1-1 一行はクレーブへ
町から町へ続く道。その道は人やホーウスが歩くとできあがる。多くの旅人や商人がホーウスに荷をのせ歩く道。それがこのベルドンクレーブ街道だ。その道をハガル一行は進んでいた。
「あとどれぐらいなのー?」
大柄なムウが2人に聞こえるように言ってきた。
長刀を背負い、分厚い靴を履き、ゆったりとしたズボン。タンクトップを内に着て、マントのような服を重ねている。そうしてだらだらと、ゆらゆらと歩くもんだから、道幅を広くとっているように感じられる。
そんな彼女にブレンがにらみながら答える。
「何度聞く。いいかげん黙らせるぞ。」
「なんだとおー、やってやるぞおー!」
ムウが長刀に手をかけた。楽しそうに、にこにこと笑うムウ。その幼い顔に長刀は似合わないが、体格的にはしっくりくる。
「撃たれるか、斬られるか選ぶことだな!」
ムウを少し見上げながら、ブレンが銃に手をかける。場合に応じて短刀も抜けるように構えている。
「はい、2人ともそこまで。」
見かねてハガルが止めに入る。よくある流れの1つである。その証拠に3人とも歩みを止めずにいた。
その言葉を聞いてすぐに両者、武器をしまう。ムウはにこにこと、ブレンはため息をつきながら。ハガルはそれを見た後、ブレンに話しかける。
「ブレン、よくあることだが、今回はすぐ勝負をしかけたな。」
ブレンはハガルを見て、答える。
「……僕に苛立ちがあったのだろう。」
ジャケットをピッと直して答えた。ブレンが心を落ち着ける動作の一つだ。
「ベルの町でいろいろあったからな。」
ブレンの言葉に、「そうだったねー」とムウが言うと、「町の一角を壊したムウの責任がでかいだろうが。」とブレンが言う。
それを聞いて、さすがのムウも黙った。ものすごくほおが膨らんでいたが。
「依頼のために全力を尽くした結果だ。」
「ハガル、ナイスフォロー!」
「今、ほぼ一文無しなのは仕方ない部分もある。分かってくれブレン。」
「おうー、違いましたー。」
勝手に一喜一憂するムウだったが、ブレンが落ち着く時間はとれたようだ。
「……あてがあるのだろう?ハガル。」
「ああ、俺としてはベルの依頼より興味があるんだ。報酬金は少し悪いかもしれないが。」
「僕としては報酬金がいい依頼を求めたいが。」
「私は楽しければなんでもいい!」
「……ハガル、やっぱりムウと勝負していいか?」
「勘弁してくれよ。」
一行は話しながら歩を進める。そうして、目的地近くの森に着いたのであった。
その夜、一行は森の中の開けた湖の近くで野宿をしていた。
「でー、どこ行くんだっけ?もう二回夜を迎えたよねー。」
ムウの問にハガルが答える。
「クレーブだ。そこの町で護衛依頼がでていた。」
「おーそうなのかー。よし、そこで取り返すぞー!」
ムウなりに責任は感じているらしい。やる気に満ちていた。
「空回りしないでくれよムウ。頼むから。」と、ブレンが言い、ハガルの方に顔を向けてきた。
「しかし、クレーブで護衛依頼?あそこはのどかな町だろう?」
「そうだ。ただ、クレーブの町は元々城下町なんだ。今は使われていない城に住み着いた者から町を守ってほしいという依頼だ。」
「へえ。…だったらドンの町の方が同じような依頼で報酬金がいいと思うが。」
「…そふだね。ンぐ。今お金ないし。」 と、そこらで仕留めたボタン肉を食べながらムウが言う。
要約して伝えてきたハガルの提案は妥当なものだ。ドンの町は、ドン・ドンドコ・ドン・カツドン王が治める大きな城下町だ。加えてアル大陸でも大きなドンの町は、いまだに残る国同士の争いで要所となっている町である。
ハガル達一行のような冒険者には実入りのいい、報酬金たんまりの国防依頼があるだろう。だが、ハガルを頭とする一行にとっては、クレーブの町の方がよい。
クレーブに向かうわけをハガルは言う。
「アル大陸の歴史者の手がかりが、クレーブの城にあるらしい。」
ハガルは納得の顔をし、ムウは「あーそれかー」と言い、話を続けた。
「今回は私のためでもあるんだねー。」
「そう……」
ハガルが答えようとしたとき、矢が飛んできた。ハガルは置いていた刀の鞘で矢を叩き落とすと、臨戦態勢に入る。
夜に冒険者を狙う野盗だろう。ムウが気配を探り人数を伝える。
「4…かな?変なにおいの人もいるから、6かもね。」
「獣人族を雇っているのだろう。目が光っている奴が2人いる。」ブレンが補足しつつ、銃を構える。
「僕が矢の射手と、近くで守ってる護衛の2人かな。」
「私が獣人2人?うえー、6人まとめて吹き飛ばしていい?めんどくさーい。」
「やめてくれ。ここだと僕たちも巻き添えをくらう。」
第二射が飛んできた。今度は避ける。しびれ毒のようなものが見えたからだ。避けた勢いでムウが獣人を引き付ける香料を浴びつつ、離れていく。
「……あいつ、遠くで力ぶっぱなすつもりだな。」
「僕はもう知らん。ハガル、君の担当2人は手練れっぽいよ。気を付けてね。」
「大丈夫さ。」
「じゃあテント集合で。」
ブレンの方はすぐけりが付くだろう。乱射して戦意喪失後に斬りつけるか、銃の二撃で仕留めるか。それしか考えていない顔で、射手の矢を避けながら、矢の方向へ向かっていく。
残ったのはハガル1人。
その状況になり、頭らしき人物と手下の2人が姿を見せる。
「金があれば、もうここで手を引くんだがな。」
野盗の頭が話しかけてくる。手下と共に隙はない。ブレンの言うとおり、手練れのようだ。
「あいにく、文無しでね。だから戦うのさ。」
「そうか……刀ってことは、武人としてならしたのかい?」
「……そうとも言えるかな。」
「俺もさ!」
そう言うと、野盗の頭は上段に刀を構える。ハガルは居合の構え。それを見て、頭は部下に短剣を投げるようサインを送る。
遠くで銃声が一つ聞こえた。それが合図だった。短剣が飛ぶと同時に、頭が踏み込んでくる。
ハガルの腹、足を狙う二振りの短剣、野盗の頭はハガルの胴より上を狙う。ほぼ完璧な野党の連携だった。居合で防ぐにせよ、どこかに傷はつく。短剣と刀の毒がかすれば勝てるはずの……
だが……
「竜剣の一、風竜!!!」
抜刀一線。風の渦とともに頭と手下が切りさかれる。風圧によって短剣は明後日の方向へ。ハガルの抜刀術を頭はかろうじて防ぎ、手下は何もできなかった。しかし確実に2人へ致命傷を与え、どちらも倒れた。頭の方はまだ息がある。
「テントにかすった。まずいな。ムウの方が怒るなこれは。」
テントに近寄るハガルの刀には、まがまがしく白く光る竜の模様がうごめいていた。
「あいつの方が力使ったのかよ。」とブレンがつぶやいた。
射手は一撃のもと倒れた。もう一人の野盗は恐れ、何もできずにいた。
何もなければ、逃がしてやるつもりだった。入りたての素人野盗のようだったから。
しかし、ブレンにとって聞き逃せない言葉を言ってしまった。
「お前も化け物の力を使うんだろ!やめろ!助けてよ!」
「化け物?そんな陳腐な言葉で、彼らを捉えるな。」
二撃目が響き、野盗は沈黙した。
ブレンはジャケットを乱雑に直し、ハガルが待つテントへと向かった。
「みんな派手にやってるなー。あっ、ブレンは『スマートにだ!』って言ってきそうだねー。」
獣人は答えない。人としての意識はすでにない。オグマとダイグマという獣をそれぞれ宿し、その力を完全に開放している。
獣人族は本来一族と一緒にいないときはそれをしない。暴走と同じだからだ。
それでも、2人は獣人となった。ムウが力を見せたことで、獣の本能がそうさせた。
「うーん、獣人とは何度か戦ったけど、君たちはまだまだかなあ。」
ムウが長刀を構える。両腕に竜の紋様が走り、うごめく。
大柄なムウはもとより力が強い。それでもハガルとブレンには力比べで少しだけかなわない。
だがこうなれば、2人など歯牙にもかけない。絶対的な力が付与される。
「ごめんね。」
長刀が横に薙いだ。
その瞬間、獣人は真っ二つにさかれた。長刀がおこした風の刃は奥の森ごと一帯を吹き飛ばしていた。
すでに合流していたハガルとブレンは、木の上からその様子を見守っていた。間違えて自分たちの方向にムウの力が飛んでこないか警戒していた。
「また、やったなあ。僕はどう思えばいいんだよ。」
「やる気にあふれてたからな。」
軽口をたたき、安全とわかったところで2人は木から降りた。
野盗の頭が、降りてきた2人を見ていた。
銃使いブレン、ハガルの技、ムウの一撃。それらを見た頭はある結論を確かめたく、最後の力で2人の前に立つ。
2人は頭の言葉を待っていた。気付く者は少ない。野盗の頭は名のある者だったのだろう。
「……お前たちは、冒険者『ゴウコク』だな。……竜の叫びを背負い生きる者。」
「そうだ。」
ハガルが答える。
「……ならば……名誉の敗戦として、この命を終えられる……」
頭はそこで力尽き、倒れた。
「……弔おう」
ブレンの言葉にハガルはうなずいた。ムウも戻り、野盗達を弔った。
テントの傷にはやはりムウが怒り、ハガルが縫い直すはめになった。
夜も深いころ、ようやく3人は体を休めることができた。
「夜明けだ。」
ブレンが言う。
ムウは1人離れた場所で朝日を見つめていた。
ハガルは荷をまとめ終え、2人に声をかける。
「行こう。クレーブの町へ。歴史者の手がかりを探すんだ。」
「そうだな。報酬金もしっかりと貰ってな。」
「今度こそ、手がかりつかめるといいなあー。」
一行はクレーブの町の近くについていた。
まずは、依頼を受けられる建物を探し、歩を進めていく。
3人には、それぞれ抱えるものがある。
しがらみをときたい。
しかし、今の世界でそれはできない。
だが、歴史に残されているという。
彼らと同じように生き、しがらみをといた者が。
歴史者。
その者に会えば、本当の歴史を見ることが叶うという。
国がつくった、それぞれの歴史ではなく、世界の歴史が。
「ゴウコク」の冒険者。ハガル、ムウ、ブレン。
彼らの生きざまがポスト・オフィスに届いた。
それは、世界の歴史に記される価値があったということ。
彼らは何をなしたのか。
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「ゴウコクの冒険者、それが『歴史を求める者』」
ポストがつぶやく。
オフィスは必死に読み聞かせていて、一息つけると思った。そんな軽い気持ちでポストに聞いた。
「結構、惹かれないかい?」
ポストは、世界の歴史者は言う。
彼らは世界の歴史を見るにも値しないと。
ポスト「道中部分とかいいから核心部分を読んでよ、読んで。」
オフィス「お話を読む時は状況が分かることが大事だと思うぞ。」
ポスト「私はそういうとこ、見ればスーッと入ってくるのよ。」
オフィス「俺、普段読まないから。一緒に読んでてポストに教えてほしいとこもあるからさ。」
ポスト「確かに。そう。そうだよ。オフィスが分からないことは私が教える。そう教えるよ。」
オフィス「急にどうした。」
ポスト「何か、何か聞いて!教える!!教えるよ!!!」
オフィス「じゃあ歴史者ってなんなんだ?」
ポスト「私!」
オフィス「いやそうでなく。」
ポスト「私!!!」
オフィス「……すごいなー、ポスト。」
ポスト「そう!!!!!」