アホの子王太子の愚痴はめんどくさい
「まったくあいつは、公爵家だからどう、男爵家だからこうと!!
家に囚われないミルキーを少しは見習えばいいものを!」
がちゃん、と音を立てながら、目の前に座るイケメンが紅茶の入ったカップをソーサーに置いた。
金髪碧眼で見た目は絵に描いたような王子様なんだが、今のは王子様でなくともマナー的にアウトである。
まあ、今この王太子執務室で顔をつきあわせてる面々は貴族社会的には幼なじみ、しかもまだ15歳と若いためそんなことを気にする連中じゃないが。
正直、少しは気にしろ、注意しろと思わなくもない。いや、前は思ってた。
今はもう、諦めた。
そんな俺だが、未だに諦めていないことがある。
そして今がまさにそのチャンスだと、食いつきそうになるのを抑えながら不思議そうな顔を作った。
「いやまて、だったら、こないだ相談してた王太子予算から贈り物するってのはおかしくないか?」
俺が疑問の声を上げれば、目の前に座る王子様、ジョシュアは動きを止めた。
顎に手を当てて沈黙すること数秒。こいつがこういう仕草をする時は、考え事をしている時。
ここで迂闊に声を掛けると考えてたことがとっちらかることはよく知ってるから、俺も黙って答えが返って来るのを待つ。
「……言われてみればそうだな?」
納得した、というよりは意表を突かれた結果、といった感じのポカンとした顔で言うジョシュア。
頼むからもうちょっと締まりのある顔をしてくれよ、とも思うが、今は言うまい。
この場にいるアホの子達の中では理解力が比較的ましなジョシュアが、俺の言わんとしていたことを理解してくれたらしいと見て、俺は内心でほっとする。
何故ならば、とりあえずこいつだけでも理解してくれないと話を進めにくいからだ。
「まてよ、それってどういうことだよ?」
「そうですよ、王太子であるジョシュアが好きに使って何が悪いというのですか」
すると、予想通りに残念なおつむをしている側近二人が食って掛かってきた。
流石におむつはしていない、はずだ。赤ん坊の方がましかも知れないが。
お前等、一応高位貴族である公爵家と侯爵家で教育受けてんだよな?
という至極当然なツッコミを、俺は飲み込む。
青灰色の髪に紺色の目でクールかつ賢そうな顔に載っている眼鏡をクイクイしてる侯爵令息のアレックスは、見た目だけで言ってることは残念だし。
銀髪に翠の目をした黙っていれば妖精のような美少年である公爵令息のグレイに至っては、やんちゃな少年そのものな言葉遣いをまず躾直されてこいと思うレベルだし。
こんな残念な二人だが、伯爵家の人間である俺からすれば家格は上。
それでも前は俺の言うことをよく聞いてたんだが、最近はとある理由により反発も増え、その意向に反することを言うのには気を遣う。
俺が言い返すのであれば。
「そんなこともわからないのか?」
ふ、と得意そうに笑いながらジョシュアが軽く肩を竦めた。
普段家庭教師から『そんなこともおわかりにならないのですか?』と散々言われてるこいつだ、他人相手に言えるのが嬉しくて仕方ないのが透けて見える。
そう思うんだったら勉強してくれ、この二人相手ならそれだけでいつでも言えるようになるぞ、と思わなくもないが、マウント取るために勉強するようになるのはよろしくないと思うので、言いたくない。
何で俺がそこまで考えてんだ、家庭教師の仕事じゃないのかとも思うが、まあ、広い意味で言えば俺の仕事でもあると言えなくもない。言いたくないけど。
「どういうことなんですか、教えてくださいジョシュア」
「いいだろう。そもそも王太子予算とは、王家の人間だから与えられている予算。
これを使うということは、すなわち家の力を使っているということ。
つまり、そこから贈り物をするなどあのテレーズがやっていることと同じだと、ロイドは教えてくれたのだ!」
ばばーん! と効果音が付きそうな勢いとドヤ顔で言ってるけど、それ普通のことだからね?
そこから婚約者以外の相手に贈り物したらまずいお金だって常識だからね?
という俺の内心のツッコミは、もちろん残り二人には聞こえない。
ちなみに、ロイドと呼ばれたのが俺ことロイド・グロスヴァーグ。
このアホの子達の学友という名の保護者を押しつけられたしがない伯爵令息である。
「おお~!」
「なるほど、流石ロイド、学院首席の頭脳は伊達ではないですね……」
王太子であるジョシュアの言葉を素直に受け入れた二人は、感心と尊敬に満ちた目を俺に向けてきた。
……くっそ、こういうとこがあるから、このアホの子集団を見捨てきれないんだよな……。
しかしほんとにいいのかお前等。しがない伯爵令息でしかない俺が首席な上に、ブレインとして機能しているこの状況は。
いずれはこの二人のどちらかが宰相にならにゃいかんのだが。……まさか、俺がこの国初の伯爵家出身宰相とかならないよな? まじ勘弁して欲しいんだが。
ジョシュアの学友となったせいで何度も王宮には行ったことがあるが、そん時見かけた宰相様、激務で疲労困憊してたからなぁ……。
「ということは、俺も公爵家の予算から出すわけにはいかないな!」
「僕も、ですね」
ジョシュアの言い分に納得した二人は、うん、と大きく頷いている。
大丈夫かこいつら、将来絶対詐欺師に引っかかるだろ、と思った回数なんて、数えるのはとっくにやめた。
それよりも、将来引っかかった時にどれだけ損害を出さないようにするか考えた方がなんぼかましというもの。
……それ、本来俺じゃなくて家の人が躾けるなり何なりすべきことだよなぁ……。
とか考えてると、不意にジョシュアがはっとした顔になる。
「……まてよ? ということは、贈り物はどうやって買えばいいんだ?」
「え、ジョシュア、小遣いくらい貯めてねーの?」
「そんなもの、ミルキーへの贈り物と街での買い食いでとっくに使い果たしている」
「あはは~、実は俺もなんだけどね~」
おいまて、気楽に笑ってんじゃないぞ公爵令息。王太子殿下もだ。
高位貴族の小遣い使い果たすくらい貢いでるのも問題だが、それと同列に並ぶ買い食いってなんだよ、食い倒れ選手権でもやってんのかよ!
「ふ、二人とも買い食いとは、何とも下品なことですね」
「なんだよ、そういうお前は小遣い貯めてるってのかよ!」
「何をわかりきったことを。僕の小遣いなど、眼鏡代でとっくにすっからかんですよ!」
「あ~、お前昨日も壊してたもんなぁ」
と、アレックスがまたクイクイやってる眼鏡は、確かに真新しい。
注意力が散漫、というか一点集中しすぎて他が疎かになりすぎるアレックスはよくすっころぶ。
そのため、何度も何度も眼鏡を買い換えてるんだが……この時代、眼鏡なんて結構なお値段するってのに、そんなものを何度も買い換えたら、いくら高位貴族の小遣いでも流石に飛ぶよなぁ。
なんて思っていた俺の方に、いつの間にか三人の視線が向けられている。
「……ロイドはどうなんだ?」
「ふ、殿下、侯爵家の僕ですらすっからかんなんですよ? 伯爵家のロイドがそんな……」
「いやまあ、それなりに持ってるけど」
「なんですって!?」
いや、そんなショックを受けた顔をせんでも。
アレックスはもちろん、ジョシュアもグレイも『驚愕』を絵に描いたような顔で俺の方を見てくる。
そんなに熱烈に見つめんなよ、恥ずかしい。いや、全然恥ずかしくもくそもないけど。
「は、はは、持っていると言っても伯爵家のロイドのことです、大した金額では……」
「大体こんなもん」
「なんですってぇぇぇぇ!?」
ぷるぷる震える指で眼鏡を押し上げるグレイに、騎士の給料三ヶ月分くらい貯まっている通帳を見せれば、驚きのあまり強く押し上げすぎて眼鏡が顔にぶち当たり、フレームが歪む。
……これ、また買い直しとかじゃないよな? 直せば多分つけられるよな?
「うえっ、めっちゃ貯めてんじゃん!? ロイドすげー!」
「うむむ……まさかこんなに小遣いを貯めているとは……」
それぞれに感心するグレイとジョシュア。
ここで『そんだけあるならくれ!』と来ないのは、育ちがいいからだろう、きっと。
「これだけあれば、ミルキーへの贈り物には事欠かないな……」
「いや、流石にこの程度じゃドレスとか無理だからな?」
もちろん男爵令嬢である奴の身の丈にあったものであれば余裕で買えるんだが、あの女、もうそれじゃぜってー満足しないだろうからな……。ついでに言うと、買ってやるつもりはこれっぽっちもないし。
「それでも、ちょっとしたアクセサリーなら十分じゃないか」
「だよなぁ、羨ましい。どうやってこんだけ貯めたのさ?」
むむむ、と眉を寄せるジョシュアの横から、グレイが身を乗り出してきた。
当然ジョシュアも、アレックスも興味津々である。
かかった。
内心で俺は、このアホの子三人組を何とか狙っていた方向へ誘導出来たことにほくそ笑んでいた。
「実はな、冒険者登録をして、週末はダンジョンに潜ってるんだよ。そこで結構稼げてさ」
「なるほど、だから週末は誘っても都合が合わなかったのだな」
納得顔のジョシュアへと、俺はゆっくり頷いて見せる。
ちなみに、ミルキーとの集団デートに巻き込まれたくないから、というのも大きいのだが、そこは黙っておく。
この国、というか世界には、ダンジョンと呼ばれる領域がある。
迷路状になった洞窟の場合もあれば、地下に作られた迷宮であることもあったり。
場所によっては森林や山岳地帯が迷宮化したものもあるそうだ。
その存在を知った時に俺は思ったね。
『あ、ゲームの世界か何かに転生したんだな』って。
恥ずかしながら俺は元日本人オタクで、異世界転生ものにもそれなりに親しんでいた。
だから物心ついた時には『もしかして』と思っていたし、ダンジョンの話で確信した。
その後、学院入学の前くらいに側近候補としてジョシュア達に引き合わされ、『あ、乙女ゲーの世界だ』とも気付いたのだが。




