王弟の息子視点2 父の悪巧みを手伝いました
礼儀作法の授業は最悪だった。
フェリシーは本当にグチグチ煩いのだ。細かいことに。
最もフェリシーのターゲットに一番なっているのは暴虐女だったが……
父が外交を兼ねた遊学に出るとのことで、ついていけると聞いた時は本当に嬉しかった。
父は大陸中央部、旧帝国が昔支配していた地域に遊学に出たのだ。
そこは小国が乱立していたが、どの国も昔からあり、歴史を感じさせた。
何しろエルグラン王国は前王朝から数えても600年しか無い。
旧帝国は1000年前に最盛期を迎えた、由緒正しき国々であった。
そして、また各国の交流も盛んだった。貴族や王侯は歴史の長さと旧帝国での立ち位置が一番大切とされた。
旧大国時代に存在しなかったエルグランのことなど人々の眼中にはなく、俺の父の出自が侍女が孕まされて出来たことなんて事も誰にも目くじら立てられることもなかった。
そもそも彼らにしてみればエルグラン王国の王族自体がポット出の王族で彼らの中ではどうでも良いことだったのだ。
父はここでは侍女の子と蔑まされる事もなく、気楽に過ごせて楽しそうにしていた。
もっとも辺境の王国と出身国を見下されるのと、エルグランにいて侍女の子と見下されるのとどう違うのか俺にはよく判らなかったが。
俺自身はエルグランにいたほうが、王弟の息子と尊重されるので、その点では良かった。
そもそも、祖国でも今は亡き祖母が侍女だったということも、言われること自体少なくなっていた。公爵の娘風情に偉そうに言われるのはムカついたが、そもそもこの女は王子に対しても偉そうだったから、祖母が誰かなんて関係なかった。
もっとも王族に課せられる礼儀作法講座だけは俺は嫌だった。
父も絶対に嫌だったのだと思う。
あんな厳しい礼儀作法マナーなんて絶対におかしい。1度首の傾けがおかしいだけで注意されるなんて……
だって、礼儀作法に煩いと言われる中央部の王族の礼儀作法なんて、あれに比べれば超いい加減なのだ。
父は絶対にあの礼儀作法に耐えられなかったのだ。
しかし、アドルフは普通に出来ていたので、遺伝の面もあると思う。
後から入ってきたシルヴァンも出来たからおそらく陛下には濃厚に遺伝して、我が父にはあまり遺伝しなかったのだ。
そうか、あの礼儀作法に厳しい王太后の遺伝かもしれない。
あの王太后ならば、前陛下の息子を産んだ侍女とその息子をいびるために礼儀作法を厳しくしたというのは判る。俺に対しても厳しかったから。
いや、孫のアドルフにもシルヴァンにも厳しかった。
何故か暴虐女には甘かったが。
その暴虐女だけは礼儀作法は全然出来ないのに、何故か王太后に可愛がられていて、珍しいお菓子とか平気でもらっていた。
俺があの暴虐女を嫌いになったのはその点もあった。
あの女のムカつくところは、いくらフェリシーに怒られて泣かされても次の日には平気な顔して現れるのだ。
それにあれだけ注意されたのに、平気でチャンバラごっこを王宮内でやって歴代国王の像を傷つけたり、肖像画に落書きしたり、国宝級の武具を壊したりしまくっていた。
その度に、フェリシーらに散々怒られていたが……
懲りずにまたやるのだ。
それも、何故かあの真面目なアドルフも一緒になってやっているのには驚いたが。
本当にあの女は馬鹿だ。
まあ、しかし、我が父もあの暴虐女くらい図太ければここまで拗れることがなかったのではないかとは思う。
そう、父は生まれてから王宮で色々あったみたいで、陛下と王太后を恨んでいた。
そして、中央部でいろんな貴族や王侯と付き合うことによって良からぬ事を企むようになったのだ。
「殿下。お見受けした所、殿下のほうがエルグランの国王にふさわしく思われます」
「殿下の手相を拝見するに、王となると示されておりますな」
「古を大切にされる殿下のような方が、エルグランの王位を継がれるのがよろしかろう」
夜会や貴族の集まりでその様に示唆されることも多々あったみたいで、いつの間にか父はそういった企みをするようになっていたのだ。
この国に帰ってくる1年前に滞在したシュタイン公国では、具体的に色々と大公やその配下の者と打ち合わせをしていた。そして、その中に、俺も入れられたのだ。
大公は旧帝国では公爵位にあったみたいで、旧帝国の関係者の中でも一目置かれていた。
まあ、あの暴虐女をギャフンと言わせられるならば、それは楽しそうだ。
あの女は更に生意気になってエルグラン国内を闊歩しているらしいが。
ほとんど10年ぶりのエルグランは思ったほど変わっていなかった。
しかし、暴虐女は学園では貴族らに相手にされないのか、平民共を従えて一大勢力を築いていた。
そして、彼らを連れて学園内を闊歩しているのだ。
そして、あろうことか、第一王子のアドルフを配下のように顎で使っているのだ。
アドルフがペコペコ頭を下げているのには王族の権威も何もなかった。
由緒ある貴族共はそれに眉を顰めていた。
本当に、暴虐女だ。由々しき事態だった。
この生意気な女を恐怖に震えさせることが出来ると思うと俺は嬉しくなった。
帰ってきた我が父の元へ多くの貴族たちが押し寄せてきた。
そして、婚約者のいない俺のもとにも多くの釣り書が送られてきた。
俺は父の命で同じクラスのクラリス・トルクレール公爵令嬢と付き合いだしたのだ。
調整のトルクレールだ。
クラリスは学年が下だったシルヴァンらに振り回されていて、
俺が
「あいつらは本当に無茶振りするよね。とても大変だったろう、クラリス嬢。次に無茶振りされたら俺に言うと良い。たとえフランソワーズ嬢に言われたとしても俺から断ってあげるから」
と庇うと
「ありがとうございます。殿下。そこまで仰って頂ける方はいなくて」
「みんな、恐れているんだろう。あの女に。でも、俺は言うときは言うから」
笑って俺が言うとクラリスも笑ってくれた。
「この髪飾りを受け取ってくれるかな」
俺は別れしなに、クラリスに古代帝国で使われていた髪飾りを差し出した。
赤い宝石を真ん中に付けてある由緒ある髪飾りだ。
「えっ、殿下このような貴重なものは頂くわけには……これは古代帝国のものでは」
さすがクラリス、古代帝国のものだとすぐにわかったらしい。
「良いじゃないか。このデートの記念にぜひとも付けてくれると嬉しい。それにあいつらに迷惑をかけられる者、同士だろう」
俺がそう言って笑うと
「そうですね。新学期が始まってますから。今年も振り回されそうです」
「だからそういう時は一人で振り回されないで、俺にも相談してほしい」
「はい、ありがとうございます」
俺がにこやかに笑うとクラリスも笑い返して受け取ってくれた。
そうだ。俺がこうして頼めば誰でも聞いてくれるのだ。
俺に命令してくるあの暴虐女以外は……
その暴虐女が泣き喚くのももうすぐだ。
俺はその時が来るのを楽しみにしていたのだ。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
そろそろ山場に差し掛かります。
明日は1日二回投稿目指して頑張ります!