前侯爵の弟を撃退しました
ドンドンドンドン
扉を叩く音が更に大きくなってきた。
「カトリーナ。いい加減に出てこい!」
「そうよカトリーナ。どこぞの馬の骨みたいなヤクザの女を連れ込んで、その女の言うことを聞いて私達を貶めるなんて許さないわ」
この女のキーキー声は聞いたことないけれど、恐らく、その妻だろう。
でも、ヤクザの女ってなんだ! こんな可愛い女の子をに向かって! 誰も言ってくれないから自分で言ってみて、少し恥ずかしい……
「そうよ。その女の言うことは出鱈目よ。お父様に聞いたらお父様はこの侯爵家の主だって言っていたわ」
これは悪役令嬢の声だ。
「おい、いい加減にし……」
男がそう叫んで叩こうとしたその瞬間だ。私は勢いよく扉を引いたのだ。
「えっ」
ガンッ!
叩くものが無くなった男はものの見事につんのめって地面に激突してくれたのだ。
見たか! 可愛い女の子をヤクザなんて言うからだ!
「き、貴様ああ!」
男は立ち上がると、今にも私に掴みか借りそうな格好をして私を睨み付けてきた。
鼻から鼻血を出して……
「どうかしましたか?」
私は周りを凍らすような冷たい視線で睨み付けてやったはずだ。
「どうかしたも、こうかしたもあるか! 貴様は何者だ? 当主の俺の了解もなく、この屋敷に勝手に入りやがって!」
「あなたこそ何をおっしゃっていらっしゃるのやら。
私はこの侯爵家の唯一の当主でおわせられるカトリーナ様の許しを得てここにいるのです」
「なんだと、ここの当主は俺だ」
「はああああ!」
私はこれでもかと驚いたのふうを装って言ってやったのだ。
「この国はいつの間に野蛮人がのさばる国になったのかしら? 貴族年鑑によるとこのハルスカンプ侯爵家の当主はこちらにいらっしゃるカトリーナ様になっているわ。それをいけもしゃあしゃあとよくそんな世迷い事が言えるわね。たとえ前当主の実の弟であろうと許されるものではありません」
私はピシャリと言ってやったのだ。
「な、何だと」
男は怒りのあまり今にも私に殴りかかって来そうな勢いだった。
殴りかかって来たらその時はやってやるまでだ。私はやる気満々で男を見たのだ。
「なに馬鹿な事を言っているのよ。この年鑑を見てご覧なさいよ」
いかにも古びた年鑑をアニカが差し出してきたのだ。
おいおい、何年前のを持ってきたんだよ。
私はそう叫びたかった。
その年鑑には確かに前侯爵のサンデルの名前と共に弟の名前も載っていたが、前侯爵夫人の名前も、カトリーナの名前もここに載っていないんだけど。
「それ見なさい。これで判った? 今の侯爵はお父様なのよ」
胸を張ってアニカが言ってくれるんだけど、こいつ、思いっきり、叩いても良い?
「何を言っているのよ! こんな何十年も前の年鑑を持ってきて。こんなのでは何の証拠にならないわよ」
「何だと。俺がこの侯爵家の出身なのは判っただろうが」
サンデルは勝ち誇ったように言うが、
「だからそれがどうしたと言うのよ。私が問題にしているのは、そんな大昔のことではなくて、今の当主が誰かってことよ。少なくとも、最新の貴族年鑑ではカトリーナ様がこの侯爵家の当主になっていたわ」
「な、何だと小娘。そんないい加減なことを」
「いい加減なのはあなたでしょ。ここの当主はカトリーナ様なのよ。その当主のカトリーナ様をこんな離れなんかに閉じ込めて、ただですむと思っているの?」
「何を言っている。ここの当主は俺だといっているだろう」
「それを陛下が認められたの?」
「へ、陛下だと……」
その言葉にサンデルはさすがに躊躇したみたいだった。
「当たり前でしょう。貴族の継承は最終的に陛下が判断されるのよ。最新の年鑑にはカトリーナ様が載っていると言うことは、この侯爵家の当主はカトリーナ様だと陛下が認められたと言うことよ」
私はどや顔で言ってやったのだ。
こんなの言ったもん勝ちなのだ。
「何を言うか、今手続きの途中なのだ」
「ふん、そんな世迷い事を。平民のあなたがこの侯爵家を継げるとは到底思えないんだけど」
「貴様、俺様を平民だと言うのか? この侯爵家の次男の俺様を」
激怒してサンデルは言うが、
「だってあなたは最新の貴族年鑑のどこにも載っていなかったのよ」
「なに言っている。そんなわけ無いだろう」
「そう思うならば最新版を見て来れば良いでしょう」
私は言いきってやったのだ。
「おのれ、小娘、その首洗って待っていろ! すぐに年鑑で調べて来てやるわ」
そう言うと、弟は怒りで顔を真っ赤にして、去っていったのだ。
「ちょっと、あなた!」
「お父様、待ってよ」
あわてて一家は私の前からいなくなったのだ。
しかし、いくら待ってもその日は二度と彼らがやってくることはなかったのだ。
ここまで読んで頂いて有難うございました。
でも、こんなことで弟が諦めるわけは……
次はついに実力行使か?
今夜更新予定です。