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王太子の課題は進まない

 その後テレーズ嬢、サラ嬢と軽く会話をした後、ジョシュアの部屋に入り、勉強会が始まった。

 ちなみに今日はグレイとアレックスは用事のため欠席である。


「で、課題は終わったのか、ジョシュア」

「うう、じ、実はまだ全部は……」


 早速ジョシュアの課題を確認する俺に、サラ嬢がわずかに目を見開いた。

 まあ、王子殿下に対してこんなぞんざいな口調で喋ってる伯爵令息なぞ、少なくともこの国では俺くらいのものだろう。

 砕けた口調で喋っていることは事前に伝えていたものの、実際に目にした衝撃は大きいだろうし。

 

「全部は、ってことはある程度以上はやってるんだな? どれ、ちょっと見せてみろ」

「う、うん……お、怒らないでね……?」

「いや、それは保証しかねるが」


 おずおずとノートを差し出してくるジョシュアに対して容赦なく返せば、若干涙目になる。

 そこはもうちょっと堪えて欲しいところなんだがなぁ、女の子の前なんだし。

 まあ、ジョシュア的にはそれどころじゃないのかも知れないが。

 あるいは、テレーズ嬢の前で取り繕わない程度には打ち解けてきたのかも知れない。

 だったらいいなぁ。


 ……サラ嬢もいるけど、まあ、彼女なら口外しないだろ、多分。


「どれどれ……あ~……真面目にやってたのはわかるし、丁寧にやってるのもいいんだが、ちょっと丁寧すぎて無駄な部分も多いなこれ」

「ぐっ……そ、そうなの?」

「ああ、ここはもうちょいこんな感じで簡略化出来るし……」


 と俺が指摘すると、途端にしょんぼりとするジョシュア。

 正直、良心がチクチクするんだが、しかし俺は心を鬼にする。いや、鬼ってほど厳しくはしてないつもりだが。


「落ち込む必要はないからな? こうやって自分で一度やってるから、俺も次はこうしろと指摘できるんだし。

 お前が全くやってなかったら、こんな会話も出来ないわけだ」

「そ、そうなの? 私がやったことに、意味はあるんだ!」

「ああ。まあ、出してた課題が全部終わってたら文句なしだったんだがなぁ」


 ぱっと顔を明るくしたジョシュアだったが、俺が余計な一言を付け加えた途端、またしゅんとなった。

 こうなることをわかってて敢えて言ってるだけに、我ながら質が悪い。

 いや仕方ないんだ、これもいわゆる計算の内ってやつなのだから。


「まあまあロイド様。ジョシュア様も気を落とされず……ちゃんと成長も見られますし。

 以前出来ていなかったこちらが出来るようになっておりますし、こちらなど随分根気強く考えられたように見受けられます」

「わ、わかるのか!? そうなんだ、ここは何とかわかりそうな気がしたから、諦めずに頑張ったんだ!」


 ほうほうどれどれ、と声に出さずに見やれば、割と難しい部分に対して確かにジョシュアの言葉でジョシュアなりに考えた形跡が見受けられた。

 やるじゃないかとは思うものの、それを口には出さない。それは俺の役目じゃない。


「はい、わかりますとも。ここにも、そこにも努力の跡が見られて……本当に頑張りましたね、ジョシュア様」

「テ、テレーズゥ……」


 いい加減なおべっかではなく、きちんとジョシュアが努力したポイントを的確に捉えて褒めるテレーズ嬢に、ジョシュアが照れくさそうに笑う。

 そう、褒めるのはテレーズ嬢の役目。

 つまり、テレーズ嬢が飴で俺が鞭、という飴と鞭作戦でジョシュアの尻を叩いているわけだ。

 それだけでなく、こうすることでジョシュアとテレーズ嬢の仲も良くしようという一石二鳥の作戦である。

 

 なんせ俺は、この世界の元になった、あるいは類似した乙女ゲームを知らない。

 当然設定もシナリオも知らないわけだから、この二人の関係がゲームスタート時にどうなのかも知らない。

 であれば、スタート時までに二人を出来るだけ仲良くしておいて、ヒロインの介入やその後の断罪だとかを回避できる可能性を高めておきたいところだ。

 断罪展開にせよ、ざまぁ展開にせよ……こうして友人となった二人のどちらかが、最悪二人とも悲惨な目に遭うのを黙ってみているわけにはいかんし。


「あの、グロスヴァーグ様……殿下とテレーズ様、随分と仲がよろしいのですね?」

「あ、マルグリット嬢からもそう見えますか、それは良かった」


 二人の様子を見守っていたら、隣のサラ嬢から声をかけられた。

 そうかそうか、彼女の目からもそう見えるか。だとしたら作戦は順調だな。


 と安心していたら、サラ嬢が俺にしか聞こえないように声のボリュームを落とした。


「……正直なところ、心配しておりました。この婚約は、そもそも純然たる政略結婚でしたから」

「ごもっともです。でもまあ、大人達の思惑を置いとけば、これも出会いの形の一つと言えなくもないですからねぇ。

 そう捉えたら後は本人達の考え方次第。ご覧の通りジョシュア殿下は壁を作るような性格ではないですし、テレーズ様はご存じの通りですから、恐らく大きな問題はないかと」


 同じく声を潜めて応じる俺。

 とか言いながら、ジョシュアがそう考えられるように誘導したのは俺である。

 俺達が出会ったのは、ギリ思春期が始まる前。

 その頃から延々、政略で出会う相手のメリットを説いて聞かせていた。


 ジョシュア達の婚約者としてあてがわれるのは、当然いいところのご令嬢。

 ということは、教養、マナー、考え方、金銭感覚などなどが同じレベルにある相手である可能性が高い。

 いや、教養はむしろ頑張らないと置いて行かれる可能性も高いが。

 ともあれ、自分の常識が相手の常識、通じるはずの話がちゃんと通じるということは、存外ありがたいことだったりする。


 これが子爵以下の、10歳前後のお嬢さん達だと、まあ躾が行き届いていないことが多いんだわ。

 一回、どんなもんかこっそりとそういう子達のお茶会を見せたことがあるんだが、中々にあれだったし、あいつらも言葉を失っていた。

 なんだかんだいいとこのお坊ちゃんであるあいつらには、中々刺激が強かったらしい。

 そのおかげかどうかはわからないが、今のところジョシュアとテレーズ嬢の仲は悪くないようである。


 と、俺の話を聞いていたサラ嬢が小さく笑った。


「あれ、俺何かおかしなこと言いました?」

「あ、いえ、そうではなくて。殿下に話しかける時は呼び捨てなのに、私に話す時は殿下をつけるのだなと。

 それがなんだか面白くて……すみません、こんなことで」


 どちらかと言えば凜々しい美人タイプの彼女がこんな風に笑うと、中々可愛らしい。

 いやそうでなく。

 

「あ~……確かに言われてみればチグハグかも知れませんね……?

 何と言うか、ジョシュア殿下と話す時は気安い友人気分になっていると言いますか」


 実際、この数年で大分気安い友人になったと思う。むしろ教える時には上から目線まである。

 よくよく考えたら、伯爵令息がというのはこう、不敬スレスレな気がしなくもないが、本人達が気にしてないのだから、きっといいのだろう。


「でしたら、いずれテレーズ様とも気安い友人になられるのでしょうか?」

「流石にそれは、色々拙い気がしますがねぇ……テレーズ様ならお許しくださる気がしなくもないですが」


 まだ数回しか合ってないが、テレーズ嬢はかなり気さくで大らかな性格に見える。

 であれば、側近候補ではあるが伯爵令息でしかない俺に対しても、分け隔て無い対応をしてくる可能性は高い。

 っていうか、もう大分そんな感じな気がする。

 しかしまあ、それを期待するのは違う気がするし、あまり気安すぎても口さがない連中がないことないこと言いふらすかも知れん。


 そもそも順番としては、だ。


「ですが、マルグリット嬢とはいい友人になれたらと思いますよ。殿下と未来の妃殿下に仕えるものとして。

 良ければ俺のことはロイドと呼んでください」


 そう、まずはサラ嬢と親しくならないと。

 今後のことを考えると、テレーズ嬢の側仕えになるであろう彼女との連携は重要になるはず。

 であれば、彼女と友人関係になっておくメリットは大きいだろう。

 ……我ながら汚い考え方だなぁ、とも思うが。


「ありがとうございます、ではロイド様と。私のことも、サラとお呼びください。

 ……私としても、ロイド様とは親しくさせていただいた方が色々とやりやすいかと思われますので、お申し出は大変ありがたいです」


 薄く笑みを見せるサラ嬢の表情を見るに、彼女にとっても悪い申し出ではなかったようだ。

 この歳で大した忠誠心だとも思うし、ある程度打算もありつつ相手によってはそれを見せて協力を仰いだり出来るだなんて、精神年齢いくつなんだと思ったりもするが。

 いずれ始まるだろう乙女ゲーム展開に対抗するに、頼もしい仲間が出来たと言ってもいいだろう。


「では、お言葉に甘えて。今後ともよろしくお願いします、サラ嬢」

 

 そう言いながら俺は、彼女へと笑いかけたのだった。

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