E組担任視点 公爵令嬢の留学申込みの報によって職員会議が阿鼻叫喚となりました
俺はアラン・ベルタン、このエルグラン王国の王立学園の1年E組の担任をしている。
そう、かの有名な一年E組の担任だ。
我が王立学園のクラス分けは基本的に子爵家以上のA組、残りの子爵家と男爵家のB組、そして、それ以外の平民の成績順のCからEクラスに基本はなっている。すなわち、いつもE組は我が王立学園の中では出来そこないというか、成績が一番振るわない生徒が入ってくるのが普通だったのだ。当然貴族なんていない。気楽な平民クラスだったのだ。まあ、王立学園はこのエルグラン王国2000万人の最高学府で、当然入ってくる生徒は最低クラスといえども優秀で卒業後の就職は引く手あまただったが。
俺は男爵家の3男だし、年も若いので、E組を任されるのもいつものことだと気楽に構えていたのだ。平民の出来損ないのクラスで、出来ない教師の俺と3年間一緒に気楽にやっていこうと思っていたのだ。
そう、クラス分けの結果を見るまでは。
クラスメンバーを見て、俺は目が点になった。
フランソワーズ・ルブランってこれ、我が国に3家しか無い公爵家の令嬢ではないか?
それも、武のルブランの姫君だ。そして、彼女はなんと王太子の婚約者ではないか。
何故、こんな奴が我がクラスにいるのだ!
これは間違いに違いないと学園長室に文句を言いに行くと、そこにはいけ好かないA組の担任フェリシー・ローランド男爵夫人が、先客で学園長に文句を言っていたのだ。
「どういうことなのですか? 学園長! 私は王妃様からフランソワーズ嬢の面倒をきちんと見るようにと命令されてここにいるのです。なのに、何故、フランソワーズ嬢がE組なんて底辺クラスに居るのですか」
俺はこの言葉にかちんと来た。いくらなんでも言っていい事と悪い事があるだろう。
「ローランド先生、底辺クラスとはなんですか! 底辺クラスとは!」
俺はまだ、ローランド先生をよく知らなかったのだ。知っていたら絶対に逆らったりしなかった。
「はああああ!」
そう言うとフェリシーは俺を馬鹿にしたように見下してくれたのだ。
「E組は成績最低者が集まっているから底辺クラスと言って何が悪いんですか」
「ものには言いようがあるでしょう」
俺はその氷のように冷たい視線をものともせずに言い返した。
「事実をどう他に言いようがあるのですか」
「何だと!」
「そもそも、あなたみたいな礼儀知らずな男爵家の男がフランソワーズ嬢の担任とはどういうことなのですか? もし、言葉使い等で悪い影響が出たら、あなたが責任を取って頂けるのですか?」
フェリシーは俺を頭の上からつま先までじろじろ眺めて言ってくれたのだ。
「さすがにそんなことにはならないでしょう」
俺は流石に礼儀作法の話になると少し言葉を濁さざるを得なかった。
「どうしてそう言い切れるのですか。少しでもフランソワーズ嬢の言葉遣いがおかしくなったら、王妃殿下にお話してあなたを首にしてもらいますからね」
「いや、そんな無茶苦茶な」
俺が慌てて言うと
「責任も取れないのならば、素直に彼女をA組に渡して頂きましょう」
「いや、私としても別にそんな厄介な者の面倒は見たくありませんし」
まあ、俺としても、そんな公爵令嬢にいてもらってもやりにくい事この上ない。
「まあ、二人方とも、そう言わずに」
学園長が俺たち二人を見て間に入ってきた。
「今回の件は私がルブラン公爵自らお願いされたのただ」
「はああああ! どういうことですか。基本的に高位貴族はAクラスと決まっているでしょう」
「俺もそう聞いていますけれど」
珍しく俺達の意見が合った。
「なんでも、娘御に『この国の始祖は、学園にいる間は身分に関係なく皆平等に接するようにとこの学園を設置されたはずだ。自分としてもその遺訓に則って、皆と分け隔てなく仲良く過ごしたい』と公爵閣下が言われたそうだ。だからなんとか頼むよと頼まれてしまったんだ。だからここはなんとかよろしく頼むよ」
『そんな』
フェリシーと俺の声が重なってしまった。
「もし、どうしてもだめならば、公爵閣下を説得してくれ」
そう学園長に言われてしまうと俺達も反論できない。
さすがのフェリシーも公爵閣下に反対は出来ないみたいだ。
俺達はそれ以上は何も言えずにすごすごと引き下がったのだ。
でも、クラスのメンバー表を良く見たら、俺のEクラスには伯爵令嬢とか子爵令嬢もちらほらいて、王太子の側近まで居るんだけど、これのどこが最低クラスなんだよ。絶対に学力も真ん中よりも上になっている。まあ、公爵令嬢は見た目はアホ面だから、馬鹿かもしれないけれど。
そう思った俺は天罰が下ったのかそのフランに振り回される事になったのだ。
最初の授業で魔力を見ようと全開でやらせたら、剣聖ではびくともしなかった、王立学園の誇る訓練場の障壁を一瞬で破壊、その魔術は学園の壁はもとより、王都の城壁まで一瞬で破壊してくれたのだ。
その件でフェリシーの婆に呼び出されて延々怒られたのは言うまでもない。
まあ、クラス対抗戦では史上初めて最低のEクラスが一位を取ってくれたし、試験でも平均点で、史上初めて学年一位を取ってくれたし、挙句の果てには、王宮のお茶会にまで呼ばれてしまって陛下にまで名前を覚えられたくらいだ。
そのとんでもないことを次々にしてくれたフランも、最近はやっと大人しくなってきてホッとしていたところなのだ。
フランにちょっかいをだしてきていた帝国もフランの母によって皇帝を殺され、今はその帝国も内乱状態になって、フランも珍しく大人しくしていて学園は元の静けさに戻っていた。
そして、今日の職員会議も滞りなく、平穏に終わろうとしていた。
俺は今日は久しぶりに家に早く帰れそうだと喜んでいたのだ。久しぶりにペットの犬と戯れられると。
「何か他に問題はありませんか」
学園長が先生方を見渡した。
「あのう、ルートン王国の王立学園との交換留学生の件なんですが」
いつもはおとなしい隣の1年D組の担任のレオノール先生が珍しく発言した。レオノール先生は数学の先生でフェリシーと違ってこういうところで発言することはめったにない。
「そうですか。もうそういう時期になったのですね」
学園長が鷹揚に頷いた。毎年、ルートンとは1年生を3学期の1学期間交換留学生として派遣していたのだ。我が学園からは10名の学生を出すことになっていた。最もその留学は人気がなくて、10名も集まったためしはなかったが。
「その選抜で何か問題が起こったのですか?」
学園長ののんびりした声に、俺はその時まで何も不安を感じていなかった。
「はい、少し偏りが出ておりまして、E組から20名もの生徒が希望しているんですが」
「はい?」
俺はそんな事は全然聞いていなかった。
担任に相談しなくても申請書だけは出せるのだが、20名もの希望者が出ているなんて思ってもいなかった。不吉な予感がした。これは下手しなくても絶対にフランがかんでいるはずだ。
「どういうことですか。レオノール先生」
1年A組担任のローランド夫人が声を上げた。
「どういうことと言われても、今年はA組から1人と教会からなんとしても聖女様に復活の機会をと望まれているのですが、それ以外にE組から20名をこす希望者が出ており、それが日を増すごとに増えているのです・・・」
「その中にひょっとしてフランソワーズさんがいるのではないでしょうね」
フェリシーの疑い深そうな声に、最悪の展開になってきた。
「はい、真っ先にフランソワーズさんから申し出がありました」
「えっ」
俺は頭を抱えた。またあいつだ。何か問題をいつか起こすと思っていたが、他国にまでその影響を及ぼすとは・・・・
「なんですと」
「そう言う事は早く言いなさい」
「ルートン王国に行ってあの子がちゃんとできるわけないのでは」
「下手したらルートンの王立学園が消滅しかねませんぞ」
「これは由々しき外交問題に発展しかねません」
先生方が一斉に騒ぎ出した。
「皆さん、静粛に」
そこでフェリシーが一喝した。
「ベルタン先生、どういうことですか」
そして、いきなり俺に突っかかってきたのだ。
「どういうことと言われても留学は本人が希望することですから」
「私は何も聞いていません」
「そんなこと言われても私も今聞いたところで」
俺は余計な一言を言ってしまった。
「ベルタン先生、あなた生徒が留学するという一大事を、クラス担任のあなたが何も聞いていないとはどういうことなのですか」
「いや、しかし、留学の申し込みは担任の了承なしにも申し込めますよね」
「そういう事ではないのです。フランソワーズさんはあなたのクラスではないですか。そう言うことをいい出したらなんとしても止めるのが筋でしょう」
「しかし、我が学園は生徒の自主性を重んじる校風があり」
「黙らっしゃい。あなた、フランソワーズさんがルートン王国の王立学園を魔術で破壊したらどうするのですか? 学園長の首が飛ぶだけでなくて、両国の外交問題になるのですよ」
ええええ! 学園長の首は決定しているわけか? 学園長が青くなっている。
「いや、いくらフランソワーズ嬢が型破りとは言え、そこまではしないで・・・・」
「それをするのがフランソワーズ嬢でしょう。あの子は先生が思いっきりやっていいと言われたから、訓練場に張られた障壁を破壊して、王立学園の柵のみならず、この王都の城壁まで破壊したのですよ。あの子が少し本気を出せばあんなちゃちなルートンの王立学園なんて一瞬で消滅してしまいます」
「いや、いくらなんでも、彼女もそこまでしないでしょう」
「それをやりかねないのがあの子なのです。あの子が本気で魔術をぶっ放せば我が国の王宮でさえ消滅するでしょう」
皆シーンとした。誰もそれに対して反論できなかったのだ。
「ベルタン先生、ここはなんとしてもあなたのお力でフランソワーズ嬢を思い止めさせて下さい」
「えっ、いや、私にそんな力は・・・・」
「いや、君に出来なければ誰にもできない。ここはよろしく頼むよ。ベルタン君」
学園長が慌てて俺に頼み込んできたのだ。
そうだ。今この学園には煩いフェリシーもいれば婚約者の王太子もいる。だから彼女はまだおとなしいのだ。それが隣国のなんの枷もないところに行ったら何をするかわかったことではなかった。それも交換留学生として行くということはその留学生が何か問題を起こしたら、すべての責任はこの王立学園、しいて言えば学園長の責任になるのだ。彼はそれを知って必死になったみたいだった。
でないとせっかく定年間際まで勤めたのに、この王立学園を首になってしまうのではないかとおそれていた。
でも、俺には全く関係ないんだけど。それにフランがいなくなれば、しばらく問題が無くなるし俺にとっていいこと尽くめなんだけど。
しかし、俺は必死になった学園長とローランド夫人と2人にコンコンと説得されたのだった。
続きは明朝更新予定です。