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王太子殿下は息が続かない

 重々しくゆっくりと響いてくる金属の足音。

 それが、執務室の扉の前で止まった。


 が。


「……入ってこないんだけど?」


 ガチャガチャとノブの辺りで音はしているのに、しばらく待っても扉が開かず、グレイが首を傾げる。

 これはあれだな、多分。


「恐らく、金属製のガントレットを着けてるんだろう。あれは指とか手首の動きがかなり制限されるから、慣れないとドアノブが回せなくてもおかしくない」


 あれだ、剣道の小手が金属で出来てるイメージだ。

 とても頑丈な反面、武器を握るくらいしか出来なくなるんで、こういったことも起こる。

 ってか侍従の人も付き添ってんだろうし開けてやれよな……まさか一人だとかないよな?

 つーか俺の想像通りなら、数人で後ろに控えてないと色々危ないはずなんだが。


「……す、すまない、ドアを開けてくれないか……?」


 などと考えていたら、扉の向こうからジョシュアの声がした。

 若干くぐもった感じがする辺り……こりゃフルヘルム、頭部全体を覆う金属製の兜まで被ってるな。てことは、やっぱりか。

 

「なんだよ、ドアくらい開けられねーのかよ」


 などと悪態を吐きながらもグレイが真っ先にドアを開けてやった。

 うん、こういうとこがある奴なんだよな。

 

 そして、ドアを開けた向こうには、後ろに数人の従者を従え予想通りの格好をしたジョシュアらしき人物がいた。


「うわっ、かっけー!! 凄いじゃんジョシュア、この鎧、超かっけー!」


 それを見た、グレイは大はしゃぎである。

 そう、そこには全身板金鎧を身に纏ったジョシュアが立っていたのだ。

 流石王太子が身に付けるだけあって、その造りは見事の一言。

 ジョシュアの身体にぴったりフィットしているのはもちろんのこと、可動域も出来るだけ広く作られ、動きやすいものになっている。……あくまでも全身板金鎧としては、だが。

 また、鎧としての機能が高いだけでなくデザイン性も秀逸で、思わず俺の中の男の子がうずくくらいにはかっこいい。


 当然グレイは目をキラキラとさせているし、アレックスも嫌いじゃないようだ。

 まあ、騎士の鎧姿が嫌いな男の子なんてそうそういないだろうしなぁ。


 しかし、だ。


「よし、ジョシュア。今すぐそれを脱げ」


 俺は無情にも宣告した。


「なっ!? ま、待ってくれ、折角ここまで来たのに、いきなりか!?」


 悲鳴のような声を上げるジョシュア。なんならグレイも『え~』と不満そうな顔をしている。

 だが、駄目なもんは駄目なんだから仕方ない。


「待たん。今すぐ、脱げ。いや、そもそもだ、お前、それ一人で脱げるか?」


 俺の問いに、しばしの沈黙が降りる。


「……む、無理、だ……」


 だよなぁ。

 後ろに控えてる従者の皆さんも戸惑ってるが、これはどっちの意味かねぇ。

 

「グレイ、アレックス、なんで俺がジョシュアに一人で脱げるかを聞いたかわかるか?」


 ある意味丁度良い授業素材を前に俺が問えば、グレイは首を捻る。

 が、アレックスはああいう準備をしてきただけに、わかったらしい。


「一人で脱げないと、道中で休憩しようとしてもまともな休憩になりませんね。つまり、継戦能力が著しく落ちます」

「その通り。ついでに言えば、一人で着けられないと、脱いだらその時点で終わりなわけだ。

 まあ俺達が手伝ってやるって手はあるが、その間全員の手が塞がっちまうのはよろしくない。

 俺が同行しない時なら、グレイが見張りでアレックスが装着補助になるだろうが……やれそうか?」

「無理ですね。ガントレットを持ち上げるだけでも一苦労でしょう」


 眼鏡をくいっと押し上げてかっこつけているのに何とも情けない物言いだが、事実を把握しているという意味では変に意地を張られるよりも余程良い。

 魔法使いタイプで体力のないアレックスに、全部で20kg前後ある鎧を一人でジョシュアに着せるなんて、相当過酷な労働だ。

 休憩した後に疲れ果てる、なんて笑えないことが起きかねない。


「もっともそれ以前に、休憩場所まで辿り着けるのかって問題があるけどな。

 歩けるのは歩けるみたいだが、歩き続けるのはきついだろ。ダンジョンの中は馬つれていけないし」

「ぐっ……じ、実は、ここまで来るだけでもかなりしんどかった……」

「さっきグレイ達にも言ったが、全行程3.5km前後あるからな?

 ついでに言えば、すっころびでもしたら、立ち上がるのにも一苦労だろうし」


 だからこけた時に支える、もしくは助け起こす要員として数人後ろに控えていたんだろうが、彼らにダンジョンまでついてきてもらうわけにはいかんだろうし。

 

 俺がそこまで言ったところで、ジョシュアから返答がない。

 多分、今頭の中でぐるぐる考えが回っているんだろう。

 

 と、考えがまとまったのか、というか俺の言ったことに納得したのか、ジョシュアはヘルムに手を掛けた。

 いや、掛けようとした。が、ガチャガチャと音を立てるばかりで一向に脱ぐことが出来ない。

 ならばとガントレットを外そうとするのだが、やはり掴むことが出来ないでいる。

 そうやってしばしガチャガチャと悪戦苦闘したジョシュアは。


「た、助けてくれ……」


 と、情けない声で助けを請うたのだった。


「まったく……だから、困るだろ? あ、俺が脱がせても構いませんか?」

「あ、いえ、でしたら我々が」


 念のためにと従者の人達に確認したら、やんわりと拒否された。

 多分、伯爵家令息の手を煩わせるわけにはいかない、というのが一つ。

 しかし一番大きいのは、王家の人間が着けている鎧の構造や着脱方法を外部の人間に出来るだけ知られたくないってのがあるんだろうな。

 もちろん全くそんな気はないが、俺みたいな人間が鎧の構造を把握したら、どう攻撃したら致命的かがわかってしまう。

 それを避けようとするのは、仕える者として当然のことだろう。


 よく教育されている人達だなぁ、と感心している間に彼らはテキパキと動き、ジョシュアの身体から鎧を取り外していく。

 程なくして鎧から解放された汗だくのジョシュアは、大きく息を吸って。


「空気が、美味しい……」


 などと感慨深げに呟いた。

 そりゃまあ、フルフェイスヘルムの中で吸う空気は、湿度も高いし汗の臭いが充満しているしでクソまずいからなぁ。

 それから解放されたとなれば、そりゃ空気も美味かろう。


「鎧を着けた部屋からここまでですらそんなになるんだ、戦闘もあるダンジョンでの活動なんてまともに出来るわけないのがわかったか?」

「とても、よくわかった……事前に確認していなかったらと思うと、ぞっとする……」


 しゅんとした顔でうなだれるジョシュア。

 ダンジョンに挑戦だと意気込んでたところに現実を突きつけられたんだ、そうなるのも仕方ない。

 だが、こっちとしてもそんな無謀な挑戦をさせるわけにもいかないしなぁ。


「だから事前に確認したんだし、しておいた方がいい失敗ってものもある。

 大事なのはそれを受けてちゃんと改めることだぞ」

「ロ、ロイドォ……」


 やめろ、涙で滲んだ縋るような目を向けてくるな。

 ちくしょう、こういうとこは小さい頃とあまり変わってないのが……うん?

 そういや、ダンジョンの話になってからのこいつら、反応がミルキーに出会う前みたいになってるな……?

 なんだ、ミルキーのゲーム進行と関係ないところでの話だからか、それとも何か他の要因があるのか。

 いずれにせよ、もしかしたらこのダンジョン挑戦、俺が狙った以上の効果があるのかも知れない。

 そんな微かな希望を、俺は抱いたのだった。

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