裏で張り巡らされていたもの。
※今回は三人称視点での進行となります。
「でかしたわ、サラ!」
品の良い落ち着いた調度品が彩るヴィオリトゥ公爵邸の茶話室にて。
サラから事のあらましを聞いたテレーゼの口から飛び出したのは、淑女としてどうかと思われる言葉だった。
もっとも、ここにいるのはシャルロットにアデライドという気心知れた面々だけだから、誰も気にしてはいない。
むしろ、二人揃ってうんうんと頷いているくらいである。
「ありがとうございます。それもこれも、テレーゼ様のお知恵があったからこそ。
どれだけ感謝してもしきれません」
淡々とした口調で言いながら、サラは頭を下げた。
知らぬ人間が見れば随分と素っ気なく見えるだろうが、そこは付き合いの長い主従。
テレーゼの目は、サラがいつもよりも目をキラキラとさせ、頬をほんのり赤くしているのを捉えていた。
サラにとってそれは、いわば両手を挙げて力強く叫びつつガッツポーズをしているような状態。
そのくらい、サラは高揚感と達成感に包まれていた。
それもこれも、ついに、ついにあのロイドから言質を取ったからである。
もちろん正式な婚約が結べれば一番ではあったが、先だっての妙な精神干渉を彼が気にしているのは知っているので、そこは割り切るしかないところだろう。
「ふふ、わたくしの読みが当たったからね。あの極め付きな朴念仁であれば、きっとご両親の馴れ初めなんて欠片も興味なく、聞いたことなどない、と」
「あたし達くらいの年頃なら、そろそろそういうのも教えられてるもんだけどね~。流石ロイドっち、そっち方面は丸っきり手薄だったわけね」
「おまけに鍛錬に目がないから、サラのお誘いにもほいほい乗ってきた、と」
得意げにテレーゼが言えば、シャルロット、アデライドが容赦のない言葉を続けていく。
交際や結婚も家や政治が絡んでくる貴族にとって、パートナーの歓心を得るよう交流することは必須と言ってもいい。
手紙の文面一つとっても添削する家庭教師を付ける家もあるほどだし、まして婚約者へとかける言葉などなおのこと。
であれば、親がいかなる言葉を使って交流して今の関係を築いたのかを知るのは、もっとも身近な教材と言っていい。
大体のことで卒のないロイドにはそれだけが欠けており、その影響もあってジョシュア達もそういったところが不十分だったりというのが地味に問題であったりはする。
誤解のないように言っておくが、彼女らはロイドのことを評価していないのではない。
いや、むしろ最大限評価していると言っていい。
だからこそ、歯がゆい思いもあったりはしつつ。
そして同時に、ロイドがサラをどう評価しているかもよくわかっていた。ロイドという人物のことも。
「サラのことを頼まれるなんて無理難題を押し付けられ、女性を連れで遊びに行くなんて経験もないからどこに連れていけばいいかなんて浮かばないところへの、彼にとっては無難な提案となれば、絶対乗ってくるはずだもの」
スラスラと立て板に水と語るテレーゼ。
相変わらず散々な言われようではある。
だが、これはロイドのことを浮ついたところのない男だと評価していることの裏返しでもある。
しかし、だからこそサラの気持ちが通じていないことに、やきもきもさせられてきたわけで。
こうして本人のいない身内だけの場で少々ぶちまけてしまうのも、仕方ないことなのかもしれない。
「そして、乗ってくるついでにリップサービスの一つも入れてくるはず、っと。
いや~さっすがテレーゼ、策士だね~! いよっ、公爵令嬢っ! 未来の王妃様っ!」
「……まってシャル、そのよいしょはなんていうかこう、安っぽすぎて逆に萎えるのだけど?」
「おっかし~な~、心の底から褒めてるつもりなのに。
んでも、実際全部完璧にテレーゼの筋書き通りだったわけだし?」
もしもこのやり取りをロイドが聞いていたならば、背筋を震わせていたところだろう。
テレーゼは、ロイドが乗ってくるだけでなく、サラを持ち上げるような一言を付け加えると読んでいた。
それも、サラが喜ぶような評価の仕方を、ダンジョン挑戦というシチュエーションに合わせた言い回しで。
「……もしかして、サラが普段から戦闘力を褒められると喜んでいたのは、このための伏線……?」
この場にいる中では比較的常識人なアデライドが、少々恐る恐るといった風に問う。
そんな彼女へと、テレーゼはそれはもういい笑顔を向けて。
「いいえ、あれはサラの素よ」
「な、なるほど……?」
きっぱりと言われ、アデライドはいまいち腑に落ちない顔になる。
けれど、それが何か問題だったかと言われれば、ないわけで。
「なんていうか、色んな意味でお似合いな二人ってことね」
「それに関しては、若干複雑なものもあるけれど……これ以上の相手はそういないと思うわ」
やや呆れたような口調になったアデライドへと答えるテレーゼの声は、少しばかり張りが弱い。
主として友人として、サラの幸せを願う気持ちに偽りはない。
だからその幸せの形が、普通の令嬢のそれとは大きく違うことに、複雑なものは生まれてしまう。
それをサラが心から望んでいることを誰よりも知っているから、なおのこと。
「お気遣いありがとうございます、テレーゼ様。
ですがご存じの通り、私はテレーゼ様のお傍で御身をお守りするのが何よりの望み。
であれば、共に切磋琢磨することをよしとしてくださるロイド様とのご縁は、これ以上ないものなのです」
気心知れた集まりだからか、テレーゼの複雑な心境が嬉しかったのか、サラの声音は普段よりも幾分か柔らかい。
そのことに気付いたテレーゼはしばし言葉を失い、サラの顔を見つめる。
その表情を見れば……ふ、と小さく笑ってしまうしかなかった。
「このやり取りで、そんな幸せそうな顔をされるのも複雑なのだけれど。
でも、サラがそう言うのならば、わたくしとしてもこう言うしかないわ」
いつもの公爵令嬢らしい威厳の溢れた声になり。
……そこに、幾分かの力強さをのせ。
テレーゼは、ぐ、と握りこぶしを作って見せた。
「必ず、確実に、仕留めなさい。がっちりきっちり、掴み取りなさい」
見たことのない主の姿に、サラは一瞬驚きで目を見張り。
それから、微笑んだ。
「はい、承知いたしました。ご下命、必ず遂行いたします」
そう言って、深々と頭を下げたのだった。
「女って、こえ~……」
こうして盛り上がっていた女性陣のテーブルから少し離れたところに設置されているテーブルにて。
聞こえないように思い切り声を落とし、三人で顔を寄せ合いながらグレイが言う。
ちなみに残り二人は、言うまでもなくジョシュアとアレックスである。
「いや本当に……こういった根回しで女性には敵わないと父さんが言ってた意味がわかりましたよ……」
「ああ……私は絶対に、テレーゼには逆らわないぞ……」
情けない顔で言うアレックス、若干の怯えを滲ませながら返すジョシュア。
そう、彼ら三人もまた、この報告会を兼ねたお茶会に参加していたのだ。
何しろ彼らもまた、この策略に一枚噛んでいたのだから。
ロイドの尽力によってそれぞれの婚約者達と関係改善が進んでいる彼らとしても、ロイドとサラの縁談が進むのは望むところ。
むしろ後押しをして恩返しをしたいとすら考えていた。
だから、ロイドとサラが上手くいきそうになっていること自体は喜ばしいことだと思っている。
ただ……何か思ってたのと違う、という感覚が拭い去れないだけで。
収まって欲しかった形に収まろうとしているのに。その経緯が、どうにも飲み込み切れない。
「……ロイドのやつ、絶対将来尻に敷かれるな……」
「……それだ。そうなる未来しか見えない」
グレイがぽつりとつぶやけば、ジョシュアが納得顔で応じる。
ロイドに気付かれることなく、策に嵌める。それも、嵌められた後ですら気づかれない程の自然さで。
その手腕は、恐ろしいとすら思えるものだった。
もっとも、そうでもしなければ進展もなかっただろうことは、ジョシュア達ですらわかるから、文句も言えないわけで。
「まあその、シャル達も善意からやったわけですし……」
手段が悪辣だっただけで。
そんな言葉を飲み込む程度には、アレックスも分別がついた。これにはシャルロットの教育の賜物もあるかも知れない。
そしてそれは、ジョシュアにもグレイにも同様のことが言えて。
三人は、揃ってため息を吐くしか出来なかった。
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