伯爵令息は頷かない
そして、翌日の王太子執務室。
「おいグレイ。なんだその格好」
「え? ダンジョンに潜る装備だけど?」
ジト目の俺に対して、平気な顔で答えるグレイ。
わかってた、多分そうだろうと思っていた。
だから今日こうして集めたわけだが、本当に予想通りだよ、コノヤロウ!
「オーケー、まずショートソード二刀流はいいだろう」
額を抑えながら、怒鳴りそうになるのを抑えながら俺は言う。
実際、俺が見る限り、グレイは風属性が強いこともあってか、RPGで言うところのシーフやローグ、スカウトのような探索能力と素早さに重点を置いた動きが向いている。
そんなグレイにとって一番いい選択は弓だと思っているんだが、ショートソードもありだと思う。
今の段階で二刀流はちょっと背伸びし過ぎだとは思うが、こいつの器用さならできなくもない、だろう。
「鎧がハードレザーの胸当て、というのはありだ。というか初心者が考えたにしてはかなり正解に近い」
「へっへ~、そう? やったぜ、じいやに相談した甲斐があった!」
と、得意げなグレイ。ちょっと褒めるとすぐこれだもんなぁ。
しっかし、流石トゥルビヨン家のじいやさん、いいチョイスだ。
グレイの特性を考えれば、重い鎧はむしろ足かせになる。
となると、金属製か革製の胸当てがベターな選択肢になるのだが、そこでハードレザー、薬品で煮て固くした革の胸当てを勧めてくるあたり、よくわかってらっしゃる。
俺も、グレイの防具を選べと言われたらハードレザー一択だからな。
「ただまあ、そもそもの大前提が伴ってないから、それだけで失格なんだがな」
「はぁ!? なんでだよ、武器も防具も悪くないんだろ!?」
ばっさりと俺が所見を述べれば、案の定グレイは食って掛かってきた。
うん、言い返したくなる気持ちはわかる。わかるんだが。
「うん、だからこそ、とも言えるんだが。……ああ、丁度いいとこにいい例が来たから、一緒に説明しよう」
ぎゃあぎゃあと煩いグレイをしり目に俺が視線を向けた先では、アレックスがこちらへと向かってくるところだった。
よろよろと、かなり覚束ない足取りで。手にしたメイジスタッフ、魔法使い用の長い杖を突きながら……いや、それにすがりつきながら。
「こ、こん、ぜはっ、にっ、ぐふっ、ごふぉあぁ」
「落ち着け、良いからしゃべるな、ああもう、その水袋から水を飲め!」
挨拶しようとしても息切れが邪魔をしてまともにしゃべれないアレックスを押しとどめ、背負っているバックパックに吊るされた水袋を取って渡してやる。
この時点である程度わかっているかも知れないが、このバックパックがシャレにならないくらいでかい。おまけにぱっつぱつ。
どんだけの荷物詰め込んでんだってくらいに満杯である。
「うわっ、アレックスなんでそんな大荷物なんだ!? ってか、お前杖とローブだけでいいんじゃね??」
「な、何、をローブでは、やわっ……ソフト、レザー……他にも、食料、薬、水……それから……休憩用の敷物に簡易テントに……」
と、息も絶え絶えに言葉を続けるアレックスが防具に続けて挙げた品目は、確かにあると嬉しいものばかり。
逆に言えば、あると嬉しいであって、必須ではないものもいくつかある。
「まあ、これがお前らの陥ってた間違いだわな。
グレイは携行品が少なすぎ。逆にアレックスは石橋を叩きまくって壊したって感じだ」
二人を見やりながら俺が言うも、グレイは若干納得していない。
アレックスはまだ、納得というか、理解しているようだが。
「わかりやすく言えば、グレイ、お前はダンジョンの道中で腹減って動けなくなるか喉乾いて動けなくなるか、どっちかだ」
「はぁ!? 俺がそんなヘマするわけねぇし!」
「じゃあ聞くが、今度行くダンジョン、攻略に何時間かかると思ってる?」
「へ? え、そ、そりゃ……初心者用なんだから、ぱぱっと終わるに決まってらぁ!」
はいアウト。
そんな甘っちょろい皮算用してると思ってたんだよ。そして、実際そうだったし。
「確かに俺も言ってなかったが、これはわざとだ。普通はどんなダンジョンか調べて準備するもんだろうが。
今回向かうダンジョンは確かに初心者用だが、想定される行程は約3.5km。普通に歩くだけでも1時間弱かかる道のりだ」
「だ、だったら、ほんとにぱぱっと終わるじゃんか!」
「俺一人ならな」
実際のとこ、今の俺なら初心者用ダンジョンに出てくる敵は大体ワンパンで終わる。
適当に剣をぶん回しながら歩いていけば、そのままダンジョンのボスまで倒せるだろう。
だが今回は、あくまでもグレイ達の修行だ。俺が過度に敵を倒すわけにはいかない。
「当たり前の話だが、何も考えずに歩いていけば、罠に嵌る。
そうでなくても、ゴブリンだなんだとモンスターがそれなりの数存在しているから、それらを排除しつつ進まないといけない。
念のためいっておくが、俺は保護者役であって、基本的にモンスターの排除はお前らでやってもらうからな?
そう考えれば、ダンジョン攻略には数時間、下手したら10時間を超える。
その場合、重要になってくるものがあるんだが、何かわかるか?」
俺が問いかければ、アレックスが手を挙げた。体力切れ間近らしく、ぷるぷると震える手を。
「水、と、食料……継戦能力の確保……」
「その通り。……その通り、なんだが……アレックスはあれだ、教えられたことを額面通りに受け取りすぎた上に、あれもこれもと念を入れすぎだよなぁ……」
呆れたように俺が言えば、それがとどめだったのか、アレックスはその場に崩れ落ちた。
「ちょっ、おいっ、アレックス!? 傷は浅いぞ、しっかりしろ!?」
「いや、そもそも傷なんてないってーの。精神的にショックだったんだろうが」
慌てて駆け寄るグレイへと、俺は呆れたような口調で声を掛ける。
実際、アレックスは単に疲労で倒れ込んだだけだ。……それはそれで問題なんだが。
「しかしまあ、課題は明確だよな。荷物が多すぎて、このままじゃ途中でダウンしちまう。
グレイは逆に、水も食い物も不十分だから、やっぱり途中でリタイアだ。
つまりお前らは、準備の仕方が両極端過ぎて、どっちみち途中リタイアが関の山ってことなんだよ」
そんな風に俺が解説してやれば、グレイもアレックスも『ぐぬぬ』と言わんばかりの悔しそうな顔で押し黙っている。
だが、そんな顔で睨まれても、事実は事実なんだからしょうがない。
「だがまあ、どっちがましかって言えば、アレックスの方がまだましだな。荷物が多すぎる分には、置いていけばいいだけだし」
「け、けどさ、俺があんまり荷物持ったら、動けなくなるじゃん?」
「確かにそれはそうなんだが、水も食料もなしだったら別の意味で動けなくなるだろ、それも致命的に。
地面にすぐ置けるように荷物を纏めておくとかすれば問題無い。まあ、コンパクトに纏めないといけないという意味ではお前が一番準備にセンスが必要ではあるんだが」
グレイの言うこともわからんではないんだが、どちらを取るかと言われたら答えは決まっている。
ある物は置いたりとどうにか出来るが、ない物はどうしようもない。
俺が荷物持ちをやるという手もなくはないが、いきなりそうやって甘やかすのはよろしくない。
後、俺とグレイ達じゃレベル差がありすぎるから、いつも一緒に潜るわけにはいかないしな。
これまたゲーム的なんだが、ダンジョンにチームで潜った場合、通常は誰か一人だけがアタッカーとして倒しまくってもチーム全員の強さが上がっていく。盾役や回復役もちゃんと恩恵にあずかれるわけだ。
これがメンバーの強さに極端な差がある場合、強い奴が倒しても弱い奴の強さは上がらない。
いわゆる吸い取り、あるいはレベルを引っ張るという行為が出来ないわけだ。
だから今回俺は手伝う必要が生じても盾役に徹するつもりだし、今後もグレイ達がダンジョンに潜る場合、そう何度も同行はしないつもりだ。
だから今のうちに装備の整え方なんかをレクチャーしたくて厳しめに言っていたのだが。
どうやら、何気ない俺の言葉がグレイに火を点けたらしい。
「よーしわかった! 見てろよ、次はばっちりセンスよく荷物まとめて見せるからな!」
なるほど、そこか。
センスが必要、つまりセンスが問われる、というところがグレイ的には挑戦しがいがあるらしい。
これは今後のコントロールに有効そうだから覚えておこう。
「わかったわかった、ダンジョン挑戦前日にでもまた確認させてもらうさ」
こういう準備だとか地味な作業を嫌うグレイにやる気を出させられたのなら儲けもの。
アレックスはこっちで指示して、荷物の量を調整してやれば問題ないだろう。
後は。
「そ、そういえ、ば……ジョシュアは、どうしたんです……?」
やっと回復してきたらしいアレックスが、まだ若干呼吸が落ち着かない中で疑問を発した。
うん、俺もそれは気になってた。なんで部屋の主がいないんだ。
と思っていたんだが。
「……どうやら今から来るらしい」
そう答えた俺の耳は、ガシャン、ガシャンという重い金属音を拾っていたのだった。
 




