コネとツテの活用法
こうしてそれぞれに役割を分担して俺達は動き出したわけだが。
「……今年は随分と棋譜の閲覧が多かったみたいですね?」
「ええ、ありがたいことに関心が高まっているようでして、去年の倍以上も閲覧されているのですよ」
ざっと閲覧者記録簿を見た俺が尋ねれば、管理者である学院の教師が嬉しそうに答える。
うんまあ、事情を知らない関係者からすれば、そういう反応になるだろうなぁ……。
参考にと去年の閲覧者数と実数で比較してみれば、2.5倍ほど。
これは流石に多すぎというものだろう。
「それも、卒業生が多いようですね? 在籍者ではない名前がほとんどです」
そう言いながら、サラ嬢が記録簿を隣から覗き込んでくる。
……ついでに身体が触れる程に寄せられてきているんだが、意識してしまうから勘弁して欲しい。
魂はおっさんのはずなのに、身体に引っ張られるのかそもそもの経験値不足からなのか、女性との距離が近いとドキッとするんだよなぁ……いかんいかん。
ちなみに何でサラ嬢がいるのかというと、閲覧者に誰が依頼したのかなどを辿るのが彼女の担当だから。
俺が口頭で伝えるよりも直接見た方が早いと言われたのだが、それは確かにそう。
じゃあ俺は要らないじゃないか、とは言わないで欲しい。
子爵令嬢である彼女が記録を大量に読もうとすると怪訝に思われる可能性があるのだ。
なんせチェスは女性の嗜みではないし、彼女の身分も高いとは言えない。
これが騎士団内で力を持つグロスヴァーグ伯爵家の令息である俺だと、話が全然変わってくるんだから、複雑なのが正直なところ。
残念なことだが、これが階級社会の現実ではあるのだ。
だが、今現時点において有効ではあるのだから、利用させてはもらうが。
「在籍者の名前を全員分覚えてるんですか?」
「はい、テレーズ様のお役に立つことがあるかな、と。……もっとも、テレーズ様ご自身も覚えてらっしゃるのですが」
「さ、流石というかなんというか……」
漫画の生徒会長キャラとかでよくあるが、ほんとにやってる人がいるとは。それも二人も。
やらせればアレックスも一瞬で覚えるんだろうなぁ。
ちなみに俺は暗記があまり得意じゃないんで、覚えてない。
ジョシュアやグレイ? 聞くな。
「しかし、だとすれば……先生、学外からの閲覧者は、毎年多いんですか?」
「そうですねぇ……今年ほど多くはないですが、それなりには。何しろ学院生相手に不覚を取れば、彼らの収入にも影響があるわけですから」
「なるほど、それはそう、ですね……彼らも必死、というわけですか」
「はい。そして、必死だからこそ研鑽されるというものですよ」
教師の言葉に、俺は頷くしかない。
それに、なんで卒業生が閲覧出来るのか、にも納得がいった。
職業プレイヤーになることはゴールじゃない。食いつないでいくためには、一生努力し続けないといけないはず。
そのことを学院もよくわかっていて、だから学びの場としての本分を全うする意味もあって卒業生にも門戸を開いているのだろう。
……なおのこと、今回変な企みをしやがった奴に怒りが湧いてくるな?
そんな学院の理念を、プレイヤー達の必死な気持ちを、踏みにじってくれたわけだ。
「ぜってーきっちりお返ししてやる」
「ええ、必ず」
思わず俺が小さく零せば、耳の鋭いサラ嬢には聞こえたのか、こくりと頷いてくれた。
……さらりと彼女の髪が俺の頬をくすぐったとか、そういう雑念は置いておく。
「それでは、ゆっくりご覧になってください」
そういった話をある程度したところで教師が席を外したため、俺達は記録簿を詳細に見始めた。
が、すぐにサラ嬢が小首を傾げる。
「……アレックス様の対戦棋譜だけを閲覧しているわけではないようですね?」
そう、一見すると、閲覧者達は皆、特定の打ち手に偏ることなく棋譜を閲覧しているようにしか見えなかった。
これは果たして閲覧者が自主的にやったのか、依頼主の入れ知恵なのか……後者にしか思えないが。
「恐らく狙いがバレバレにならないようカモフラージュしているんでしょう。けど、こうすれば……」
そう言いながら、俺は閲覧された記録の対戦者の数を表にまとめていく。
例えば、アレックスとA氏の対戦記録が閲覧されていた場合、アレックス1、A氏1、という形でカウントしていき、それを一覧表にするわけだ。
すると一目瞭然、学院から出場した四人の内、アレックスだけ他三人の倍以上を数えることになった。
職業プレイヤーを目指しておらず、学外での対戦も少なくてチェス界での知名度は低いあいつが、だ。
「これは、明白ですね。ですが……」
と納得してくれたサラ嬢だが、声はあまり明るくない。
それも仕方ないところだが。
「明白ですが、アレックスを狙い撃ちにしたという証拠には出来ないでしょうね、これくらいだと。こちらの疑念を裏付けるものにはなる、くらいですか。
もっとも、こちらの行動方針としてはそれでも十分でしょう」
「そうですね。それに、これであれば父に話をしやすくなりますし」
閲覧者を洗い出して彼らを動かした依頼主まで辿っていくのはサラ嬢の分担。
ただし、当然彼女一人では手に余るため、父であるマルグリット子爵やその部下に助力をいただけると大変ありがたい。
これが単にトーナメントでの勝利を得るための情報収集であればまず力を貸してはもらえないだろうが、こうしてアレックスの棋譜だけが不自然に閲覧されている事を示せば、オードヴィット侯爵家を陥れる策略の可能性も捨てられなくはなる。極めて低いとは思うが。
それでもゼロではない以上、きっと無視は出来ないはず。
些細なことが実は大きな陰謀の前兆だった、なんてことは、多分俺なんかより子爵の方がよっぽどご存じだろうしな。
「後は、誰から辿るか……全員一度に辿れるだけの人員を貸してもらえたら一番なのですが」
「流石にそこまでお願いするのは、難しいでしょうねぇ……」
悩ましげなサラ嬢に、俺も同意する。
何しろ閲覧しに来た卒業生は十人ばかり。これを全て洗うとなれば、当然最低十人は必要なわけで……それだけ大規模な動員をかけるような案件じゃないのは俺でもわかる。
しかし、一人一人当たっていくには時間がない。
何しろ明日は準決勝、勝てれば午後に決勝の第一戦となるのだから。
「……ロイド様、不躾ですが私の家にいらっしゃいませんか?」
「はい?? なんですかいきなり。っていうか俺が行ったところで何がどうなるわけでもないでしょうに」
サラ嬢の唐突な申し出に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
ケヴィンおじさんことトゥルビヨン公爵相手ならともかく、ほとんど交流のないマルグリット子爵に俺が頼んだところで効果はないと思うんだが。
「いいえ、恐らく父は、ロイド様からお願いしていただければ、すぐさま首を縦に振ってくれるはずです」
「いやいやおかしいでしょ、なんでそんなことが」
「それはもちろん……その、父はロイド様のことをいたく気に入っておりますから」
「それこそなんでですか、俺、マルグリット子爵とはあまりお話ししたことないですよね?」
サラ嬢とは十歳からの付き合いだから、お父上であるマルグリット子爵とももちろん面識はある。
あるんだが、そんなに親しく交流してきたわけでもない。
何しろ俺とサラ嬢の関係は、主人の婚約者のお付き、みたいなもんだ。
細かいところはもちろん違うし、今では親しい友人だと思っているが、公的な関係はそうなる。
だから、マルグリット子爵家と家族ぐるみでのお付き合いだとかはないわけで。
だというのに、サラ嬢は自信たっぷりである。
なんでだと思ってたんだが。
「父は情報の取り扱いに長けていますから……例えば石鹸のこととか」
「あ、はい。すみません、伺います」
俺は即座に頷くしかなかった。
そっか~、トゥルビヨン公爵家やオードヴィット侯爵家がやってる石鹸事業の裏側ご存じなんだな~そりゃ仕方ないか~。
てことは、俺発案のあれこれも掴んでる可能性が高く、だから気に入っていると言われたら、仕方ない、か?
ということで、俺はサラ嬢と共にマルグリット子爵邸を訪問。
彼女の言うとおり、子爵は即OK、俺達は無事十分な人員をお借りできたのだった。
……なんか解せぬ。
 




