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転生伯爵令息は忙しない

 あれは、俺が十歳になったばかりの頃。


「君がグロスバーグ伯爵のとこの子?」


 王宮の一室に連れて来られた俺に、はにかみながらそう声を掛けてきたのがジョシュアだった。

 ちなみにうちの家は正確にはグロスヴァーグなんだが、当時は舌が上手く回らずにヴァがバになっていたようだ。

 俺が帰った後に侍従から指摘を受けて、一人発音練習をしていたらしいのだが、知らないことにしている。

 

 ともあれ、金髪碧眼の絵に描いたような美少年が眼前に現れた瞬間俺は思った。

 『あ、これ乙女ゲーだわ』と。


 正直なところ、我がグロスヴァーグ家は上級騎士や将軍を何人も輩出する武門の家柄で、俺も幼少から鍛えられていたため、RPGやSRPGの可能性も考えていた。

 だが、ショタコンお姉さんが尊さの余り卒倒しそうなショタ王子が登場したのだ、『こいつがメインヒーロー』だなと思ってしまうのは仕方ないと思う。

 

 何てことが一瞬で脳内を駆け巡ったのだが、まさかそんなことを口に出すわけにはいかないし、顔にも出してはいけない場面。

 俺は笑顔を作って胸に手を当て、出来る限り恭しく頭を下げた。


「はい、グロスヴァーグ伯爵が長子、ロイド・グロスヴァーグにございます。

 フランバージュの新しき太陽、ジョシュア・ベルク・フランバージュ殿下、お初にお目通り叶いまして、光栄の至り。心より感謝申し上げます」


 とスラスラ口上を述べれば、周囲から小さく『おぉ』と感嘆の声が聞こえる。

 そりゃまあ、いくら貴族の子息とはいえ十歳の子供が、つっかえることもなくこんな口上を述べるのだから、驚くのも無理はない。

 もちろんこんな挨拶をその場で考えたわけはなく、一週間はかけて自然に言えるよう練習しまくった成果である。

 なんせ元は日本の庶民なのだ、こんな挨拶に慣れているわけがない。

 

 ちなみに、この国においてミドルネームを持つことが出来るのは、基本的に王家の血が入っている家のみ。

 だからうちの家の人間にはフォンだとかが入っていないし、ジョシュアの名前の次に『ベルク』というミドルネームが入っている。


 それはともかく。

 挨拶を受けたジョシュアも勿論驚いたようで、ただでさえ大きな目を更に見開いたまま固まること数秒。

 それから幾度も瞬きをした後、はぁ、と大きく息を吐き出した。


「び、びっくりした……何と言うかロイドは、すごく、すごいのだな」


 語彙。

 いや、まだこの頃のジョシュアも十歳なのだ、仕方ないと言えば仕方ない。

 ……そうでもないか?

 ツッコミたい気持ちをぐっと抑えて、俺はまた頭を下げた。


「お褒めいただき、恐縮でございます。まだまだ未熟でございますが、日々学んでおります甲斐があったと安堵する次第にございます」


 そう俺が返すと、ジョシュアは『むぅ』と言わんばかりに唇を少しばかり尖らせ、周囲にいる侍従や侍女といった大人達はうんうんと頷いている。

 多分俺に期待されてる役割はこんなところだろうと当たりをつけていたが、正解だったようだ。

 

 俺は物心ついた頃には前世の記憶を思い出しており、そのおかげで家庭教師による教育が始まっても楽勝だった。

 楽勝過ぎた。

 なんせ文字さえ覚えてしまえば、読み書き計算、特に計算はお手の物。

 地理歴史といった覚える系は一からやり直しだったが、勉強のコツというか、知識をどう付けていくかはわかっていたから、然程苦労はしなかった。

 ……多分、今の身体の脳みそ自体が割と優秀だったのもあると思う。


 おかげで俺は 天才だとか神童とか呼ばれ、貴族の教育ママ界隈では有名だったらしい。

 当然そんな情報が王妃様にキャッチされないわけもなく、そこから国王陛下にまで伝わったようだ。

 結果、ジョシュアの遊び相手兼学友、という名目の側近候補に抜擢されたわけである。

 となると大人達が期待しているものとして、勉強に対する姿勢を俺から学ぶことが結構上位にあるはずだと読んだわけだ。

 その読みは当たっており、俺はジョシュアの学友として重宝されることになるのだが……後々考えると、これが正解だったかというと疑問が残る。

 いや、貴族社会を生きる人間の選択としては正解だったのだろうが、しかしなぁ。


 という疑問が深まったのはその数日後、また王宮に呼び出された俺は、二人の美少年と引き合わされた時のこと。


「おっ、お前がロイド? ジョシュアに聞いたんだけど、なんかすげーんだってな!」


 挨拶もせず不躾にグイグイくる銀髪翠眼の公爵家のやんちゃ系令息、グレイ・ヴィル・トゥルビヨン。

 ミドルネームが入っているからわかるかも知れないが、王家の血が入っている名門貴族家、トゥルビヨン家の嫡男である。

 の割には言葉遣いがなっておらず、下町のガキンチョみたいな態度なんだが。 


 そしてもう一人。


「ふむ……なるほど、確かに賢そうな顔をしていますね」


 眼鏡を指でクイクイ直しつつ人の顔をジロジロと見回している、青灰色の髪に紺色の瞳をした侯爵家のクール系令息、アレックス・オードヴィット。

 こちらは王家の血が入っていないものの、要職を歴任する重鎮の家である。


 これが、後のアホの子三人組との出会いだった。


 しかし当時こいつらがアホの子であることを知らない俺は、この時確信した。『間違いなく乙女ゲーだわ』と。

 なんせバリエーション豊かなイケメン令息と王子が同い年に固まってて、やがて王立学院に同時に入学するってんだから、これで乙女ゲーじゃなかったら詐欺ってもんである。

 いやまあ、すぐに別の意味で『詐欺じゃね?』と思ったもんだが。

 

 ちなみに俺もそれなりにイケメンだとは思うが、黒髪黒目な俺はメインヒーローではないんだろう、多分。

 いや、偏見だとは思うんだが、黒髪でメインヒーローだと、目が赤だったり金色だったりしないか?

 一応、他にもメインヒーローじゃないんだろうと思う根拠もあったりはする。


 ともあれ、こうしてジョシュア達の遊び相手兼学友となった俺は、頻繁に王宮に出向くことになったわけだ。

 そこからはまあ、うん、色々大変だった。特に、ある程度打ち解けた後。

 

「ううっ、ぐすっ、おわらないよぉ……」

「落ち着けジョシュア、まずはここまでやるんだ、そしたら一旦休憩な?」


 愚直だが不器用で中々課題が進まないジョシュアに飴と鞭を使い分けたり。


「うえ~……勉強もう飽きた~!」

「もったいないな。もうちょっと進んだら、グレイのご先祖様の活躍が出てくるんだが……」

「え、まじ!? どこどこ、ご先祖様のどこ!?」


 飽きっぽいが興味を持ったら食いつくグレイの興味を引こうと四苦八苦したり。


「……ええと、あの本は、この辺りに……わぁっ!?」

「あっぶなっ! 本を探すときだろうが、歩く時はちゃんと足元に気を付けろ!」


 本が好きなのはいいが、すぐに視野が狭くなり足元が御留守になるアレックスがこけそうになるのを支えたり。


 と、それぞれに合わせて手を変え品を変え、なんとか勉強に取り組ませる日々。

 ……なんで俺ばっかり苦労してんですかね、家庭教師とか護衛とか何やってんだ!

 と思わなくもないが、大人である彼らは、逆に中々こういった接し方はできないのかも知れない。

 

 それに、こうして俺が勉強やらの面倒を見ているのは、後々のことを考えるとありだとも思う。


「ジョシュアとグレイは、まず『祭礼』と歴史優先な。特に『祭礼』は学院に入る前にある程度形になってて欲しいし」

「むう……難しいことが多いが、仕方ない。『祭礼』がわからないと、王になれないのだろう?」

「ああ、なんせ最悪の場合、皆食べる物無くなって飢え死にしかねないからなぁ」

「それはだめだ。おなかがすいたら、悲しい。みんなが悲しいと、私も悲しい」


 語彙。いや、この場合はいいか。どちらかと言えば、その心根を評価したいところだし。


 ジョシュアも重要だと認識しているこの『祭礼』だが、これこそフランバージュ王家がこの国の王である所以である。

 なんでもこの国の領土は、地属性の魔力が豊富なんだとか。

 そのため他の国に比べて農作物もかなり育ちやすいらしいのだが、反面、地属性の魔物や魔獣がよく出現する。

 そこで地属性に対して威力を発揮する火属性を強く持つフランバージュ家の祖先がそれらを退治、この辺りを平定したのだそうだ。

 その後、王族が毎度毎度魔物退治に遠征するわけにもいくまいと、国全体に火属性の儀式魔術をかけて地属性の魔物・魔獣の活動を抑えているらしい。

 結果、豊かな地属性のメリットだけを享受し、このフランバージュ王国は大陸でも飛び抜けた豊穣の地となっている。


「グレイもちゃんと学んでくれよ、ジョシュアに万が一があったら、お前がやらないといけないんだからな」

「うぇ~めんどくさ~。……でもまあ、仕方ないかぁ……」


 ぶつくさ言いながらも、投げ出さずに教典を手にするグレイ。

 王家の血が入っているトゥルビヨン家の者は、王家に万が一のことがあった場合、『祭礼』の代行、状況によっては王位に就く可能性がある。

 恐ろしいことに、この気分屋なグレイにも王位継承権があるのだ。

 一応、本人もわかってはいるらしく、飽きっぽいグレイにしては退屈ながらも何とか学ぼうとしている。

 ちなみに、トゥルビヨン家の得意属性は風なんだが……詳しいことはわからないが、それでも代行は出来るらしい。


「まあ、『祭礼』だけでもだめだけどな。水がないと作物は育たないから、アレックスも勉強はしっかりしてもらわないと」

「ふ、任せてください。降水量のデータなどは頭の中にしっかり入っていますよ」

「いや、データ覚えるだけじゃだめなんだけどな。でも、確かにアレックスの記憶力は恐ろしい程だからなぁ」


 クイクイと眼鏡の位置を直しながら誇らしげに言うアレックス。

 彼のオードヴィット家は水属性の人間が多く、そのため現在は王国の水利関係を一手に扱っている。

 つまり、オードヴィット家が迷走したら国が滅びかねない。

 ジョシュアと同等かそれ以上にアレックスがまっとうに育つことは重要だと言ってもいいだろう。


 どうでもいい話だが、俺が自分はメインヒーローじゃないなと思った理由がこれで、俺も水属性なのだ。

 普通なら地水火風の四属性揃えるところに、もう一人水。そして、あまり魔術が得意でない俺と、強力な水属性だけでなく風や地の属性まで使えるアレックス。

 自分で言うのもなんだが、顔もあいつの方がイケメンとくれば、そういうことなんだろうと察するのも仕方ない。


 ともあれ、権威的な意味だけで無く現実的な意味でも重要な三人の手綱を、俺が握らざるを得なくなってしまった。

 乙女ゲーの展開に入って、ヒロインとなる聖女とかそういう女の子が出てきたとして、そこで色恋にうつつを抜かすようなアホの子にならないように。(……これは残念ながら、なってしまったわけだが)

 もしそうなっても、俺の言うことに耳を傾けるような習性が残るように。

 そうしておけば、王国を揺るがす最悪の事態は避けられる可能性が残るんじゃないかと考えたんだ。


 ただその場合、少なくとも俺は正気を保っている必要がある。


 だからそれと並行して、三人と出会った数日後には親父から許可をもらった上で冒険者登録をし、ダンジョンに入っての修行を開始した。

 ヒロインと出会った場合、いわゆる強制力には逆らえないかも知れないし、そうでなくともヒロインが魅了の魔術を使ってくるのが定番とも聞く。

 ならば、どうするか。

 俺が考えついたのは、シンプルにレベルを上げて抵抗する、というものだった。


 ヒロインの魔力がどんなものかはわからないが、比べものにならないくらいのレベル差があれば、魔術であれば対抗できるかも知れない。

 世界の理みたいなものが強制力を発揮したら流石に厳しいだろうが、それでもレベルカンストしてたら抵抗できるかも知れない。

 いや、学院入学までの数年でレベルカンストできるかはわからなかったが。というかレベル制かどうかもわからなかったのだが。

 それでも鍛えた身体と魔術抵抗力は嘘を吐かないだろう。やはりレベル、レベルは全てを解決する。

 仕方ないのだ、グロスヴァーグの家系は脳筋なのだから。


 こうして俺は、アホの子三人組の学友として共に勉強しながら、時間を作ってはダンジョンに挑戦してレベルを上げる生活に入った。

 ちなみに、親父にはダンジョン挑戦を反対されなかった。むしろ推奨された。

 親父は何しろ脳筋の総本家みたいなものだから仕方ない。

 ほんとはジョシュア達も連れていって一緒に鍛えたかったところだが、流石にそれは各家の許可が必要だし警護の問題もあるので断念。

 俺一人でも何とかしてみせる、なんて決意をしながら修行に励んだのだった。

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