リーデン伯爵令息がやってきました
私達はサンデルが来なかったので、その日はのんびりと過ごせたのだ。
少なくとも私は。
カトリーナとスヴェンはいつ、前侯爵の弟が仕返しにやって来るかと戦々恐々としていたが、来れるわけは無いのだ。
「フランさん。確かに新しい貴族年鑑にはサンデル夫妻のことは全く載っていませんでした」
昼前に汗だくになりながら、スヴェンが帰ってきた。王立図書館まで行って調べてきたらしい。
というか、この国の貴族年鑑くらい最新刊置いておきなさいよ!
「そうでしょう。私の言うことに嘘はないのよ」
私は自信満々に言った。
もっとも心のなかでは間違っていたらどうしようと戦々恐々としていたんだけど、良かった、真実で。
「ありがとう。さすが、フランは違うわ。あの強引な叔父様が尻尾を巻いて逃げて行ったんだもの」
「当然よ。私の目の黒いうちはあんな欲深爺には負けないわ」
私は胸をどんと叩いたのだ。
「でも、何故、サンデル様は侯爵籍を外れたのでしょう?」
「サンデルの妻が、平民だからじゃないの? そうか、あのサンデルの見た感じから言って金使いが荒そうだから横領かなんかやって、前侯爵に勘当されたんじゃ無い?
でも、スヴェン、そもそも、あんた、お父さんから何か聞いていないの?」
「すみません。私は父が亡くなる前は隣国に修行に出ておりまして」
私の言葉にスヴェンは言い訳してきた。
「そうなんだ。でも、執事の修行をしてきた割には、肝心なところが抜けているのね」
私の言葉にスヴェンは傷ついたような顔をした。
しまった。また、思ったまま口から言葉が出てきてしまった。話すことは気を付けるように散々注意されてきた気がする。
「申し訳ないとしか言えない」
とスヴェンは謝ってきた。
「いや、別に謝って欲しいわけではないけれど。ここからカトリーナを守るためにはあなたがしっかりしないと」
「それは言われるまでもない」
力強くスヴェンは頷いてくれたんだけど。
「しかし、フランさん。このままサンデル様が引き下がるでしょうか?」
「引き下がるわけ無いでしょ。サンデルとしてはさっさとカトリーナを片付けてこの家を乗っ取りたいのよ」
「えっ、でも、叔父様は私の意向を無視してそんな事はできないってフランは言ったじゃない」
慌ててカトリーナが聞いてきた。
「あの手の男は自分の間違いをそう簡単に認めないわ。それこそ、正しくなくても自分のために強引に何かしてくるわよ。だからカトリーナも気をつけないとだめよ」
「わかったわ。私は絶対にフランから離れないようにするわ」
カトリーナが頼ってくれるのは嬉しいけれど、それだけでは無理だろう。何しろあの手の男はいろんなことを強引に押し進めてくるのだ。生半可な対抗策では押し切られる。
「次はあんたの相手のそのガマガエルに似た商人をつれて来るんじゃない」
私はカトリーナを見ていった。
「えっ、そうなの。私は会いたくないわ。フラン、あなたが会ってよ」
嫌そうにカトリーナが言って私にすがって来るんだけど。
「私が? 私もガマガエルには会いたくないわよ。それに私がカトリーナから離れたらもっと強引な手段に出るかもしれないわ」
「強引な手段とは」
「ガマガエルがカトリーナを力ずくで自分のものにして既成事実を作るとかしかねないわよ」
「えっ、そんな」
カトリーナが真っ青になった。
「フランさん。カトリーナ様の前でなんということを言うのですか」
スヴェンが怒って言うが、ここは最悪の事とをはっきりと伝えておいた方が良い。
「スヴェン。何を甘えたことを言っているのよ。あの手の男はやりかねないわ。ちゃんとカトリーナにも覚悟しておいてもらわないと、いざという時に対処できないでしょ。あなたはそういうときに対処できるの?」
私が聞くと
「当然です。もしそんな事をしてくれば燃やしてやりますよ」
スヴェンは頷いてくれたが、どうだかとても怪しい。スヴェンはどう見ても腕が立ちそうにないんだけど。
「それよりもカトリーナ。誰か貴族であなたの味方になってくれる人を知らないの? いたらその人を味方にしておいたほうが楽よ」
私が提案したが、
「母方のお祖父様もお祖母様も亡くなっているし、母の兄弟はあまり知らないの。そもそも、母は隣国のバイエフェルトの子爵家の出身だったからあまり繋がりがなくて」
「スヴェンのお兄様の仕えているリーデン伯爵家の方は」
「そういえば、エルベルトお兄様なら力になってくれるかもしれないわ」
嬉しそうにカトリーナが言った。
「そうでしょうか」
何かスヴェンが乗り気でない。実の兄の仕えている相手なのに何故なんだろう?
「何か問題でもあるの?」
私が聞くが、
「いえ、ここではちょっと」
スヴェンが口を濁した。
どういうことなのだろう?
カトリーナは昔からエルベルトと親しいらしい。それがスヴェンは気に入らないんだろうか? でも何かそれだけでなくて、スヴェンは掴んでいるみたいだったが。
まあ、明日にでも手紙を書くとカトリーナが言っているのでじきに判るだろう。
そして、翌日になった。
優雅な朝食を取り終えて、今後どうするか、いろいろ相談していた時だ。
リンリンリンリン
と珍しく、離れの呼び鈴が鳴ったのだ。呼び鈴があるなら、元々鳴らせよ、と私は言いたかった。
私が扉を開けるとそこには高価な服を着た顔立ちの整ったいかにも貴族の御曹司といった感じの男が立っていたのだ。
「エルベルトお兄様」
私の後ろから喜んで出てきたカトリーナが扉をさらに開けて駆け寄ろうとした時だ。
「エルベルト様」
扉の後ろからアニカが現れるや、エルベルトの腕にしっかりと腕を絡ませたのだった。
それを見てカトリーナは完全に固まってしまった。アニカはエルベルトの腕にデカい胸をこれでもかと押し付けていたのだ。
私はそれを見て完全にアニカを敵認定したのだった。
アニカの行いは、カトリーナではなくてフランの唯一のコンプレックスを直撃しました。
どうなるアニカ?
続きは明朝です。
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