ホブゴブリンはひるまない
「では、行こうか」
打ち合わせが終わってジョシュアが宣言するように言えば、グレイとアレックスも頷いて返す。
やるべきことの整理は出来ている。
最後の休憩から数回戦闘をしているから、まだ疲れは出ておらず、それでいてテンションは程よい高さ。
もちろんそうなるつもりで休憩場所は調整したんだが。
そんな仕込みもあって、今の三人はベストコンディションに近い状態と言っていいだろう。
「『ディボーション』……よし、じゃあいってこい!」
「ああ、見ていてくれ!」
俺が声をかければ、ジョシュアが力強く頷く。
そして、扉に手を掛けて。
……ばーんと一気に開けないのは、性格なんだろうな。
不意打ちや待ち伏せを警戒して、薄く開けたところから中を確認。
この行動自体は正しい。今回はその備えは不発に終わったが、今後きっと意味を持つだろう。
そして中を見たジョシュアが一瞬びくっとする。
部屋の中央で待ち構えるホブゴブリンは、ボスだから、普通のホブゴブリンと比べてもデカイからなぁ……俺も最初に見た時はびびったもんだ。
ゴブリンの身長が150cm前後、ホブゴブリンは180cmを越えるのもいる。
そして部屋の中にいるのは、2mを越えてるんじゃないかね、あれ。190cmに届きそうな俺より頭一つ以上でかいからなぁ……。
そんなデカイモンスターを見て、ゴクリと喉を鳴らして。
ジョシュアは、ゆっくりと扉を押し開く。
そして見えたホブゴブリンの姿に、グレイとアレックスも一瞬びくっとしたんだが……きっと表情を引き締めて、ジョシュアの後に続いていった。
俺は更にその後、三人の邪魔にならないが『ディボーション』が届く範囲へと。
俺達が部屋に入ったことでホブゴブリンは挑戦者と認識したらしく、ギロリとこちらを睨み付け。
「グルォォォォ!!」
と、鼓膜を震わせるような雄叫びを上げた。
……うん、こんな威嚇行動に接しても、ジョシュア達の戦意は挫けてない。
「……いくぞ!」
気合の声と共にジョシュアがホブゴブリンへと向かって突っ込めば、グレイはその左後ろ……ジョシュアの持つ盾の影に隠れるような位置取りで追走。
アレックスはある程度近づいたところで足を止め、魔術の使用準備を開始。
このフォーメーションで突っ込めば、狙われるのは当然ジョシュアだ。
「グルァッ!」
「く、ぅっ!」
ホブゴブリンが、無造作に棍棒を振り上げ、振り下ろす。
ただそれだけの攻撃が、この体格と筋力でもってすれば必殺の一撃になりうる。
頭上から襲い来るその強く重い一撃を、ジョシュアは掲げた盾で受け止め、苦悶の表情になりながらも耐えきった。
と、その盾の影からグレイが飛び出し、左側、ホブゴブリンから見れば棍棒を持つ右手側へと回り込む。
ホブゴブリンの意識はグレイへと向けられ、打ち下ろしたところで止まっていた棍棒を、横薙ぎに払うが、そんな無造作な攻撃はすばしっこいグレイを捉えることは出来ない。
「鬼さんこっちら~っと!」
「ガァッ、ウガァッ!」
グレイの挑発に視線はそちらへと向き、棍棒を振り切った体勢で吠えるホブゴブリンは、ジョシュアから見れば隙だらけ。
「う、ああぁぁっ!」
今のジョシュアがその隙を見逃すわけもなく、悲鳴のような気合の声を上げながら剣を振るえば、その刃はしっかりとホブゴブリンの脇腹を捉えた。
ゴブリンよりも硬い皮膚に深く刃を入れることは出来なかったが、浅いとも言えない一撃を刻み込む。
「ギャウァァッ!!」
痛みに叫びを上げながらホブゴブリンは左の拳を裏拳気味に振り抜いた、が。
「ぐうっ!?」
剣は強く振りすぎず、すぐに戻して盾を構えるという基本動作を訓練で身体に染みつかせていたジョシュアの防御がギリギリで間に合い、苦悶の声は出たものの、拳はジョシュアを捉えるには至らない。
「ジョシュア、次が来ます!」
「う、わぁっ!?」
拳で揺るがされた盾を持ち直し体勢を整えたところにアレックスの声が響き、直後に振り下ろされる棍棒。
それも、何とか盾で防ぎ、受け止める。
だがホブゴブリンの攻撃は止まらず、左の足が跳ね上がって前蹴りでジョシュアの胴を狙う。
「なん、とぉっ!?」
今度は身体を捻って、胸甲で蹴りを受け流してダメージを最小限に抑えるジョシュア。
「後ろがお留守だぜ、こんにゃろぉ!」
怒濤の攻撃を繰り出してジョシュアにだけ意識を向けていたホブゴブリンの背中に、グレイが連続で斬りつける。
一撃一撃は軽いが、がら空きのところに叩き込んだそれは、いわばクリティカルヒット。
流石に効いたらしくホブゴブリンは振り返り、グレイへと棍棒を振り下ろすも、すぐに離れようとしていたグレイを捉えることはできない。
するとホブゴブリンは、くるっとまた振り返り、ジョシュアへと向き直った。
モンスターの中には、ファーストアタック、最初の一撃を入れた相手に執着し攻撃を集中的に行うタイプがいる。
ホブゴブリンはまさにこのタイプで、事前の作戦はアレックスが覚えていたその性質を織り込んで立てられていた。
さっきの、グレイが気を引いたところでジョシュアが一撃入れたのは、まさに作戦通り。
盾を持ち一番防御力が高いジョシュアが、ホブゴブリンの攻撃を引きつけるのが第一段階。
そして、基本ジョシュアが盾役となり、押し切られないようにグレイが時折茶々を入れるように攻撃して攻撃を分散させて持ちこたえ。
「いきます! 『アイス・ジャベリン』!」
二人が十分に引きつけたところで、アレックスが今使える中で最大の攻撃力を持つ氷の槍を放つ。
水の弾丸『ウォーター・バレット』と違って、硬質で鋭さを持った質量兵器がぶつかれば、通常よりも頑丈なホブゴブリンであっても流石に揺らぐ。
生じた隙に、ジョシュアがヒュッと鋭く小さく突きを入れてホブゴブリンの肌を抉り。
「おらおらおらおら!」
「グッ、ガ、ァァァァ!」
意識がジョシュアに向いたところで、グレイが渾身の連撃。
畳みかけるように繰り出される攻撃に、流石のホブゴブリンも悲鳴のような咆吼を迸らせる。
……だが。
まだ、まだまだ。
ホブゴブリンは動揺を見せながらも、その足腰はいまだしっかりしている。
今も、一度頭を軽く振ったと思えば、連撃直後で体勢が整っていないグレイへと視線を向け、棍棒を振り上げ。
「させるかぁぁぁ!」
そこへ、ジョシュアが渾身の……しかし、深々とは刺さない突きを放つ。
剣の攻撃において、突きは鋭く速く、当てるべき部位に当てれば致命の一撃となる、極めて有効な攻撃だ。
だが、同時にいくつか欠点もあり、その一つが深く突き過ぎると抜けなくなり、次の行動を取るのに遅れが生じる、というもの。
そのため、例えば俺が大学のサークルで居合道を習った時には、三寸だけ刺し入れるつもりで突け、と言われたものだ。
(とてもどうでもいい話だが、俺が大学生だった頃は近隣の大学ではサークルや部活の居合道がそれなりに盛んだった。今がどうかはわからない)
そして愚直なジョシュアは教えを守り、肌を突き抜け内臓に至った所で突きを引き、盾を戻し。
そこに、グレイからまた標的を変えたホブゴブリンの棍棒が襲いかかり、耐えるように受け止める。
ジョシュアの突きは人間や普通のゴブリンであれば行動不能になるような一撃だったというのに、しかしホブゴブリンはまるで堪えた様子がない。
「これでも、まだ、かっ……」
攻撃を重ねて、しかし反撃を受け続け、ジョシュアの声に若干の焦りが滲む。
ホブゴブリンの耐久力がゴブリンとまるで違うことは事前に教えていたが、理屈と体感ではまるで違ったのだろう。
その光景を見ながら、俺は悩んでいた。
どこまで応援を、そして助言をするべきなのだろうか、と。
俺は、この後ホブゴブリンが何をするかわかっている。
それを教えることは、フェアじゃない。そして、ジョシュア達が望んでいるかわからない。
何より、彼らの為になるかわからない。
迷う俺が見ている先で、ホブゴブリンが大きく棍棒を振り上げた。




