚約の申し込みが有った。
お相手は伯爵家、コチラは男爵家。
表向きは私の外見を見初めた、と。
裏は半ば偽装結婚、2年後には子無し離縁予定。
私に子種が無いと思われるリスクは有るけど、それにしても伯爵家の後ろ盾は美味しい。
しかも彼女が認めた相手なら、この敷地内に囲っても良い、と。
ただまぁ、条件が当然厳しい。
けれども別宅にタダで囲っても良いと、それも結婚後1年経てば、だけれど。
そして何よりも、事業への支援や助言を貰える。
ココが1番。
『おはようございます』
「おはようございます。以降は朝の挨拶は結構ですよ、お忙しいでしょうから、どうぞお気遣い無く」
コレは困る。
表向きは普通の夫婦で、と言っていたのに。
『そうですか、では』
《すみません、どうにもお嬢様は不器用でして》
『あぁ、いえいえ、話し合いの時もあんな感じでしたし、大丈夫ですよ』
《とは言え》
『2人だけなら大丈夫なんですよ、ほら、恥ずかしがり屋ですし』
《あぁ、そうでしたか。どうかお嬢様を、宜しく、お願い致します》
全く浮ついた話題も無し、婚約破棄後は一気に当主の座に上り詰めた。
なのに偽装結婚。
コレは裏が有りそうだけど、決して理由は教えてくれない。
まぁ、弱味にもなりますからね。
よし、妹さんにちょっかいを出してみよう。
《本当に、姉は昔から情の薄い人で。なのにいつも私を馬鹿にした様な蔑んだ目で、勉強も全然、何も教えてくれなかったんです》
父も母も祖母も構ってはくれなかった、その私の相手をしてくれたのは祖父だけ。
可愛い、お前は良いお嫁さんになる、だから刺繍やお菓子作りを覚えなさいって。
『成程、それで婚約者さんは。あ、ご結婚はいつ?』
《きっと姉が邪魔したんです、彼、遠くに行くから婚約も無理だって、私を置いて行っちゃったんです》
『それはすみません、大変でしたね』
《お兄様、お願いします、もう侍女なんて無理。お姉様に何とか言って下さいませんか?お願いします》
彼が婚約破棄を姉に伝えたら、次の日には彼は遠くへ、私は親戚筋の家へ侍女として送られた。
家に手紙を送っても送り返され、祖父にも会えず。
『機会が有れば伝えておきますね、私も仕事の合間で、妻も妻で忙しいので』
《ありがとうございます、絶対に、どうかお願いします》
私が取ったワケじゃないのに。
どうして誰も分かってくれないの。
「一々言わないとダメですかね、妹への接触はご遠慮下さい」
『いや、ご挨拶にと』
「それで、事情はご理解頂けましたか」
『結婚はコリゴリだ、と言う感じですかね』
「貞操を守っていたのが馬鹿らしい、も、追加で」
『あー、しちゃってたんですか』
「みたいですね、なので念の為に親戚筋の家に置いてるんです、万が一が有れば大事ですから」
『ご愁傷様で』
「探る前にせめて聞いて貰えませんかね、面倒が起きても困るので」
またあの妹に靡いても、今回は構わないんですが。
今は性行為をされると、どっちが父親か分からなくなるので、もう少し我慢して頂きたいんですが。
『あー、取られる心配ですか?』
「妊娠していないと分かればお好きにどうぞ、ただココで囲うのは不可能ですし、私の子として引き取る事も無いのでご了承下さい」
『じゃあお子さんはどうするんですか?』
「元婚約者のならお相手の方に、私の家の侍女に手を出したとして押し付ける手筈になっています。アナタの子でも同じく、あの子はもうウチの子では無い、単なる下女ですからお好きにどうぞ」
『勉強を教えてくれなかった、って恨みがましく言ってましたけど』
「まぁ、でしょうね、請われた事は無いですし。一緒に勉強した事も僅かですから」
『凄い妹さんですね』
「嘗て妹だった何か、です。他には?」
『アナタは、処女?』
「ですが何か?」
『私とするのは考えていないんですか?』
「いえ、初物好きですか、大変ですね」
『ん?いえ?』
「子を成す気が無いので幾つかの制約は有りますが、そこまでしてしますか?かなり面倒ですよ?」
『制約とは』
「避妊薬は勿論、排卵日前後はしない、避妊具有りでも出す時は外に」
『そこまで』
「はい、なので手だけなら誰でも良いですよ。接吻や口でせず、要は私や使用人に病気を広めなければ良いだけなので、お好きにどうぞ」
『じゃあ、アナタの手や口なら良いって事ですよね』
「私は経験が無いので、専門家に頼まれた方が宜しいかと」
『それだと口でして貰えないじゃないですか』
「そんなに良いんですか?」
『知りませんよ、無いからして貰いたいんじゃないですか、折角ですし』
「またまたご冗談を」
『あー、顔ですか、顔がそう見えますか、酷いなぁ、これまで貞操を守ってきたのに』
「では診断書をお願いします、しない手筈だったので要求しなかったんですが」
『分かりました、じゃあ医師をご紹介下さい』
「分かりました」
まさか。
本当に、貞操を守ってきたのに。
『いや、コレは、何かの間違いじゃ』
《良いんですよ、今なら薬も有りますし、仕事が忙しいと言って黙って治療なされば良いんです。皆さんそうしてますから》
『いや、本当に、全く心当たりが無くて』
《アレですよ、接吻だとか口でして貰っても移りますからねぇ、コレ》
『いやだから本当に無いんですって、この顔だから信じて貰えないかも知れませんけど』
《あー、アレですよ、お相手のを口に含んだり、違う穴に入れたり入れられても》
『だから本当に無いんですって、どうしたら信じて貰え、洗濯物ですかね』
《いえ、しっかり洗濯されていれば大丈夫ですが、使用人の方々も検査してみますか?》
『今回のも私の家のも払うので、お願い致します』
《じゃあはい、先ずはお薬ね、1日3回食後にどうぞ》
『はい』
何故、どうして。
「お忙しそうですけど、検査の方は」
『忙しいくて時間が合わず、すみません、折角ご紹介頂いたのに』
「そうですか、では」
気を付けてたのに、何故。
《うん、全員陰性ですな》
『はぁ、良い様な悪い様な』
《まぁ、ご実家の方は潔白なのは良い事ですし、養生して下され》
『あの、本当に心当たりが無いんです。以降は、どう気を付ければ良いんですか?』
《ふむ、もしや寝込みを襲わ》
『無いです、酔って眠る事もしてません、誰かと口と口を合わす事も、舐めるだ舐められるだ、入れるだ入れられるだも無いです』
《そう奔放な方と酒器を同じにしたりだとかは?》
『いや、そう言った輩とは少し距離をおいているので無いです』
《ふむ、なら呪いですかな》
『呪い』
《色恋や何かで恨まれる様な事を、何かなさったのでは?》
『奪っただのと因縁を付けられる事は有りましたけど、私から何かをした事は無いんですが。恨み、ですか』
《まぁ、この事もですが、良く考えて行動なさった方が宜しいかと。はい、お薬です、どうぞ》
『ぁあ、ありがとうございます』
《いえいえ、では》
全く見に覚えが無い。
けれども実家の使用人には居ない、恨まれることは有る。
どうすべきか。
いつ、言うべきか。
いや、直ぐに言おう。
『すみません、実は病気が有りました』
「あら」
『全く身に覚えが無さ過ぎて、実家の使用人を調べたんですが、居なくて』
「あらあら」
『それでお医者さんに聞いたんですが、どうやら呪いじゃないかと、恨まれての呪い。それには少し思い当たる節が、でもアレですからね、奪ったりだとかは無いんです。勝手に思われ、フラレたって男に何回か絡まれた程度で、それも身に覚えが無いのが殆どで』
「成程」
『すみません、もっと早く言えば良かったんですが』
「使用人のせいに出来ず、泣く泣く頭を下げている、と」
『それは、そう思われる行動をしてすみません、でも本当に思い当たる節も身に覚えも無いんです』
「でしょうね、病気は嘘ですもん」
『は?』
「あ、因みにご実家の使用人には1人いらっしゃったそうで、お義父様にはご報告の上で治療させていますからご心配無く」
『え、何で』
「アナタに聞いて何でも素直に答えてくれるか、私に分かりますか?そう言う事です」
『でも』
「検査の結果が出る迄には時間が掛かるのが性病の厄介な部分なんです、しかも女に移れば不妊に、しかも男性の様に病状が出難い」
『だからって』
「無断で妹に会った罰だとしてもご不満なら、以降は仮面夫婦で良いのでは?」
『それは』
「あ、お薬は単なる焼き菓子を擂り潰してニガヨモギの汁を足しただけですから、ご心配無く」
『あ、はぃ、すみませんでした』
「いえいえ、では、おやすみなさい」
余計な事をしなければ、余計な事を言わなけれ、余計な事を考えなければ。
ココまで余計な手間を掛けずに済んだんですが、まぁ、病人が救えたんですし良しとしましょう。
『私は、凄い相手に嫁いでしまったのかも知れない』
《まぁ、でしょうねぇ。貴方様を婿にだなんて、相当の豪胆か阿呆か、顔が好き過ぎて頭の中身が消えちまったか、マジで惚れてるか》
『いや最後のは絶対に無い、私も少しオイタをしたらコテンパンにやり込められてしまった』
《何したんすか》
『妹君と会って話をした、あ、2人きりでは無いからね』
《で、どうでした?》
『外見も何もかもが真反対で、よくもまぁ一緒に育ってこうも違うのかと』
《いや外見を詳しく》
『可憐だとか儚げだとか聞いていたけれど、アレは愚か者を表す言葉なのかね?』
《気弱そうって事ですかね》
『いやー、寧ろ強情そうだぞアレは』
《成程》
『何で、私の妻の事は聞かないのかな?』
《え、惚気るなら駄賃くれないと》
『いや惚気ではなくて』
《私の夫、凄いの。ってバカか、何が楽しいんですか?》
『いや、だから』
《やだもー、前評判で凄いのは知ってたじゃないですかー、妹さんすらコテンパンにした冷徹さと能力欲しさに結婚したんでしょうよ。なのに改めて凄いって、アレですか、夜の……》
夜のお誘いをして、コテンパンにされた事は言えない。
ただあまりにも鮮やかな手口で、ゾクゾクとしてしまった事は言いたい。
『そこに、惚れたかも知れない』
《ほらー、惚気だぁ、イヤだイヤだ。仕事に戻りますね、さいなら》
コレが好意なのかを、ただ聞きたかっただけだと言うのに。
『あの鮮やかな手口に惚れてしまったかも知れない』
「はあ」
『いや、別に、惚れないぞと意気込んでいたワケでは無いんだけども』
「そうですか」
『組み敷きたいと思っている』
それは、私が自尊心を傷付けてしまった仕返しでは。
「お心を傷付けてしまったなら謝りますが、なら妹に黙って会った事を謝罪して下さい、それで手打ちに出来ませんか」
『その節はすみませんでした。何とか口説かせて下さい』
「私の方こそすみませんでした。ですがムキになられても困りますので、どうか大人しく引き下がって下さい」
『裏切られて日が浅い君が警戒するのも分かるけれど、もう少し』
「アナタに落ちない女が居なかったんですかね?」
『いや、それは』
「初めて興味が湧いた女ですか?」
『まぁ、うん』
ぁあ、ヤらないと収まらない感じですかね。
「分かりました、じゃあ夜伽の準備を」
『いや、口説かせて欲しいんだけども』
「私も好きですよ」
『違うんだ、そうじゃなくて、好き合いたい』
「私は甥に継がせる為の繫ぎです、アナタにこの家は渡せませんので」
『いや、君が欲しい』
「無理ですね、今の私は家名と一緒ですから」
『結婚しているのに、君は手に入らない』
「ですね、そう契約しましたし」
『離縁すれば』
「赤の他人ですね」
『無理に子を成したら』
「不幸が起こるかも知れませんね」
コレは、人選を間違えたんでしょうか。
『一緒に眠るのは』
「良いですよ、では、おやすみなさい」
詰んでいる。
口説いても全ていなされる。
『先生、あの人に相手にもされないんですが』
《だろうねぇ、君は半ば顔採用だからねぇ》
『顔、顔だけですか』
《見るに耐える、となれば多少の事は許せるだろうから。まぁ、要するに全く期待されていないからねぇ》
『そんなに前の男に惚れてたんですか?』
《そらね、好きになろうとも努力していたからね。嫌な事には目を背けるか、目を瞑るか、弱い部分を許したりだとか、まあ妥協して妥協してのコレだからねぇ。良く殺さなかったと褒めたもんだよ》
『私も、今なら何で殺さなかったのかと思いますね』
《威勢が良かったよぉ、大した顔でも無いのに我慢してやったらコレじゃあ、我慢のし損だ馬鹿野郎ー、死ねーってね。だからまぁ、今なら前のよりは好かれてる筈だろうさ、顔をね》
『こんな事になると思わなかったんです、何とかなりませんかね?』
《馬鹿正直なのは嫌いだねぇ、それと誰かに迷惑を掛けない狡賢さは意外と好きな子だが。まぁ、頑張りたまえ》
花を贈られ。
髪飾りを贈られ、服を贈られるまでは良かったんですが。
「ありがとうございます、ですが、下着を贈るって」
『妻に下着を贈って何が悪いんですかね?』
「なら抱けば良いじゃないですか」
『ロマンが無いなぁ、愛し合いたいんですよ、好いて愛して欲しいんです』
「好きです愛してます」
『だから違くて、気持ちが欲しいんです』
「私が本気で言ってないと思ってそう返してるんですよね、なら理想とは違う返しで納得がいかないと言う事でしょうか」
『いや、理想と違うと言うか、本気ですか?』
「見抜けないのに聞いてアナタは納得するんですか?」
『いや』
「アナタの知る惚れた女の態度が取れなくてすみませんね、そうして欲しいならそうしてくれる女を相手にすれば良いのでは?」
我ながら可愛げが無い、だから妹に取られ。
いえ、あんなの取られても良い、ただ努力が踏み躙られた事がどうしても許せない。
未だに、どうして殺さなかったのか、と。
『すみません、出直してきます』
「いえいえ、お気になさらず」