王太子達は涙もろい
「さて、グレイ。そこに正座」
何とかゴブリンを倒し終わって、一息だけついて。
俺はこれ以上ないくらいの威圧感と低い声でグレイへと命じる。
……流石にグレイも悪いとは思っていたのか、大人しく石で舗装された床の上に正座した。
「なんで正座か、わかってるか?」
「……わかってる、あれは俺が悪い、ごめん……」
しょぼんと肩を落としながら答えるグレイ。
その言い方に、ふてくされただとか開き直っただとかな様子はない。
どうやら本当に反省しているようだ。
そのことに、俺は内心でほっとする。
絶対に顔には出さず、厳しい顔を作りながら。
これで反省してくれるなら、まだ持ち直せる。
何より、こんなトラブルの後を立て直すために俺がここにいるんだから。
「わかってるっていうなら、何が悪かったのか言ってみろ」
そうは思いつつも、いや、むしろだからこそ、反省したで済ませるわけにはいかない。
何が悪かったのか理解させる、つまり言語化させる。
そうすることで、次への教訓になるのだから。
「……面白そうだからって浮かれて、一人で突っ走った。パーティメンバーとの連携とか全く考えなしに。
ロイドの言ってたことも忘れてたし、その後なんて最悪。
あれ、ロイドだから何とかしてくれたけど、ジョシュアとアレックスだけだったら、多分全員纏めてリタイアだったろ……?」
グレイから返ってきた答えに、俺はぴくっと片眉を上げてしまう。
なんだよ、思ったよりずっとわかってるじゃないか。
一人突出したことが拙い、っていうのを最初にわかって欲しかったんだが、グレイはそれ以上のことまで理解していた。
この辺りは、ケビンおじさんことトゥルビヨン公爵閣下の息子だけある、かも知れない。
あの人はほんっと直感的に要点を掴むのが上手いんだが、グレイもまた、あれだけ慌てふためいていた中で大事なポイントを掴んでいたらしい。
「そうだな、お前があのままゴブリン達を引き連れてきたら、今のジョシュアじゃもたない。
当然そのままアレックスも為す術なく倒されて、残るは逃げたお前だけ、ってなってた可能性は極めて高い」
俺が容赦なく言えば、びくっとグレイは肩を振るわせて。
それから、膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
……色々言い返したいこともあるだろうし、普段のグレイなら絶対に言い返してくるところだ。
だが、自分も危なかったし、友人二人も危なかった。
そう理解した上で自己保身に走るようなクズじゃなかったことに、ほっとする。
いや、ほんとこういう場面って、今まで伏せられていた本性が出るもんなんだって。
そこでこれだ、やっぱりグレイの根っこは悪い奴じゃない。色々残念なとこはあるが。
「まあ、俺という保護者がいたからこその気の緩みかも知れんが……そんな甘ったれた根性で稼げると思うな。
何だったら、ここでの稼ぎを全部護衛代だって俺が持ってくことだって出来るんだからな?」
元々の動機は、ここで稼いでギャラクティカ男爵令嬢、ミルキーへのプレゼント代を稼ぐこと。
だというのに、彼女に対して全く興味がない俺におんぶに抱っこってのは筋が通らないだろう。
流石に、そこまで赤裸々に言うつもりはないが。
そして、今の一戦で、それが冗談でもなんでもない事に、グレイもジョシュアもアレックスも気付いたらしい。
正直なところ、このダンジョンは俺一人で簡単に突破できる。
ただ突破する、稼ぐってだけなら、俺一人で十分どころか過剰戦力なくらいだ。
……だってのに一緒に来る俺も大概お人好しだってのはわかってるんだが、こう、色々仕方ないだろ?
とか自分に言い訳をしてる間にも、グレイ達の反省は進んでいたらしい。
「そうだよな、このままだったら俺達、ロイドに稼がせてもらった……おこぼれもらったみたいなもんだよな……」
「おこぼれどころか、全部こぼしてもらうようなものだ、これは」
「話に聞くコバンザメもかくや……もしかしたらそれより酷いかも知れません」
……なんでコバンザメ知ってんだ、アレックス。つか、本に載ってるのかコバンザメ。
あれの生態って中々わかりにくいと思うんだが……いや、そうじゃない。
「言っちゃなんだが、俺一人で全部倒すことは出来る。だが、それじゃお前等の経験にならないし、強さにも繋がらない。
……ただ、それで稼ぐことを恥ずかしいと思う分別がお前等にあって良かったと、心から思う。
おかげで俺は、まだお前等の友人でいられるからな」
我ながらこっぱずかしい台詞だが、ここは恥ずかしがってるところじゃないだろう。
ここでのやり取りが、グレイはもちろんジョシュア達の今後を大きく左右するっていう予感があったから。
そして、どうやらそれは外れじゃなかったらしい。
「ロ、ロイドォ!!」
「うわっ、ちょっ、グレイ、お前そんなキャラじゃないだろ!?」
「ロイドォォォォ!!」
「だぁっ、なんでジョシュアが泣いてんだ、鬱陶しい!」
直情型な二人が、泣きながら俺にしがみついてきた。
やめろ、俺はこういう暑苦しいのは苦手なんだ!
いや、騎士団なんていう暑苦しい集団に顔を出しているくせにとか言われたら反論は出来ないんだが!
「ふ、ふふ、ふた、りとも、なにを、とりみだ、してっ、いる、のですっ、かっ」
唯一アレックスだけはしがみついてこなかったんだが……カチカチと音がする位に忙しなく眼鏡を何度も何度も指で押し上げ直しているし、そのレンズは濡れて曇っている。
いやおかしいだろ、なんでそんなに水蒸気が出てんだ、あれか、水属性が強いから涙を蒸発させてんのか。
何か『水操作』、水の移動や変形、状態変化を得意とする人間がいると聞いたことはあるが、まさかアレックスがそうなのか?
いや、ある意味納得か、乙女ゲーのヒーローなら。
……めっちゃ色々有用じゃねぇかこれ。いや、利用法はまた今度考えよう。
「お前等落ち着け、なんでこんな入り口で大騒ぎになってんだよ、いや、グレイがアホかましたからだってのはわかってんだが!」
慌てて俺は三人を宥めようとするも、中々に泣き止まない。
おかしい、なんだってこんなに……いや、そりゃそう、か?
前々から疑念に思っていたんだが、ジョシュア達は妙に現場から離されて、机上の空論ばかりを学ばされているところはあった。
今まで散々アホの子呼ばわりしていたが、それは現実的な被害のない所業だったから笑い話で済んでいたとも言える。
だが、今こうして、二重三重に保険をかけているとはいえ、現実に被害を……それも、とても明確にわかりやすい形でもたらす所だったんだ、急速に、かつ鮮明に自覚したとしてもおかしくはない。
「わかった、わかったから! 今のは事故みたいなもんだ、仕方ない!
今から仕切り直しだ、各自の役割分担をしっかりするぞ!」
俺が音頭を取ると、ジョシュア達三人は、まだ涙で目を濡らしながらもしっかり頷いて返してくる。
まずその表情そのものが、なんかこう一皮剥けた感があるんだが……これは、まだ言わないでおこう。
「よっし、まずはだな」
と、俺はジョシュア達に指示を出していく。
それは、ダンジョン挑戦前に考えていたものよりも、ジョシュア達に負荷の高いもの。
だが、今のこいつらなら出来るだろう、きっと。
俺がそんなことを思うくらいに、ジョシュア達の目は真剣味が違っていた。
 




