1-3 日暮れの話し合い
クレーブ町長の家で、早くも「歴史者」につながる情報を得た。
ハガルは喜ぶ。ただし…
(『守り人』と断言されたが、実は間違いだったということは多い。)
守り人は強い。歴史者を守るという役割をまっとうするために、尋常ではない力をその身に「宿す」ことができる。
一方で「信じられない強さの者がいる」といった話から、「守り人である」と捻じ曲がったうわさはよく耳にする。ムウが勘違いから「守り人」と言われたこともあった。
「『守り人』の話を聞いても、依頼を受けるという考えは変わりません。」
ハガルはきっぱりと伝える。
厳しくとも我々は引かない。その意思を示すためだ。
「私たちには旅の目的があります。守り人は、その目的に関わるのです。」
依頼を受けにきた理由を、ハガルはほのめかす。
クレーブ町長はそれを聞き、何かを探るような目になる。
(受け答えを間違えるな。関係性の悪化で調査断念は、ごめんだ。)
ハガルが町長の言葉を待つ。
「守り人が旅の目的に関わる…それはどういうことですか?」
ハガルは答える。
「『歴史者』のもつ『歴史書』。それを私たちは読みたいのです。」
守り人の話から一気にとび、今の最終目標を伝える。
町長の顔が少しだけ曇る。
具体的には歴史書、そして「読む」という言葉に反応。
(歴史書に反応するのは珍しいな…)
ハガルはそう町長に対して感じていた。
そもそも歴史書の話を真面目に受け取る人はまずいない。歴史書は「過去の出来事が記録されている本」と一般に広まっている。要は博物館や記念館にあるような歴史文書の1つとされる。加えて、存在も定かでない伝説上の代物。読みたいと願う者は珍しい。
しかし、町長はそこに反応した。ということは…
すると、ブレンが話を続けた。
「町長のご要望は何でしょうか。」
町長はさらりと答える。
「ああ、いえ、失礼ですが歴史書を読むことが目的の冒険者がいたのかと、そう思ってしまいましてね。」
(素直な反応だ。勘ぐりすぎたか。)
ハガルはそう思い、依頼にこぎつけるまで余計なことを考えないようにした。
(その辺はブレンが引き受けてくれる。)
ハガルはそう考え、「目的について語ると、よく言われます。」
そう返答して、話題をきりあげた。
ハガルは一行の指針を決める。
守り人の話題で、気が緩んでしまった。迷ってはいけないと思いなおす。
「説明の途中でしたね、続けます。」
町長が話を続ける。
「あなたたちには『ユニット』のクレーブ襲撃を防ぎつつ、彼らの撃退をしてほしい。」
「守り、撃退…ある程度の期間とどまり、クレーブの町を守るということですか?」
ハガルは長期滞在の可能性をみる。お金がない一行には死活問題である。
「依頼内容にそのことを含めます。滞在費や食費についてはご心配せず。」
解決。手元にお金は増えていないが、何とかなりそうだ。
ムウが町長の予算以上の食費を出さぬよう、言いつけなければ。
「防衛であるならば、ドン王国に救援を求めないのですか?」
ブレンが尋ねると、町長は声をひそめて答える。
「…ここから口外禁となります。ドン王国に助けを求めていない理由も関わってくることです。」
「なるほど。」
ブレンが言い、横目でハガルを見る。
(ドン王国とクレーブの問題か…)
ハガルが予測。しかし目的は変わらない。
(歴史者の手がかりが最優先だ。)
そのように割り切り、ハガルは言う。
「依頼を引き受けます。先のことをお話しください。」
町長は柔らかな顔でうなずき、伝える。
「先ほど、『ユニット』の撃退と伝えました。それは、城にいる組織を倒すことまで依頼したいということです。」
「…なおのこと、ドン王国軍に協力をあおぐべきではないでしょうか?」
「例えば、名のある冒険者と王国軍の連合部隊。『守り人』がいる組織でも、それであればクレーブの町から追い出すことはできるでしょう。」
町長からの話は妥当だ。無名のハガル達だけで相手取るというその意図がつかみきれない。
町長はその疑問の答えを言う。
「拠点とされた『クレーブ城』が問題なのです。はっきり言わせてもらうと、クレーブ城ごと組織を倒してもらいたいのです。」
観光名所を壊せときたか。それはドン王国に言えないだろう。あそこは旧ドン王国の城。王国も管理協力をしているからだ。
(無名な冒険者に罪をなすりつける…だとめんどうだな。)
ここで断ると角が立つ。依頼を受けざるをえないが、どう出るか。
「城が壊れてもいい…ということですか?」
ハガルは困惑したように、町長へ問いかける。
「あの城は観光名所として管理されていました。しかし、町の脅威となる者たちに占拠された。今後のことを考えると、使えない方がよいと、町長としての判断をくだしたのです。」
なるほど、今さらだが危険性に気付いたから、王国に内緒で対処してしまいたいということだ。
(ますます俺たちのせいにされそうだな。)
ハガルの心配をよそに、町長はけろりと言う。
「それと、城の件ですが…私が内密に依頼していたとドン国王にお伝えします。」
町長の人柄によって信頼度が変わる返答だ。ハガルは「そうでしたか。」とほっとしたように返答したが、(ドン王国に追われるのは勘弁なんだがな…)と思っていた。
ブレンがその考えを読んだかのように話す。
「…無礼を承知で言いますが、僕達がドン王国を歩くことが難しくなる。その可能性も受け入れてもらうということで?」
「ご心配でしょうが、こればかりは…信用していただくしかありません。…町民も口外しないが知っていることです。裏付けの証人には困らないでしょう。…私に反対する人もいますから。」
ブレンは納得しきっていないようだが、
「…分かりました。失礼をいたしました。」と、話を受けて、引き下がった。
「当然だと思いますよ。」と、町長はブレンに寄り添った返事をした。
(表で見た問題児と呼ばれた少女…あの子は反対派ということだろうか?後でムウに……、いや、あの少女に話を聞くか。)
ハガルはそう決心しつつ、町長へ伝える。
「全て承知で依頼を受けます。…1つだけこちら側の条件を受けてもらいたい。」
「無茶を言っていますから…、何でしょうか。」
「依頼後でいいです。…城が壊れた後でも。歴史書について城で調べさせてほしい。」
「ええ、その程度であればいくらでも。…歴史がお好きなので?」
「歴史…というより……治療法を探しているという感じです。」
ハガルは言葉を濁して伝える。町長はそれでも納得したようだ。
「では、依頼達成で調査を許可します。人払いも必要であれば、含めましょう。」
「ありがとうございます。」
こうして、依頼の受諾は完了。互いに全ては語らぬ話し合い。
続けてハガルとブレンは町長に城の構造や組織の詳細を聞き始めた。
知る限りの情報を、互いに嘘なく共有し始めた。
同時刻。ハガルが話を聞きたい少女ハルは、ムウと話をしていた。
ハルが掲示板にのせた依頼の内容。「ユニット」、「守り人」、「城の破壊」と、町長が話したこととおおむね同じ内容をムウもハルから聞いていた。
幼いがゆえに要領を得ない部分もあったが、ムウは気にせず、話を信じていた。
「……ここまで話したこと、分かったのか?」
「んー?分かったよー。ムウの目的に関わる情報もあったしー、壊すの得意だしー。」
「私は城を壊してほしくないの!!!」
そこが町長とハルの違いであった。
「あー、ごめんー…」
「よく分かってないじゃん!!信じてくれてるみたいだけど、ハルの方がよく分かってるじゃん!!」
「それはー、…」
(そうでしょー、依頼人だものー。)とブレンになら続けるが、相手はハルだ。
(そんなこと言っちゃいけない。えー、んーーー)と迷った挙句、
「…ごめんー。」とよく分からない返事をするムウにハルはため息をつく。
「…本当にこいつらがうわさの、めっちゃ力あるやつらなのかよ…」
クレーブの近くの森が切り開かれたこと。
頭に「断刀のゴウド」を据える野盗の一味が討伐されたこと。
2つの事実が町に伝わっていた。
そこへタイミングよく表れた3人組の冒険者。
(彼らが戦ったのではないか。)
そんなうわさが広まっていたのだった。
町長やハルはそのうわさを聞きつけていた。だから、町長は強さを買って話を聞き、ハルは彼らが依頼を受けてしまうか不安で後を追い、3人に関わったのであった。
「私は城が壊れたら、もう変な人いられないしー。そこに関しては別にいいんじゃない?って思っちゃったりはしたよー?」
ムウの言葉にハルはしょぼくれた表情になる。
あわててムウは「あっ、そのーちがうー!」とハルの顔の前でわたわた手をふる。
ハルはくぐもった声で言う。
「…それがいいのはハルもなんとなく分かるよ…でもさ…町の大事な建物だからさ…」
ムウはハルの想いは感じ取っていた。つまり、ハルは歴史あるクレーブの町が好きであるということ。
それが一目で分かるクレーブ城。現状や今後を考えるとなくてもいいが、実物がしっかりと残る方が本当はいい。
その想いを、ムウでも理解できた。
それだけではなく、ここが問題で、ムウはこれまでのハルの話から町のきなくさい部分を感じ取っていた。
「町長は城を壊せーって言うけど、べつに前からそう言ってたの…」
ユニットが来る前から、クレーブの歴史物を残そうとしない一派がいたらしい。そして、それに反対する一派もいた。
ハルは反対派で、町長は賛成派。反対派より賛成派の方が多い。ただし、町全体で見ると大半はどっちつかずの人がほとんど。
今は町長が言っているということ、そして、もう1つの要因から、賛成派が有力。
話から、ムウはなんとなくつかんでいた。
ハルは純粋な意見を述べる。
「別に今までの町の歴史は残してもいいじゃん。これからのこともあるんだし。何で今さら、なかったことにするんだよ…」
ムウはハルの想いを受け止め、うなずく。
「…お父もみんなのこと、強く止めなくなっちゃったし…」
反対派の筆頭がハルの父だった。しかし、次第に声をあげなくなった。これが賛成派を勢いづけたもう1つの要因だった。
「…ばかお父…」とハルは吐き捨てる。そしてムウを見て伝える。
「だから、ハルがみんなに伝えてみたんだ。…変な子って言われたり、問題児にされたけどさ。」
「何もしないより、ずっといいんじゃない。」
そうムウが答えると、ハルはうなずき、続ける。
「城は町の博物館みたいなところもあったんだ。資料室があったの。で、クレーブの歴史文書がそこに残っていたんだ。」
歴史文書。
国や町がどのような経緯で今の状態にあるか。それを示す公的な文書である。
存在を確かに示す、大切な証拠となる文書だ。
「町長は歴史文書のこと忘れちゃったのかな?もし城壊れてなくなってたら、大変なのに…」
ムウはハルの言葉にうなずきつつ。ぽつんと考える。
(…ない方が、都合よかったりして。)
そんな考えはおいて、ムウは確認する。
「それでー、城に行って盗んできちゃおー!ってことでいいんだよねー?」
「ぬ、盗むって!取り返すんだ!変なこと言うな!」とハルは怒る。
「うん、うん。でもさー城への入り方、ムウ分かんないよ?」
「まかせて!ハル実は抜け道1つ知ってんだよね!たぶん城のやつらも分かんないと思う!」
「…なんで抜け道をハルが知ってるの?」
ムウの問にハルは答える。
今のムウ達にとって、最重要となる情報のかけらを入れて。
「ハルね。シア姉に教えてもらったことあるんだ!」
「…シア姉?……まあ知ってるならいいかあー。」
「っそ!だから安心して!」
ムウがさらりと聞き流した時、腹の音がなりひびいた。
「…あはは、恥ずかしいなー。」
「…ムウ、うちのギーヤ料理一緒に食べる?」
「えっ!!本当!食べる!!そうするー!!」
「じゃあハルの家、それだから。入んなよ。…お父にはハルが言うから。」
「やったーーー!!!」
そういうと、ムウはハルの家に入っていく。
日が暮れていく。夜が近づいてくる。
クレーブ城から7、8人が町へと向かっていた。
その中の1人が、ある1人に話しかける。
「ドクター。あんたが足を運ぶのはめずらしいな。」
「んんんんん!!森の様子を今朝見てね!私の求める者かもしれない!!それを知りたい!そして、君で実験したいこともあるのだ!!」
「そうかよ。あんま負担なく頼みたいね。」
「全開で頼むよ!!」
「…この装置つけてっと、全開だせねえんだが?」
「だから全開で頼むよ!!」
「あー、はいはい。」
ドクターと呼ばれる男と話す、肌がざらついている男。
ユニット幹部の2人が部下を連れて、騒々しく、気兼ねなく。
クレーブの町へと歩を進めるのであった。
ポスト「…オフィス。私はおなかがすいた、すいたのよ。」
オフィス「そうか、じゃあ休憩がてら、一品作るよ。」
ポスト「今日は食べたいものがある、あるの。それは、それは…」
オフィス「ギーヤのミルク鍋。クリーミーな一品はどうだい?」
ポスト「…そうね!それ、それなのよ!早く食べたい、食べたいの!」
オフィス「すぐ準備できるからさ。少し待っててくれよ。」
ポスト「うん!待てる、待てるのよ!」
オフィス(いつもこれぐらい分かりやすくて、素直に話聞いてくれたらなあ…。)