侯爵令息は侮れない
こうして割としっかりめに休憩を通った俺達は、ダンジョン攻略を再開した。
さっきの小部屋が大体道のりの半分ほど。
そこから攻略は順調に進む、途中でもう一回休憩。
そして、それから。
「……ここがダンジョン最深部……ボスの部屋か」
見上げるほどに大きくて豪華な扉の前で、ジョシュアが確認するように言う。
「すっげ、いかにもって感じのドアじゃね?」
「むむ……この彫刻のタッチ、オーレリオ期の名工、カーシュワルの流れを感じますね……」
などとグレイやアレックスも感心しているが、俺もここのドアは初心者向けダンジョンには不釣り合いなくらい豪華じゃないかと思った。最初は。
これが他のダンジョンも攻略していくと、大体どこもこれくらい豪華だったので、段々慣れていったんだが……初見だと、こういう反応になるのも無理はない。
いや、アレックスの反応はちょいと予想外だったが。こいつを連れて他のダンジョンのボス部屋見せるのも学術的にはありかも知れん。
今そんなことをしてる余裕はないわけだが。まともに戻せたら、か。
「感心するのは結構だが、この扉も一種のヒントになってるからな、よく観察しろよ」
「え? これがヒントってどういうこと?」
呆けたような顔で扉を見ていたグレイが振り返る。
おい、その顔、何も考えてないだろ。
「一応、この扉から読み取れる情報もあって、ボスが何のモンスターかがある程度類推出来るようになっているんだ」
「へ~……って、全然わかんないんだけど」
お前はもう少し頭を使うことを覚えろ。
こいつ、直感は鋭いくせに論理的に考えたりだとかは苦手だからなぁ……。
いや、もしかしたら直感的にわかるかもとちょっとだけ期待したんだが、残念ながら空振りだったようだ。
「もしかして、大きなモンスターなのか?」
「ほう、なんでそう思った、ジョシュア」
「え、いや、とても単純なんだが、扉が大きいということは、背丈の大きいモンスターが出入りできるように、かと思って」
こういう時は案外シンプルな思考の方が正解に近づくのかも知れんなぁ……。本人には言えないが。
「その視点はいいぞ。実際、中にいるのは身体の大きなモンスターだ」
正解を知ってる俺は、うんうんと頷いて見せる。
後はここまでの道中を考えれば正解が出るはず、と思っていたんだが。
「ああ、なるほど、ということは地属性で何か武器を……いや、棍棒を持っているモンスターでしょうか」
「え。な、なんでそこまでわかるんだ?」
思わぬアレックスの言葉に、俺は慌てて扉を観察する。
……別に棍棒の打撃痕とかないし、どこから棍棒が出てきたかが全くわからん。
「え、ですから、この紋様が意味するところは大きい、で、こちらが地の力、これが武器、それも刃のないものという意味になりまして」
まさかの返答に、俺は絶句する。
今まで何回もここをクリアしたが、そんなことを言われたのは初めてだし、そもそも紋様に意味があるなんてこれっぽっちも思わなかった。
「いや、まったく知らんかった、そんなの。よく知ってたな、アレックス」
「べ、別に、これくらい僕にとっては大したことじゃ、ないんですからね!」
ツンデレおつ。いや、男にツンデレされてもなぁ……そもそも俺そこまでツンデレ好きじゃないし……。
しかし、ほんとに知らんかった。アレックスのやつ、ほんっと知識だけはあるんだなぁ。
これ、ほんとに色んなダンジョンのボス部屋の扉見せたら、色んな情報読み取れるんじゃないか?
まさかな展開だが、これは思わぬ収穫だ。
と思ったのだが、甘かった。
「しかし、その読み取りは正解だ。ってことは、この部屋にいるボスはなんだ?」
ちょっと期待しながら俺はアレックスに聞いたのだが。
「え、わかりませんよ、そんなの」
「なんでだよ!?」
返ってきたのは、悲しい答えだった。
思わず全力で突っ込んじまったぞ、おい。
だというのに、更に斜め上な言葉が待っていた。
「なんでって、地属性で大型の、武器を持っているモンスターなんて山ほどいるじゃないですか。
むしろ武器を所持しているモンスターは地属性に多くてですね」
「そうか~、そうきたか~……」
下手に多い知識が逆に仇になったというか、その中から探し出す能力が欠如しているというか……。
あれだ、アレックスにとっては検索のワードが足りてなくて絞り切れてないんだ。何か白い空間で背景の本棚が全然減ってないイメージが浮かんできたぞ。
こういうとこが、アレックスの残念なところだよなぁ……。
多分ゲームだと、そこから主人公が答えを見つけ出すから、それでも良かったんだろう。
だが、都合良く答えを出して導いてくれる存在がいない現実においては、その膨大すぎる知識はむしろ足かせですらあるなこれ。
「え、そんなの、ゴブリンの強いやつじゃねぇの?」
だから、直感で思いついたことを口にするグレイが、今ここに居たことは幸いだったのかも知れない。
悔しいが、膠着した事態を打開するのは、往々にしてこういう思い切りだけはいい奴だ。
それを聞いてアレックスははっとした顔になった。
「い、言われてみれば、こことここの紋様を繋げれば、ゴブリンを意味することに!」
「それも書いてあったのかよ!?」
更にまさかだった。
これ、きちんと分析したら全部答えが書いてあるんじゃないか……?
「情報を総合すると、ボスは棍棒を持ったホブゴブリンですね! それも、子分のゴブリンを従えず、単独です!」
俺が考えている間に、アレックスは正解に辿り着いていた。
てか、一体だけなのも書いてあったのかよ。
うん、まさかそこまではっきりわかるとは思わなかったよ、俺。
「せ、正解だ……まさかそこまでわかるとは思わなかったが」
賞賛していいのか呆れていいのか……いや、たまには素直に褒めてやるか。
「ここまで扉に情報が刻まれてるとは俺も知らなかった。大したもんだな、アレックス」
「まじすげーよな、俺なんもわからんかったし!」
「うん、びっくりした。アレックスもすごくすごいな!」
ジョシュア、語彙。いや、俺も驚いてるから、ジョシュアは尚更かも知れんが。
俺達三人の賞賛を受けたアレックスは、びくっと身体を震わせ硬直した。なんでだ。
「べ、別にあなた達のために解読したわけじゃないんですからね! これは僕の優秀さを示すためにですね!」
ツンデレおつ。つか、顔真っ赤じゃないか、めっちゃ照れてやんの。
いやまあ、気持ちはわからんでもないが。
あれだ、クイズ番組で周りが全然わからんのに自分一人だけ正解に辿り着けた的な。
この世界にテレビはないから、慣れてない分もっと感動は大きいかも知れん。
照れるアレックスというのが珍しいせいか、グレイが若干調子に乗って褒めてんだかからかってんだかわからないことを言い出したりしてる横で、ジョシュアが真面目な顔になる。
「ところでロイド。……その、ホブゴブリンは、倒せるだろうか。……三人で」
おずおずとした問いかけに、俺の眉が片方上がる。
まさか、ジョシュアから言ってくるとは。
ダンジョンに入ったばかりのジョシュア達三人だったら、もちろん話にならなかっただろう。
だが、このダンジョンを攻略していく内に、三人はメキメキと強くなっていた。
前世はもちろんのこと、こっちの世界でも普通の訓練による成長じゃ見られない勢いで。
「そうだな、絶対に勝てるとは言わないが、悪くない勝負になると思うぞ」
だから、挑戦してみるかと聞くつもりだったんだが、先を越されてしまった。
俺達の話を聞いていたのか、グレイもアレックスもこっちを見ている。
その目に宿る意思の強さを見るに、どうやら二人とも同じ意見らしい。
あ~……ほんとに成長してんだな、この一回の挑戦だけでも。
そんなもん見せられたら、止めるわけにはいかないじゃないか。
「悪いが、『ディボーション』はかけさせてもらうぞ。流石にあれなしで挑ませるわけにはいかない。
だからある意味で負けはないんだが……今のお前等なら、ほんとの意味で勝ったか負けたかはわかるだろ。
それでよければ、やってみろ!」
正確に言えば、こいつらが食らいまくって俺が堪えきれなくなったらその限りではないんだが、もう今のジョシュア達ならその心配はいらないだろう。
ていうか、そこまでいく前に敗北を悟るはず。
であれば、ホブゴブリンに挑ませるのはこいつらのいい経験になる、と思う。
俺のGOサインに、ジョシュア達三人は目を輝かせる。
……やめろ、そんなはしゃいでるワンコみたいなキラキラ瞳はやめろ!
くっそ、こいつらはほんとにこんなんで貴族社会を渡っていけるのか!?
「あ、ありがとうロイド! 頑張る、頑張るから!」
「頑張るっていうか、ばっちり倒して見せるからな!」
「ホブゴブリンの生態はしっかり頭に入っています、任せてください」
めっちゃやる気になってるな、こいつら……っていうかちょっと待て。
「まてアレックス、その情報をちょっと整理しろ、戦闘に必要ない情報は一旦置いとけ!」
こいつだったら全く関係ない、生息地域だとか学術的な情報を思い出して振り回されかねないからな……。
俺がツッコミを入れたおかげか、ジョシュアやグレイがアレックスにホブゴブリンの特徴を質問する形で情報の共有と整理が進んでいく。
聞いている限り、押さえておきたい情報は大体聞けているようだ。
こうやってポイントを抑えられているのも、実戦経験からどういう情報が必要かわかるようになったから、かも知れん。
ほんと、成長したな。
しみじみ思いながら、俺は三人の作戦会議を見守っていた。




