公爵閣下が捕まらない
こうしてとりあえず学園内ではジョシュア達の方を何とかすればいい状況が出来たわけだが、その後が中々上手くいかなかった。
報連相の先としては、親の方も抑えておかないといけない。
ということでグレイの親父さんに連絡を取ろうとしたんだが……。
「え、公爵閣下は外遊中、ですか」
トゥルビヨン公爵家の使用人とコンタクトを取ったところ、思わぬ返答が返ってきた。
港町を擁し、本人の社交能力も高いとあって、ケヴィンおじさんことトゥルビヨン公爵が外交で活躍しているのは知っていたが、よりによってこのタイミングで。
しかも数カ国を歴訪するため、数ヶ月離れているという。
さらに間の悪いことに、アレックスの親父さん、オードヴィット侯爵も、現在王都にいなかった。
少々きなくさいことになっている東部国境付近の視察で、やはり数ヶ月王都に帰ってこないという。
まるで計ったように二人の親父さんが王都を離れている、これも強制力の一環なんだろうか。
仕方ないから状況を記した手紙をそれぞれに送りはしたが、この世界だと届くまでにどれだけかかるやら。
ついでに言うと、もし俺があいつらをぶん殴って止める状況になったらフォローしてくれるだろうが、その前の予防的な動きは期待出来ないんだよなぁ。
トゥルビヨン公爵は天然の天才タイプで、大体のことはほっといても出来たらしく、子供に対しても放任主義。
対してオードヴィット侯爵は生真面目で、公私の区別をはっきりとさせているから、仕事をほっぽりだして戻ってくるとか考えられない。
つまり、二人が帰って来る夏休みの終わり頃まで、直接介入してもらうのは無理。
それまでは俺が何とか抑えるしかないわけだ。
え、うちの親父? 残念ながら家柄が上の令息達に介入は難しいし、大体筋肉で解決しようとするからだめだ。
ちなみに、ジョシュアの親父さん、つまり国王陛下には伯爵子息ごときがご注進などとても出来ない。
親父を含め、ツテを使って遠回しに伝わるようにはしているが、果たしてちゃんと伝わるかどうか……。
いやまあ、もうこれは悩んでも仕方ない。
少なくとも俺は何とかしようとした、というアリバイは作った。
もしジョシュア達をぶん殴る羽目になったとして、申し開きは出来るだろう。通じるかはわからないが。
それより悩ましいのは、現在進行している学園生活だ。
何しろ俺は元々の乙女ゲー(多分)を知らない上に、乙女ゲーの素養もない。
悪役令嬢ものとか婚約破棄もののウェブ小説はいくつか読んだことはあるが、語れる程読んでたわけでもない。
となると、対応に関してどうしたもんか、今一はっきりとわからないというのが一番の問題である。
例えば、急に差し込まれるイベントっぽいもの。
普段の言動はいつも通りか更に抜け方が酷くなった程度のジョシュア達だが、急にキリッとした顔になって頭沸いてんのかって思うくらい歯が浮くような言動をすることがある。
多分ゲーム内でのイベントなんだろうが、それが起こるタイミングがわからない。
だから止めようがなく、起こるのを指をくわえて見ているしか出来ず、俺は後手後手に回っていた。
そんな俺の苦慮を尻目に、ヒロインと思われるギャラクティカ男爵令嬢とジョシュア達の距離はじわじわ近づいているように見える。
そう、じわじわ。
「な、なあ、今日の会話とか良かったと思わないか?」
「いやいや、もっとこうバチーンとかっこ良くだな!」
「そういうグレイだって、こないだはもごもご言ってたじゃないですか」
「うっせ、アレックスに言われたくねぇ!」
学院内にある王族専用部屋で、ジョシュア達が反省会というか何と言うかな会話をしているのを俺は聞いていた。
ちなみに、ちょこちょこ王太子としての執務が回ってきていて、そのためにここに来ているはずなんだが。
ついでにいうと俺が粗方仕上げていて、後はジョシュアがサインするだけな状態にしているのは、気にしたら負けなんだろう。
二ヶ月経過して、この状況である。
つまり上手く会話できたかどうか程度で、例えば手を繋いだりだとかの身体的接触を伴うコミュニケーションは全く行われていない。
ヘタレか。
いや、前世で魔法使いだった俺に言われたくはないだろうが。
しかしいくらなんでも15歳、高校生くらいの男子としてはもっとこう……こう……。
……だめだ、俺男子校だったから、女子にアプローチする15歳男子のイメージが沸かん。
近いとこにあった女子校の子達と遊んでた連中もいたらしいが、俺はそういうグループに入ってなかったし。
あれか、こいつらの保護者やってるのが面倒なのに落ち着くのは、そのせいか。
何か悲しい気分になってきたから、気持ちを切り替えよう。
これだけ焦れったいくらいにヘタレなジョシュア達に、ヒロインも違和感を覚えるかと思ったんだが……。
「あ~、『ヘタレ』タイプの設定なのね。三人ともとか、どんな確率よ」
とか独り言を言っていたのを偶然聞いてしまった。
どうやら元々のゲームは、攻略対象の性格がいくつかある中からランダムに決まっていたらしい。
なのでプレイの度に微妙に違うから、周回がつまらなくなるのを防ぐ目的があったんじゃないかな。
おかげで変に思ってあれこれ勘ぐったり探ったりという行動に出ていないのは、幸か不幸か。
ちなみに俺ことロイド・グロスヴァーグも同じように性格はランダムだったらしいのだが。
多分だが、確率に偏りがあったようだ。
「あ、ちょっとロイド~」
「まて、ギャラクティカ男爵令嬢。俺は君に、名前で呼ぶ許可を出した覚えはないが」
「うわっ、堅物。やっぱロイドはこういうタイプか……めんどいから外しとこ」
なんてやり取りが以前にあり、以降彼女は俺にアプローチをしてこない。
『外しとこ』とは攻略目標から、ということだろうか。それはそれでありがたいんだが。
つまりこいつ、ジョシュア達メインヒーローの逆ハー狙いかよ。ていうかやっぱり前世の記憶持ちでゲーム経験者かよ。
おまけにピンクの髪で明るく(良くも悪くも)前向きな性格の、平民から養女となった男爵令嬢で聖属性魔法が使えるときたら役満の地雷である。このまま放置しておけばジョシュア達も破滅一直線。こいつ本人がどうなろうと自業自得だが。
どうにかせにゃならんが、このミルキーという女に出会ってから、段々ジョシュア達も俺の言うことを聞いたり聞かなくなったりするようになってきた。
結果、ギャラクティカ男爵令嬢とおしゃべりするジョシュア達の横でむっつりと黙って立っている俺、という奇妙な光景がよく見られるようになってしまっている。
まあ、怪我の功名というか思わぬ副産物というか、そんな奇妙な光景と、イベント時と普段で全然違う三人の雰囲気のギャップとが相まって、周囲からはジョシュア達が本気では無く、下手な芝居をしているようにも見えているみたいだが。
そう誤解されている内にジョシュア達の目を覚ますことが出来たら、あるいは何とか誤魔化し切れるかも知れない。
そんな俺の儚い希望をよそに、ジョシュア達とミルキーの仲はやっぱり少しずつ縮まっていき、週末となれば一緒に出かけていることが多くなってきた。
勿論デート代はジョシュア達がおごり、最近ではちょっとしたプレゼントなどもしていたらしい。
『らしい』というのは、俺は週末になると別行動で、ダンジョンに潜っていたからだ。
ちなみに、学外だとジョシュア達の護衛は専門の護衛騎士達がしているから出来ることでもある。
ていうか、いくらなんでも三人の護衛を俺一人でなんて到底出来ないからな、これは当然のことだ。
……週明けの引き継ぎでは無言で肩をポンと叩かれたり、「学院内ではあれに一人で……」とか言われることが増えたが。
べ、別に泣いてなんかいないからな!?
と、大分……本当に大分前置きが長くなってしまったが。
そんな日々の末、ついに何とかする糸口になる、かも知れない状況をつかみ取れたわけだ。
プレゼント代やデート代に費用がかさみだしたところで、金に困ったこいつらが目を付けるのは何かと言えば、それぞれに割り当てられた予算だろう。
公爵・侯爵令息の予算であれば、半分公的なものではあるが、まだ家の内側の話だから何とかならなくもない。
しかし王太子予算という公的なものを本来の用途外に使えば、誤魔化しようのないレベルで横領罪だ。
そうなってしまえばジョシュアの廃嫡にも繋がりかねないし、止められなかったということでうちの伯爵家にも累が及ぶ。
当然それは困るし、ジョシュア達をぶん殴る前に破滅への道行きを止められるなら、それに越したことはない。
なのでそれを防ぐために小遣い稼ぎさせることがダンジョンに連れ出す目的の一つ。
そしてもう一つ、一番大きいのが、ジョシュア達のレベルを上げさせること。
これだ。
俺があの精神攻撃的な何かに耐えられたのは、恐らく鍛えていたからだ。多分。きっと。
だからジョシュア達のレベルを上げていけば、いつか打ち破ることが出来るに違いない。確証は無いが。
いいんだよ、レベルは全てを解決するんだ!
まあ、正確に言えば、この世界がレベル制なのかはわからないんだが。ステータスオープンとかでステータス画面出てこないし。
しかし、戦闘経験をある程度積んだところで急に魔力や身体能力が上がるので、多分レベル制に近いものがあるんだろう。
とにかく、ダンジョンで鍛えたら強くなるのは間違いないし、魔法なんかに対する抵抗力が上がるのも俺自身で確認している。
どれくらい鍛えたらいいのかはわからないが……それでも、一歩前進したのは間違いなかった。