裏切り伯爵視点1 呪いの公爵令嬢を息子が嵌めようとしました
俺はこのルートン王国のヘラルド・コフレンテス伯爵だ。我が家は代々商会を切り盛りしていて、船を使った国外からの貿易を主に手掛けている。
当然海洋国家のアルメリア王国とも付き合いは深かった。
15年前の国王死去と同時に起こった当時の宰相ディエゴ・イエクラ様の反逆の際には、密かにイエクラ様について、大きな利益を上げさせてもらった。
以来我が家の業績は順調だ。国王陛下に取って代わられたイエクラ様は密かに海賊共とも通じているが、当然ながらイエクラ様と親しい我が家の商船が襲われることはめったにない。逆に商売敵の商船をイエクラ様に示唆された海賊共が襲ってくれるので、我が家は順調に商売を伸ばしていた。
そんな俺が計算違いなことと言えば、亡命してきたアルメリア王家の子供たちに我が国の陛下が同情し、断絶していた王家ゆかりのトルトサ伯爵家を復活させて継がせたことと、生まれて間もない王太子の婚約者にその娘のソニアを宛てたことだった。以来、15年間、王太子の婚約者は元アルメリア王女だ。
王太子が即位すれば、アルメリア王国との仲は険悪になるだろう。
そうなった場合に我が家の立場は微妙なものになるかもしれない。それが懸念事項だった。
「しかし、赤髪のジャックもだらしないですな。あんな公爵令嬢に退治されるなど」
我が家に商談に来た造船工房を運営しているカステリア子爵が言った。
ここしばらくの間、急激に販売数が伸びている造船工房で、最新の対海賊魔道具を装備していると噂の工房なのだが、なあに、単に俺と同じでアルメリア王国と通じているだけだ。
そう、売上の一部を国の目を誤魔化してアルメリア王国に上納しているのだ。
「確かに、陸の上でルブランの名前は知られているが、我らの世界の海の上でルブランに負けるなど、余程油断していたのではないか」
俺も頷いた。武のルブランが海軍を率いるなど今まで聞いたこともなかった。ルブランはあくまでも陸の騎士なのだ。
「まあ、ジャックはアルメリアの国王陛下のお気に入りだそうですからな。アルメリア王国からは、出来るだけ早くに裏から手を回して釈放しろと煩くてたまりませんな」
そうなのだ。アルメリアからは矢のような催促が来るのだが、こちらも陛下自らジャックを捕まえたルブランの令嬢を表彰したくらいなのだ。その相手をそう簡単に釈放するわけにもいかなかった。
「そうよ。そこなのだ。頭の痛いところだ。更に近衛を始めとする軍の幹部の多くが、もっと海賊対策のために海軍の増強をせよと言っておるからの」
ルートンの軍部が強くなるのも、何かと面倒だ。
「それと、シルビア王女をアルメリア国王陛下の息子の嫁にという希望も頭が痛い問題ですな」
「我が国は歴史があるだけに、新興のアルメリアには王女の輿入れは反対意見も多い」
「そうですな。勢いから言うとアルメリア王国の方が圧倒的に強いのですが」
カステリア子爵は首を振った。
「帝国がアルメリア王国を応援しているという噂は本当ですか」
「まあ、元々、帝国はアルメリア王国と親しくしていたが、皇帝が殺されて内乱状態になってそれどころではないのではないのか?」
「その話ですが、何でも実は皇帝は生きていて密かに脱出して、内乱を起こした者共を粛清しているという噂を帝国から帰ってきた商船が掴んできたと聞きましたが」
「俺もその話は小耳に挟んだが、本当なのか?」
俺は半信半疑だったのだが。
「複数のルートからその話を聞きましたから、事実ではないかと」
カステリア子爵がほくそ笑んだ。
「それが事実ならば、今まで強気だった我が国の連中もアルメリアの後ろに帝国の陰がちらつけば、慌て出すかもしれないな」
「我が海軍だけでは、アルメリアと海賊連合の海軍には勝てませんからな。その上に帝国の後ろ盾となれば、顔を白くするのも時間の問題ですな。元アルメリア王国の忠臣カラモチャ子爵がこちらについてくれたのもプラスに働きますな」
「カラモチャは武の名門。当主のエステバンは魔力剣力供に当代随一の腕を持つと言われておる。いざという時には頼りになろう」
「ヘラルド様。これらがうまく行けば我らの昇爵の可能性も出てまいりますな」
「まあ、それはどうなるかは判らんがな」
俺達は二人で笑いあった。
カステリアを送って部屋に戻ると、学園に通っている息子のフラビオが丁度明日からの休みで帰ってきた所だった。
「フラビオ。学園はどうだ」
「これは父上。エルグランからの聖女との仲は徐々に進展しておりますよ」
「そうか。聖女様とか」
これはついてきた。聖女はこの国には居ず、珍しい。もし、息子と聖女様がくっつくようなことになれば我が家としてもこれほど嬉しいことはなかった。
「ルブランの小娘はどうしている」
「相も変わらず、大きな顔で学園の中を闊歩してますよ」
俺の問に不機嫌そうに息子が言った。
なんでも我が国の王女殿下にも聖女様にもその態度のデカさで嫌われているらしい。
「それは憂うるべきことだの。呪いの剣のルブランがでかい顔をしているのは気に食わん」
俺がそう言うと
「まあ、父上、私達に少し考えがございます。でかい顔をしているトルトサの息子と一緒に艶聞を広めてやりますよ」
「大丈夫なのか。あの小娘は騎士団長の息子を一撃で気絶させたほどだぞ」
「なあに、准男爵ならばそうなのかも知れませんが、私はこのルートン王国の正当な伯爵家の跡取りなのです。呪いの公爵の娘など恐くもなんともありません。いざとなったら聖女様も協力いただけるそうですから」
息子は頼もしいことを言ってくれた。息子がうまくルブランの小娘を黙らせてくれたるたけの甲斐性を発揮してくれたら、我がコフレンテス家は安泰だとその時はほくそ笑んだのだった。