伯爵令息は照れくさい
しかし、希望が見えたからといって……いや、だからこそ準備はしっかりせねば。
このダンジョン攻略、思ったよりも大きな意味を持ちそうだから、無事に、出来れば成功で終わらせたい。
そのためには、まず装備へのアドバイスが重要になるだろう。
「さて、ジョシュアの装備に関して言えば、当然フルプレートは却下。
ブレストプレートか……いや、もしその胴鎧だけ着けるってことが可能なら、それが一番かな。
それから、ヘルムや肩当てはもっと軽いものを。腕もそいつじゃなくて指が動かしやすい手甲に変えた方がいい。
基準は、一人で着脱出来るものを、だな」
「しかしそれだと、軽装過ぎないか? 何だか心許ないのだけれど……」
あれこれと指示を出す俺に、不安をありありと見せながらジョシュアが尋ねてくる。
本人が心配性というかヘタレというかな性格だというのもあるが、実際王子であるジョシュアに万が一があれば本人だけでなく俺達だって色々と拙いことになる。
そうならない為の仕込みももちろんしていくんだが。
「その心配はもっともだが、今回のダンジョンであれば、軽装でも大きな問題はない。
ただし、そのためには約束事を守ってもらうことになるが」
「え~、約束事とかめんどい~」
いきなりぶー垂れるグレイ。
わかってた、お前はそういう奴だって。だから、俺だってちゃんと対策は練っているんだ。
「一つ一つはそんなに難しいものじゃない。一つは『帰還石』を落としたりしないようしっかり所持しておくこと。
紐を通して首から提げるなり、服に縫い付けるなり、だな」
「あ~、あれかぁ、授業で一回だけ見たやつ! 自分の分もらえるの、楽しみにしてたんだ!」
俺が説明したら、またいきなり機嫌が良くなった。ほんとこいつは面倒くさいがわかりやすい。
そんなグレイの興味を引いた『帰還石』だが、前にも触れた通りこれもまたゲーム的なアイテムである。
ある程度以上のダメージを負ったり、所持者が意識を失ったりすると強制的に所定の位置へ転移させるという、ダンジョン探索における命綱的アイテムだ。
使える場所がダンジョンの中など限られている、というのもなんだかそれっぽい。
そして使用可能範囲が限定的なためか比較的安くで手に入るので、貴族連中はもちろん、平民の冒険者も駆け出し以降は持っている奴が大半だ。というか、『帰還石』を手に入れるのが冒険者の本当のスタートラインと言ってもいいだろう。
ただし『帰還石』を持っていても絶対に安全というわけではなく、例えば『ダメージを負うと』ってのが曲者で、ミンチになるような大ダメージの一撃を食らうと転移発動前に死亡してしまう。
だからあまりに背伸びしたダンジョン挑戦は推奨されないし、そんなところに連れて行くつもりもない。
今回のダンジョンは初心者向け、ゴブリンだとかしかいないから一撃でどうこうということはないはずだ。
「それからもう一つ、俺から離れすぎないこと。とりえずこの二つを守れば大怪我はないはずだ。
なんせ俺にはこれがあるからな。『ディボーション』」
スキル名を宣言して使用すれば、俺の身体から三本の光が伸びてジョシュア達と俺とを繋ぐような形になる。
よく見れば、薄い光の膜のようなものがジョシュア達の身体を覆っていた。
それを見て、ジョシュア達よりも付いてきた従者の人達の方が驚いていたりするのだが。
「『ディボーション』、献身を意味するスキル。効果対象が受けたダメージを使用者が肩代わりするため、効果中は対象がダメージを受けることはほとんどないというものですね」
「え、まじで? めっちゃすげースキルじゃね?」
説明を聞いてグレイが声を上げれば、アレックスはこくりと頷いて見せる。
「ええ、王族や高位貴族の専属護衛など、騎士の中でも特に優れた者が身に付けているスキルです。
まして三人同時など滅多には……な、なんですってぇぇぇぇぇ!?」
「今!? 驚くの今!?」
いきなり悲鳴染みた声で驚くアレックスへと、グレイがツッコミを入れた。
まあうん、アレックスだからな、仕方が無い。
驚異的な集中力と恐るべき記憶力を持つアレックスだが、実は頭の回転がこんな感じなんだよな。
つまり、ジョシュアやグレイとはまた違ったタイプのアホの子なのである。
だから逆に質が悪いというか……数学以外のペーパーテストの点は良いから、大人達は中々アレックスの問題点に気がつけない。
オードヴィット侯爵閣下も、もしかしたらアレックスのこういうとこに気付いていないんじゃないかと思うことがあるし。
日頃から頭を使う訓練でもしていれば改善出来るかも知れんが、果たしてどこまで効果があるのやら。
ともあれ、延々解説していたくせに、ようやっと今、理解が及んだらしい。
「な、なぜロイドが、三人同時『ディボーション』などという高等テクニックを使えるのですか!?」
「そりゃまあ……鍛えてるから、としか」
「そんな一言で済むような話ではないですよ!?」
アレックスが言い募る気持ちもわかる。わかるんだが、事実なんだからしょうがない。
なんせ五年前にこいつらと出会った時から、それも前世でRPGを結構やりこんでレベル上げのコツなんかを掴んでる俺が励んでいたもんだから、俺のレベルというか強さは、同年代と比べて明らかにおかしなものになっている。
……そんな俺とやりあえるサラ嬢もまた、何かがおかしいわけだが。
「俺が何で使えるかは置いといて。こいつがあるから滅多な事じゃお前達には傷一つ付かないから、安心しろ」
「あ、ああ、ありがとう。……すまないロイド、そう聞くと、今度は過保護じゃないかと思えてきた……」
「まあ、過保護かそうじゃないかと言われたら、過保護だが」
言葉通りに申し訳なさそうな顔のジョシュア。
こんなに顔に出て、王族として大丈夫かという心配もあるが……いや、この国だと大丈夫なのかな。
『祭礼』さえこなせれば……もっと言えば、フランバージュ王家の魔力を十分に持ってさえいればいい、というのがこの国での王族の扱いのほんとのとこじゃないかと思うことが、段々増えて来たからなぁ……。
もしかしたら、ジョシュアもそれでいいのかと思うことが増えてるから、こんなことを言い出したのかも知れないが。
「やはりそうだよな? だったら……」
「だがまあ。……これは、お前等が心配だから着いていきたいっていう俺の我が儘みたいなもんだ、黙って守られてろ」
実際、こいつら三人だけで挑戦っていうのは不安で仕方が無い。
誰か一人でもパニクったらアウトだと思うし、多分三人が三人ともパニクる可能性が低くないとも思っている。
だから俺一人が外で待っていたら絶対神経がすり減るし、何かしようにも手に付かないのは間違いないからなぁ……引率してた方がましというものだ。
「ロ、ロイドォ……」
「だぁっ、泣くな、縋り付くな、鬱陶しい!」
という俺の内心を知るわけもなく、ジョシュアが感涙といった顔で俺に迫ってくる。
やめろ、俺はそんな目で見られるような人間じゃないんだ!
「へへっ、照れんなよ、ロイド!」
「ふ、ロイドにも可愛いところがあるんですね」
「何を訳知り顔で言ってんだお前等!」
違うぞ、俺はそんなキャラじゃない、照れてるとかじゃないんだからな!
ああくっそ、なんか調子狂うな!
「とにかく、だからある程度軽装でいいから、心配するな!
……あ、全員一つだけ指定する装備があるから、前日までに用意しとけ」
「お、何々?」
苦手な空気になりそうだったところで強引に話題を変えたところ、グレイが食いついてきた。
はぁ、こういう良くも悪くも切り替えが早いのは、今はありがたいな。
「足下はブーツに、すね当てを付けてこい。出来れば金属製がいいが、歩いて重たく感じるならハードレザーのでもよしとする。
何せ初めてのチャレンジだからな、自覚のない緊張で視野が狭まりやすい。特に足下は疎かになりがちだから、だったら最初から防具を着けておこうって考え方だ」
「な、なるほど……剣の稽古でも、足下は防御がしにくいなと思っていた」
俺の説明に、ジョシュアが納得したように頷く。
実際、剣は上半身の攻撃に対しては柔軟に防御出来るが、下半身に対しては、長さによっては応対がしにくい。
特に槍相手だと下半身は徹底的に狙われるし、かなり辛い。ゴブリン連中もたまにボロい槍使ってるから、注意しといた方がいいだろう。
後、足下に仕掛けられたトラップに対しても有効なことがあるしな。
「え~、でも何か邪魔だし、すね当てとかかっこ悪くね?」
と、理屈よりフィーリングなグレイは不満顔である。だが、それに対する手段も考えてある。
「そんなことはないぞ? かつて剣闘士奴隷から身を立てて一国の王にまで登り詰めた英雄が、闘技場でも指折りの槍使いと戦った時に勝敗を分けたのはこのすね当てと言われていてだな」
「え、何その話、めっちゃ面白そうなんだけど!?」
俺が語り出した途端、グレイが食いついてきた。ふ、チョロいな。
こうやってグレイの興味を引くために、俺は前世の記憶から様々な物語、そのエピソードを引っ張り出して語って聞かせることが多くなった。
最近じゃ、吟遊詩人としても食っていけるかなと思うくらいだ。冗談だが。
ただまあ、ちょっと計算違いもあって。
「それは興味深いですね、ロイドの語る英雄譚は僕も知らないものが多いですし」
「うん、アレックスも知らないだなんて、本当にすごくすごいな!」
アレックスにジョシュアも食いついてくるようになってきたんだよなぁ……。
覚えるだけならアレックスはほっといても覚えるし、ジョシュアは愚直にやろうとはするので、興味を引く効果はあまりなかったりするんだが……まあ、いいか。
「仕方ない、足下の防御が如何に大切かもわかる話だから、語ってやろう。昔々、後に傭兵王と呼ばれる英雄がいてだな……」
と俺は語り出した。
一応防具の大事さはわかってもらえたらしく、ダンジョン挑戦前日にもう一度チェックした時には、三人ともバランスよく防具を身に着けていたのだった。
 




