侯爵令息は、サマートーナメントに挑む。
アレックスの思わぬ弱点が見つかってから、一ヶ月ばかり。
学期末試験を終えた俺達は、夏期休暇を迎えた。
そう、学期末試験とか、日本の高校みたいな感じであるんだよ。
この辺りも、やっぱりゲームの世界なんじゃないかと思う要因。それも、日本メーカーの、だな。
知ってるっぽいミルキーは言動からしてほぼ間違いなく日本人転生者だし、多分そうなんだろう。
ちなみにそのミルキーは、あれから心を入れ替えたのか、学期末試験では随分と成績を上げていた。
このまま真っ当に学生生活を送ってくれるなら、それに越したことはないんだが。
まあでも、まだ警戒はしておかないとな。
なお、首位は俺、二位はジョシュアの婚約者であるテレーズ嬢。
その侍女であるサラ嬢は八位と、子爵令嬢としてはかなりの健闘を見せた。
三位は数学が足を引っ張っているものの暗記科目で満点を連発したアレックス。
婚約者であるシャルロット嬢も九位だし、内情を知らない人間からすれば秀才カップルに見えるんだろうな。
グレイの婚約者、アデライド・ガルデニア嬢も十位だし、やはり彼女達は優秀なようだ。
……グレイとジョシュア?
いや、前に比べたら上がってるよ、うん。
特にジョシュアは、王太子としての仕事が増えて忙しくなっている中で成績を上げたんだ、頑張りは認めたいところ。
グレイはな~……もうちょい本気になったら、あいつも伸びると思うんだけどな~……。
なんてこともありながら、夏期休暇ともなればバカンスシーズン、なんだが。
今年に限っては、旅行だなんだはしばらくお預け。
いよいよアレックスが出場するサマートーナメントが始まるため、俺達は王都に残っていた。
「別に、皆で応援に来る必要もないと思うんですが……」
「何水くさいこと言ってんだよ、俺達の仲でさぁ!」
申し訳なさそうに言うアレックスの背中をばしばし叩きながら、グレイが笑う。
それに関しては俺も同意なので、うん、と頷いてみせてやった。
ま、アレックスもちょっと嬉しそうだし、いいんじゃないかな。
「んふふ、うちのアレクのためにありがとね!」
「シャル、何言ってるんですか、僕はダンドゥリオン家に婿入りする予定じゃないですよ?」
「いやそういうことじゃなくてね? こういうのはノリっていうか~」
なんてシャルロット嬢とアレックスが夫婦漫才ならぬ婚約者漫才を繰り広げたりもしてるんだが。
さてアレックスは気付いているんだろうか。シャルロット嬢と結婚すること自体は否定していなかったことを。
「……お二人とも、以前と同じかそれ以上に仲良くなってませんか?」
と、ちょっとだけ俺に顔を寄せながら、こっそりサラ嬢が話しかけてくる。
ほっとした空気を感じるのは、彼女も事情を知ってるから、心配していたのだろう。
「そうですね、すっかり。特にこの一ヶ月は二人で猛特訓してたみたいですし」
それでちゃんと学期末も好成績を取ってくるんだから、まあ大したもんだ。
もしかしたら、その辺りもシャルロット嬢が上手いこと手綱を握ってくれたのかも知れないが。
「ほらシャル、あまりアレックス様を揶揄わないの。もうすぐ試合が始まるんだから」
と、アデライド嬢がシャルロット嬢を窘める。
明るい茶色の髪を長く伸ばした彼女は、その顔立ちの通り落ち着いた性格で、こうしてシャルロット嬢のブレーキ役になることが少なくない。
多分婚約者であるグレイのブレーキ役も期待されてるんだろうが……異性相手だとちょっと遠慮が出てしまうようだ。
俺からすればグレイなんて頭をひっぱたけば止められるんだが、まさかアデライド嬢にそんなことは出来ないだろうし。
こちらに関しては、今後の課題と言えばそうなのだろう。
それもあくまで今後の話、今はシャルロット嬢を止められれば十分。
シャルロット嬢も、アデライド嬢から窘められれば割と素直に止まるし。……それも含めて彼女からすればコミュニケーションなのかも知れないなぁ。
「は~い。……アレク、どぉ? 緊張は解けた?」
「……複雑ですが、確かにあまり緊張はしてませんね」
シャルロット嬢が顔を覗き込めば、言葉通りに複雑な顔を見せるアレックス。
ああやって緊張を解してたのか。天然なのか計算なのか……いや、計算っていうのも違う気はするが、わかってやってるんじゃないかね。
彼女は多分、ケビンおじさんことトゥルビヨン公爵に似たタイプなんじゃと思うことはあるし。
そして、アレックスの緊張を解くことには大事な意味がある。
「落ち着いて実力を発揮してもらわないとな。なんせジョシュアとテレーズ様は次戦でないと応援に来られないんだし」
「そう、ですね。頑張らないと」
俺が言えば、アレックスも力強く頷いて返してきた。
実はジョシュアとテレーズ嬢は、本日は欠席。
トーナメント観戦のために王太子としての仕事を片付けている真っ最中なんである。
このトーナメントは王立学院生4人と、その大半が学院卒業生である若手チェスプレイヤー28人、計32人によって行われる。
初戦の16試合は二日に分けて行われ、ベスト16の8試合とベスト8の4試合がそれぞれ1日ずつで行われる。
ベスト4、つまり準決勝は半日で行われ、ここまでは1回ずつしか試合をしない。
決勝からは3本勝負、2本先に取った方が勝ちという形式になり、その第1試合が準決勝と同じ日の午後に行われる。
で、その翌日の午前中に第2試合が行われ、その結果1勝ずつなら午後から最終戦という段取り。
これは、一人の人間が一日にやるのは2試合が限度と言われていることが影響していて、もし決勝の第1試合を午前中、第2試合を午後にやると、第3試合が翌日に行われることになる、かも知れない。ならないかも知れない。
第3試合用に会場を抑えている一日分が無駄になるのを嫌った、という運営側の事情最優先な日程だったりするのだ。
そもそも決勝だってのに2試合を一日に詰め込むような強行日程にするなって話ではあるんだが……偉いさんが若手を軽く見るのは、どこの世界でも同じってことなんだろうなぁ……。
ともあれ。5日間に渡って行われるトーナメントなので、王太子であるジョシュアがその間執務を放り出してずっと観戦しているわけにもいかない。
そのため、初戦は勝つと信じて、ジョシュアはそれ以降の日程を空けるべく、テレーズ嬢と二人で数日分の仕事を今片付けているはずなのだ。
なので、アレックスとしても負けるわけにはいかないのだが。
「しかし、この対戦相手の方は……若手ナンバーワンとも言われる方ですよね」
情報通なサラ嬢が言えば、アレックスの顔がやや硬いものになる。
仕方ないと言えば仕方ないのかも知れないが、学院生4名の初戦は、出場者の中でも特に強い面々が相手となることがほとんど。
言ってしまえば、実質シード枠扱いされてるようなもんだ。
もちろん、そこからの下剋上だっていくつも例はあるから、負けると決まったわけでもないんだが。
「ってことは、そいつに勝ったら実質優勝ってことじゃね?」
と、お気楽な調子でグレイが言った。
……たま~に、ほんっとにたま~に、こいつもトゥルビヨン公爵の血を引いてるんだなって思うことがある。
少なくとも今のアレックスには効果は十分だったようで、余計な力みがなくなり、顔つきが程よく緊張感の残った雰囲気へと変わった。
これならきっと、力を出し切れるんじゃないかと思えるくらいに。
「そうですね、それならジョシュアが最終日まで見ていられるでしょうし」
そんな俺の直感を裏付けるように、アレックスが見せた笑みは力強いものだった。




