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感動は長くは続かない

「グギュア……ア、ガァァァ」


 ジョシュア達が見ている前で、ホブゴブリンが今まで聞いたことのない声を出す。

 頼りない、力無い、叫びにすらならない声。

 声についで、ホブゴブリンの膝から力が抜け、折れて。

 ついで身体が傾ぎ、ズン、と重い音を立てながらその身体を地面へと放り出した。


 言葉もなくその光景を見つめていたジョシュア達の前で、ホブゴブリンの肉体がゆっくりと解けていく。

 魔力の粒となり、さらさらとその身体が流れ、輪郭が崩れていく様は……果たして、今のジョシュア達の目にはどう映ったか。

 ……少なくとも、得意がって下卑たヤジを飛ばすような気分になっていないことに、俺は内心で安堵する。

 これで敗者を辱めるようなことを言い出したら、俺はこいつらとの付き合いを考えないといけなかったところだ。


 だが、そんな光景は描かれなかった。


 力を失い、今輪郭すら失っていくホブゴブリンを、ジョシュア達は神妙な面持ちで見送り。

 やがてその姿が完全に消えてしまうと、ほぅ、と哀切の響きが滲む吐息を零したのだ。

 もうこの時点で、俺の内心は満たされている。

 アホの子達だが、わきまえるべきはわきまえた。そのことが、どうにも嬉しい。


「や……やった、のか……?」


 ぽつりと、ジョシュアが零す。

 前世であれば『やっていない』なんなら敵の復活イベントに使われそうな台詞。

 だが少なくともこのホブゴブリンは、そんなイベントがあるような重要な敵じゃない。

 いきなり復活することも、再出現することもなく、最後の一粒まで、魔力のチリとなって消えていった。


「やった……やったぞぉぉぉ!!!」

「あ、あははは、やった、やったぁ!」

「ふ、ふふ、こ、これくらい、当然、です」

「何言ってんだアレックス、お前眼鏡が涙でびしょびしょじゃねーか、前見えてんのか?」

「し、失敬な、これは涙じゃありません、心の汗です!」


 喜びを弾けさせ、わいわいとはしゃぐジョシュア達。

 俺はうんうんと後方で腕を組み、『こいつらはわしが育てた』顔でその様子を眺めている。


 そりゃ嬉しいだろうさ、あんなデカイ、しかも三人がかりでやっとなくらいの敵を倒したんだから。

 しかも、俺は手を出さずにダメージを肩代わりしただけ。今回の被ダメージ状況を考えれば、回復魔術が使える奴が一人居れば、同じ結果になったことだろう。

 まあつまり、こいつらはほぼほぼ自分達の力だけで倒したのだ、このダンジョンのボスを。


 正直に言えば、予想以上だった。

 いや、上手くいけばあるいは、くらいには思っていたんだが、俺の想像以上にジョシュア達の成長が早かった。

 ……下手すりゃ、成長速度だけなら俺以上かも知れん。これがメインヒーローと脇役の違いなのか?

 ま、それはどうでもいいか。後数年は追いつかれないだろうし、追いつかれたらその時はその時だ。

 

「俺達すごくね? すごくね?」

「ああ、私達はすごい! すごく、すごい!」

「ふ、ふふふふ、これくらい、と、当然です」


 ……調子乗りのグレイがちょっと天狗になりかけてる気がする。ジョシュアやアレックスはまだそこまででもないが……一回どっかで鼻を折っておいた方がいいかこれ。

 ま、それは今考えることでもないし、まして口にして水をさす必要もないだろう。


 勝って嬉しい。

 その当たり前の感情を、ここまで純粋に感じ取れるのは、そう何度もあることじゃない。

 ダンジョン攻略をこなせばこなすだけ、それが当たり前になっていって、純粋さが失われていくものだ。

 俺がそうだった。

 だから、今こうして素直に喜んでいるジョシュア達が、若干まぶしくも感じる。


 っと、感慨に耽ってるだけじゃいけないな、ホブゴブリンのドロップを確認しないと。

 そう思ってホブゴブリンが倒れたところを探れば、良い物が落ちていた。


「……お。ちょっと見てみろよ」


 俺の言葉に、ジョシュア達の視線が集まってくる。

 手にして見せたのは、薄い青色に輝く水晶。『アクアクリスタル』と呼ばれるものだ。

 ホブゴブリンが落とすものとしては、めちゃくちゃ、という程ではないが、そこそこレアなもの。

 名前の通り水を思わせる透明な青さを持つそれは、初めて見る人間には神秘的な輝きに見えることだろう。

 

 だから、それを目にしたジョシュア達の目の輝きったらありゃしない。


 正直に言えば、初心者向けダンジョンで取れるようなものだし、あまり高くは売れないものだ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 今この瞬間において、間違いなくジョシュア達にとって最も価値のある宝石なのだから。


「な、なあ。これをミルキーに贈るのはどうだ?」

「いいじゃん、最高じゃん!」

「そうですね、きっと喜んでくれますよ」


 その最高の宝物を、あの女に贈ろうとする辺りがこう……もやっとするところであり、こいつらを見捨てられないところでもあり。

 この、誰かの為に何か出来る性質を、もっと他の方向に向けてくれたらなぁと思うのはしょっちゅうだ。

 だけどまあ、今ばかりは黙っておこう。

 保護者つきとはいえ彼らが自分の手で掴んだ宝物だ、どう使うかは彼らの自由でいい。




 そう思っていた時もありました。


「え、『アクアクリスタル』じゃん。ホブゴブリンドロップの。しょっぼ」


 ダンジョンから出たその足で男爵邸に向かったジョシュア達が差し出した『アクアクリスタル』を見たミルキーの第一声がそれだった。


 このアマぶちころしたろか、と本気で思った。


「まてロイド、まずい、それはまずい!」

「落ち着け、落ち着けってぇ!」

「そうです、睨むだけで人殺せそうな顔してますよ!?」


 俺の殺気にあてられてミルキーがその場にへたり込み、側にいた使用人らしき男性が気絶して崩れ落ちる中、ジョシュア達三人はガクガクブルブル震えながらも必死にしがみついてくる。

 疲れもピークだろうに、一番傷ついたのは自分達だろうに、殺気を振りまく俺は怖いだろうに。

 それでもこいつらは、俺を止めてくれた。

 カッと血が上っていた頭が、冷えていき、はぁ、と俺は大きく息を吐き出した。

 

 悔しいが、どれだけ頭にこようが、俺は第三者だ。努力を踏みにじられたのはジョシュア達三人、俺じゃない。

 ……悔しいが。腹立たしいが。


「……突然の来訪、失礼した。私達はこれで辞去させていただく」


 ジョシュアが外見通りに整った声で言えば、グレイとアレックスもそれに倣う。

 こいつら三人がそうするのなら、俺に何か言うことなど出来なかった。

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