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VS おばちゃん

私は人混みに紛れると大抵おばちゃんからジロジロ見られる。視線を感じてそっちを見ると大体がおばちゃんだ。


おばちゃんは遠慮がない。上から下まで私を見たあと顔を凝視する。大抵のおばちゃんは視線が合ったら気まずそうに目を背けるけど、一握りの強者は微動だにせず視線で私を打ち負かす。


それにしても、私はそんなにおばちゃん受けする顔なのだろうか。今は髪を伸ばして綺麗に手入れしてるし化粧も普通にバッチリしてる。どう見たって女っぽいのにおばちゃんたちのあの視線は本気で謎だ。


「あ、あれ面白い! 三浦さん見て!」


藤沢さんが指差した先には、毛むくじゃらの珍しい多肉植物が展示されていた。私はそれを見て一瞬で店長を思い浮かべた。


「ふふ、うちの店長みたい」

「え、あんなに剛毛なんですか?」


展示会場に入った直後から藤沢さんはずっと興奮気味だ。こんなに喜んでもらえたなら誘った甲斐がある。


「面白いなぁ。見たことないのばっかり」

「私もですよ。勉強になります」

「三浦さんでも見たことない植物があるんですね」

「まだまだ新人ですからね」

「ねぇ、やっぱり新人モデルなんじゃない?」


そこに突然聞き慣れない声が割り込んできた。そっちを見るとやっぱりおばちゃん。せめて私に聞こえないようにヒソヒソして欲しい。


藤沢さんに気付かれないようにおばちゃんに向かって冷たい視線を送ると、おばちゃんは旦那っぽい人の手を引いて気まずそうに逃げて行った。


「三浦さん、どうしたんですか?」

「いや、向こうにも面白そうなのがあるなーと思って」

「え、ホントに? 行きましょう!」


私は今藤沢さんとデート中だ。おばちゃんたちに構っている暇はない。普段はサラッと流せることでも、ターゲットに狙いを定めている時に邪魔されたらさすがの私もムカムカしてしまう。


私はその後もおばちゃんたちの視線をかいくぐって藤沢さんとの展示会デートを楽しんだ。


……しかし。


『三浦さん(°_°)事件よ(°_°)メールに気付いたら電話して(°_°)』


おばちゃんのみならずオネエとも戦わなければならないとは。やはり女の敵は女ということか。


それにしても、一応店長の顔文字にもバリエーションがあったらしい。この顔文字は今回初めて見た。


そして店長がメールしてくる時は当然仕事の話だ。これは最悪デートを切り上げて帰らなければならないかも知れない。


隣にいる藤沢さんの興奮に水を差すような真似はしたくないけど、さすがに仕事を疎かにすることはできない。仕方がないので、藤沢さんに「すみません、仕事のメールが来てたんで電話してきます」と断り、展示会場を出て人の少ない場所に移動した。


「お疲れ様です。どうしたんですか?」

『お疲れ様! 大変なのよ! あなたが仕入れたあの高いヤツ、2つとも万引きされちゃったの!』

「えっ! ホントですか!? だってショーケースに入れてたのに……」

『施錠が外されてたの。あれはプロの仕業よ!』


なんと。

たしかにこれは事件だ。


この前2つ仕入れた多肉植物はどちらも12,000円の価格で店に出していた。こういうものを盗む目的は大抵転売だ。犯人は既にネットオークションに出品しているかも知れない。


「いつ頃気付きましたか?」

『ついさっきよ。15時過ぎね』

「警察にはもう?」

『一応被害届は出すつもり。まぁ犯人が分からないからアレよね。捜査してもらうのは難しいかも知れないわ』

「防犯カメラの映像見ても無駄ですかね?」

『実はね、多肉植物コーナーがちょうどカメラの死角だったのよ。迂闊だったわ』


盗まれたものが戻ってくることはきっともうない。残念ながら事件は迷宮入り確定だ。


それにしても、犯人は一体どんな人物なのだろう。施錠を外す技術がある人なんて限られているはず。プロの窃盗犯か鍵師くらいのものだ。しかしそういう人物がこんな地味な万引きをするとは考えにくい。


こうは考えたくないけど内部の犯行を疑うこともできる。あの場所が防犯カメラの死角になっていることを知っていて、尚且つショーケースの鍵を自由に扱える人物。


……まさか店長!?


「店長、犯人が分かりました」

『えっ! あなたそういうキャラだったかしら?』

「いや、冗談です。ところで、私もこれから店に行った方がいいですか?」

『せっかくのお休みだもの。そのままデートを楽しんでちょうだい。こっちで何とかするわ』

「……えっ! なんで店長が知って……」

『あらやだ、ホントにデートだったの? うふふ、聞かなかったことにするわ』


そして店長は『お休みの日に失礼したわね』と言って電話を切った。


「藤沢さん、すみません。お待たせしました」

「お仕事大丈夫ですか? 帰ります?」

「いや、大丈夫です。販売コーナーに行ってみませんか?」


気を取り直してデートを再開。藤沢さんは相変わらず興奮気味に観覧を楽しんでいる。


この無邪気さを見ていると、優衣との楽しかった時間を思い出す。本当の優衣を知る前の私は心から幸せだった。何の見返りも求めずに自分の全てを優衣に捧げていた。


だけど、私の純粋な恋心は少しずつ変化していった。優衣に彼氏ができたと初めて聞かされた時からだ。


あれから私は嫉妬に狂う毎日を過ごし、日を追うごとに自分の心を蝕んでいった。それでも一度囚われてしまった心は簡単には引き離せない。あの苦しみはもう二度と味わいたくない。


「えっ! あ、三浦さん!」


藤沢さんが突然声を上げた時、過去の苦い記憶から急に現実に引き戻された。


藤沢さんはたくさんの鉢の中の1つを指差している。そこにあったのは、藤沢さんが欲しがっていたあの玉扇錦。ここに来た一番の目的を果たすことができて私も嬉しくなった。


「あ、あったんですね! 良かった、もしかしたらここにあるかもと思ってたんです」

「ありがとうございます! 買っちゃいますね!」


成長具合もほどほどで見た目のバランスもいい。価格も9,800円と藤沢さんが提示していた予算に近い。本当に嬉しそうなその表情を見た時、安心したと同時に藤沢さんへの自分の気持ちに確信を持った。


この人をもっと知りたい。もっと近付きたい。もし可能性が1%しかなくても、その1%に賭けて100%の力で挑む。それが私だ。


「あの、三浦さん。今度また改めて会えますか?」

「え? そりゃもちろん」

「お礼させて欲しいんです。食べ物は何が好きですか?」

「いや、そんな申し訳ないですよ」

「いえ、こんなに色々してもらったので。私の気が済みません。それに……」

「え?」

「個人的に三浦さんと仲良くなりたいんです。一緒にいるとすごく心地よくて。もちろん、迷惑じゃなかったらですけど」


翌朝。

藤沢さんのまさかの言葉に浮かれ過ぎていた私は、例の万引き事件のことを通勤中の車の中でようやく思い出した。


そういえばどうなったのだろう。店に着いたらショーケースのセキュリティについて本間さんに突っ込まれるだろうか。そして防犯カメラの死角についても対策しなければならないのだろうか。


なんか大変なことになりそうだと憂鬱になっているうちに店に到着してしまった。ハタから見たら私自身に全く非はなくても、私の不埒な計画がこの事件のそもそもの発端だ。咎められなくても何となく気まずさを感じてしまう。


「おはようございます」

「あら、おはよう! 解決したわよ!」

「えっ、はやっ!」


店長の話によると、昨日のうちに全てが解決していたらしい。私のデートを邪魔してはいけないと思って連絡は控えたそうだ。


そして店長は昨日の出来事の詳細を話してくれた。


まず、水やり当番だったおばちゃん社員の佐藤さとうさんがショーケースの鍵を開けて多肉植物を取り出した。


多肉植物は高温多湿に弱いから、佐藤さんは水やりを終えたあと気を利かせてショーケースに戻さず、ある程度乾くまでとそのまま他の安価な商品と一緒に置いておいた。


ちなみに、ショーケースは冷温と通気性を確保できる構造になっている。佐藤さんはそれをうっかり忘れていたのだ。


そして、それに目を付けた犯人にまんまと盗まれてしまった。


その夜、閉店間際のガラガラな時間帯に憔悴しきった年配夫婦が現れた。話を聞くと、旦那の方が「妻が……、妻が……」としきりに呟くだけでなかなか話が進まない。


結局は妻が万引きを犯したと白状し、盗んだ商品を店に返却した。店長は警察に被害届を提出しようとしていたのを温情で取りやめ、その代わりに妻の方に出禁を言い渡した。


おばちゃん2人のコンビネーションによって引き起こされた事件だった。



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