聖女ロイド
「大変お疲れのご様子ですね。すぐに治療いたしましょう」
「ああ、助かるよ」
彼女が僕に向かって両手をかざすと、透き通った青白い光が全身を包み、炎天下の外回りで蓄積した疲労がたちまち溶けて消えていく。まるでファンタジーの魔法のようだが、れっきとした科学技術らしい。
彼女は家庭用万能治療特化型アンドロイド、通称「聖女ロイド」。マイクロ波や低周波による血行改善、鎮痛・精神安定効果のあるミストの噴霧や簡単な外科的治療までこなす超優れものである。
給料一年分の出費を決断するのには相当勇気が必要だったが、これならあっという間に元が取れそうだ。整骨院と薬局通いから解放されるだけでなく、あれだけ憂鬱で恨めしかった月曜の朝日すら明るく陽気に輝いて見えるようになった。まさしく、彼女は名実ともに立派な聖女だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖女が我が家にやってきて一ヶ月が経った。相変わらず心身ともに絶好調だ。だが、たった一つだけ違和感がある。俺はいつからこんなワーカホリックになってしまったのだろう。彼女のおかげで帰宅、睡眠、出社の地獄ループ生活を送らなくてよくなったというのに、空いた時間も仕事のばかり考えてしまう。
以前は休日といえば趣味のゲームやプラモ作りに没頭していたのだが、今は一切の魅力を感じない。そんなことよりプレゼン資料を練り直し、取引先の接待プランを煮詰めたほうが建設的だと思ってしまう。当たり前のことかもしれないが、どうも不自然な気がして……いや……そんなはずは……。
ふと気づくと、起動していないはずの彼女が、いつの間にか背後に立って微笑んでいた。
「大変お疲れのご様子ですね。すぐに治療いたしましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「治療が終わりました」
「すっきりしたよ、ありがとう」
なにかすごくどうでもいいことで馬鹿みたいに悩んでいたが、彼女のおかげで気持ちが晴れた。そうだ、俺は働くことだけ考えていればいいんだ。たとえ壊れても彼女が直してくれるのだから。仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事、仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事