1-7 父は密かに
ハガルは町長の家を通り過ぎ、暗い木々の間を歩いていく。森が開け、星明かりが差し込む場所に、小さな家が建っていた。家の奥には畜小屋が見える。ギーヤの生臭い匂いが香っていた。
ふっと窓ぎわに目をやる。暖炉の火だろうか、影がゆらめいている。ぼうっと眺め、かつて暮らした家を思う。
声の調子を整えてから戸をノックする。顔を合わせる前に、笑みを作りゆっくりはっきり、「夜に失礼します。私はハガルという者です。私の連れがこちらに向かい、はぐれまして。見ていないでしょうか。」と、要件を伝える。
少しして、「ムウさんのお知合いですかね。」と言われる。息を整え、ほおをゆるめる。ムウの居場所の手がかり把握。
「そうです。ご存じですか。」
「ええ。少し顔を合わせました。よくしてもらいましたよ。……中へどうぞ。」と、家に招いてくれた。
イスに座ってハガルは待つ。暖炉の温もりが心地よい。調理場には食後のギーヤ鍋が見えていた。
持ってきてもらった温かい飲み物をいただく。男性の名がアキといい、例の少女、ハルの父親ということを聞いた。そして、ムウがハルと約束を交わした現状を知る。
「じゃあ、ムウはハルさんを連れて城に……!?」
「ちょうど警鐘が鳴り響いた頃、出発しましたね。」
(何をしているんだムウは!ハルの依頼は、町長の依頼と食い違う目的だ!……いや、ムウはあの場にいなかったけれども!……というか、城に行った!?子どもと一緒に!?)
ハガルは衝撃の内容を飲み込み切れない。なぜムウは目を離すだけで、こう、悩みごとを増やしてしまうのか。
まずはムウとハルの安否の確認を……そう考えていたハガル。すると、ムウの気配を遠くに感じとれた。無事かは分からないが、どうやら戻ってはこれたようだ。ひとまず胸をなでおろす。
「ムウが戻ってきたようです。」と伝えると、アキは心配そうな顔をして戸口に向かっていく。ハルと思わしき気配もある。あとは、けがをしていないかどうか。
戸を開けて外に出ると、汗で髪が乱れたムウと、しっかりと抱きかかえられたハルが戻ってきていた。家の明かりで、はっきり姿が見えたところで2人が無事ということが分かった。
ハルは危険な場所に行ったことで大いに疲れたようだ。歴史文書が見あたらなかったと落ち込んでいたが、アキと話すうちに眠くなったようだ。そう間もなく、寝床ですうすうと眠りについた。
ムウは家に着くまで張り詰めた状態を維持していた。疲労はあるが、まだ眠れそうになかった。ハガルはムウの尋常ではない様子から、城での様子を聞き始める。
城の現在のつくり、サフメカ部隊の見張り場所、歴史文書があると思われた部屋の様変わり、そして玉座の間の男について。
「……いやー、あの男はやばかったねー。ハルがいたし、本気出してもどうなるか分かんなかったし、逃げ一択、だったよねー。ハガルあの人誰か知ってるー?」
「ん、んー、……そうだな。」
ちらりとアキを見る、一応、町長の依頼を受けている身だ。町長と立場が違うアキにどこまで語ってよいか分からない。
するとアキは察してくれたのか、「ギーヤ小屋の方にいます。夜の間にしておく仕事が、少し残っていましたから。」と外に出ていった。
心の中で感謝し、ムウに続きを話し始める。
「おそらく、その男はユウという人物。『守り人』だと言われている。」
「えっ!『守り人』!?……絶対、戦ってたらダメじゃーん。危ないなあ。」
「無事に帰ってきてくれてよかったよ。」
「まあカンだよねー。目が合った瞬間に、やばい!と思ったからねー。襲ってくる感じではなかったけどー。」
「そうだったのか。そりゃあ運がよかったな。」
「うーん。やる気ない感じだったからねー。」
「最近は城から出てこないという情報はあったが、やる気の問題なのか……?」
「分かんない。けど、さ、戦うってなったら勝てないなって、私は思ったよ。」
「……何もしてこなかったんだろう?」
「そうだよー。『宿し』だっけ?守り人の特徴的な力。そういうの見てないんだけど、何て言えばいいかな、あれはやっつけられない、って感じ。」
ムウが語る直感。これまで大きく外したことはない。もしも、「勝てない、やっつけられない」とすればどうすればよいのか。
一旦、話はここまで。ムウと宿に戻らなければいけない。ブレンも入れて、3人で作戦を立てなくては。ムウに「宿へ戻ろう」と伝える。
「ハルのこと見てきていい?」とムウは言った。ハルが心配なのだろう。
ムウの肩を軽く叩き、「俺があいさつをするまでにしろよ」と伝え、ゆったりとアキのところへ向かう。
「ありがと。」そう言うとムウは寝ているハルの顔を見にいった。
ギーヤ小屋の中をのぞくと、アキの姿が見あたらなかった。ぱっと外を見まわすと、さらに奥に明かりが見えた。何か風を切る音も聞こえてくる。
ハガルが向かうと、木剣をふっているアキの姿があった。時折そでで汗をぬぐいながら、縦、横と木剣をふっている。
兵士見習いがまず基本として習う型の一つだった。足さばきや重心を見ると、一夜では身につかないものだ。相当に練習したことがうかがえる。
アキはハガルに気付くと、傍の手ぬぐいを持って、汗をふきとる。ふきとって見えた顔はにこやか。だがほおをぽりぽりと書いて話す。
「見られましたか。かっこうつかないものでしょう。」ひそめて、探るような声。
「基本が身についた、かっこうついたものですよ。」ひそめて、はっきり評価する言葉。
「そうですか。実戦では使えますかね?」真剣な質問。
「相手によります。ただ、初めての場合なら…」
ハガルはアキとの間をぐっとつめる。アキは驚き、木剣を受けの型に構える。
それを見てハガルはふっと笑い、胸の前で手をひらひらさせながら、木剣の届かない位置で止まる。
「…初めての場合なら、斬りかかり、仕留めるのは難しい。だから、守りが大切だと思います。」
ハガルは、斬りかかりに切り返し、倒してきた者たちのことを思い出しながら語った。
力を抜いて、両腕と一体化したかと錯覚するように木剣をおろすアキ。
「そうなんですか。素人には構えだけで精一杯ですね。」
「その構えなら、初撃はしのげますよ。」お世辞なくハガルは言う。とっさに守りの型が出るのは大事なのだ。
近場に腰を下ろしたアキは、ハガルが座るのを待たずにつぶやく。木々の隙間から星を見ながら、自分の耳によく聞こえるように。
「一端の畜家、町の諸派の頭。そんな男の守りたいものは、娘の心身の安全なのです。自分が娘に何かできなくては、悔いが残るのです。」
「……娘との時間を削り、守る力の研鑽にはげむ。おせっかいですが、それでよいのですか。」
「ハガルさん、おせっかいですね。未来まで長く娘といるために、必要なことですよ。」
「語ることも大切です。……私は、父に語ってほしかった。力をもっても、守る守れないもあるのです。」
ハガルもアキと同じ星を見る。アキは星から目を下げる。
「本当に、ハガルさん、おせっかいですね。」
「……ムウほどじゃないけれど、頼ってくださいね。」今の立場でできる、精一杯の歩み寄り。
「難しい立場に自ら立つことは苦しいですよ。……ありがとうございます、ハガルさん。」
アキと話しながら、家に戻る。木々が柔らかに2人を包み込んでいた。
ムウは夜空を見ながら、家の前で座って待っていた。ハガルの姿を見ると、立ち上がる。
「戻ろー。」とムウが言う。ハガルはアキに会釈をして、宿への道につく。
アキは和やかに、2人を見送るのであった。
オフィス「父親か……」
ポスト「……私たちにも、いる、いるはずなのよね。」
オフィス「姿も見せない父親に興味はないよ。」
ポスト「珍しいオフィスね。かわいた、かわいた感想なのよ。」
オフィス「ポストと過ごせれば十分さ。」
ポスト「うるお、うるおいに満ちた言葉、言葉なのよ!暑い、暑いのよ!」
オフィス「また、急に風邪ひいたの?」
ポスト「寒くなった、なったのよ!私の体温を弄ばないでほしい、ほしいのよ!」