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道は繋がっている

私は雨女だ。

楽しみにしている予定のある日はことごとく雨に降られる。


今日は待ちに待った藤沢さんとのデートの日だ。幸いなことに急な仕事が入ることもなく、すんなり休みを取ることができた。


最近は雨が降ると少し肌寒い。

この日に着ようと思って用意していた洋服では寒いかも知れない。


そう思って予定よりも少し着込んで家を出た。私は性格的にスカートが好きじゃない。仕事でスーツを着る時以外は大体いつもカジュアルなパンツスタイルだ。身長が170㎝あるから私服の時はヒールも履かない。


マンションの駐車場に停めてある愛車に近付き、差していた傘を閉じて後部座席に放り込む。最近バッテリーが不安だったけどエンジンは無事に掛かった。


それにしても、せっかくこの日のために洗車したのに雨のせいで台無しだ。藤沢さんに車のキレイさを褒めてもらうという計画は潰れてしまった。


藤沢さんとの待ち合わせ場所は、ここから車で20分の場所にあるコンビニの駐車場。藤沢さんの家がそのコンビニの近くにあるらしい。約束の時間は13時だ。


という訳でまずはカーナビで目的地を入力。選択して設定完了。あとは私が余程のミスをしなければ無事にたどり着くはずだ。


早速車を出して広い国道に入った。今日は道が結構混んでいる。そういえば今日は日曜だった。私の休みはほとんど平日だから、用事があって出掛けた時も大体道路は空いている。


そして約束の時間の5分前に目的地に着いた。駐車場に車を停めると、コンビニの入り口の横に傘を差した女性が立っているのが見えた。


間違いない。藤沢さんだ。やっぱり私服も予想した通りの清楚な雰囲気だった。淡い色合いのワンピースが良く似合っている。


「おはようございます」


ドキドキしながら車を降りて声を掛けた時、藤沢さんは車と私を交互に見て少し驚いたような顔をした。


「おはようございます。今日はありがとうございます。迎えに来ていただいて」

「いえ、私から誘ったんで。運転好きですしね」

「……あの、三浦さんの車ですか?」


藤沢さんは私の車に視線を向けていた。

私の車は年式の古いゴツめの黒セダン。わりと高級車だから驚いたのだろう。


「あぁ、父の車を譲ってもらったんです。そろそろ自分の好きな車を買おうと思ってるんですけどね」

「そういうことですか。イメージと違うからちょっとびっくりしました」


実は私は結構お嬢だ。

でも両親は『教育に悪い』と言って、私が小さい頃からあまり贅沢させなかった。そのおかげで私の金銭感覚は今も普通だ。


今住んでいるマンションも、就職祝いに両親が買ってくれたもの。私の高校時代、毎日のように家に女子生徒が押し掛けて来ていたから、私の身を心配してセキュリティがしっかりしたオートロックのマンションを買ってくれたのだ。


でも後に『出世払いで半分返せ』と言われた。やっぱりウチの親は甘くはなかった。だからそのうち本気で管理職を目指さなければならない。あの管理職セミナーは無駄ではなかったのだ。


「藤沢さんは普段どんな音楽聴きますか?」

「普通にJポップですかね。あとは時々クラシックを……」


『クラシック』と聞いて迷わずショパンを選んだ。清楚な藤沢さんは間違いなくクラシックを聴くだろうと考えて、車の中で聴く音楽として事前に用意していたのだ。私の勘も侮れない。


「……聴いてはみるんですけど、いつも眠くなっちゃってダメなんです。合わないんでしょうね」


私は咄嗟にショパンを再生しようとする手を止めた。藤沢さんが寝てしまったら大変だ。立て続けに計画が狂っているのに、更に『ドライブ中の会話で雑学豊富さをアピールする』という計画まで崩れてしまっては目も当てられない。


「じゃ、じゃあ適当に音楽流しますね」

「三浦さんが普段聴いてる曲がいいです。どんな曲を聴いてるのか興味あるんですよ」


そして結局、私の車の中で『替え歌メドレー』が流れることとなった。最近、母親が『若い頃に流行った』と言って私にCDを焼いて送ってくれたのだ。


藤沢さんは笑って喜んでくれた。

やっぱり無理をしても何もいいことはない。


コンビニを出発してから10分が経った。

カーナビの予測によると、目的のイベントホールにはあと1時間ほどで到着する。


車で1時間程度の距離なら、いつも電車で数時間の旅をこなしている私にとっては庭のようなものだ。


助手席の藤沢さんは曲を聴きながらクスクス笑っている。時々「これってどういう意味ですかね?」と質問が飛んでくる。正直こんな質問は想定外だった。当然答えは用意していない。


「ごめんなさい、実は私もよく分からなくて……。分からないけどなんとなく面白くて最近よく聴いてるんです」

「どこで知ったんですか? 最近の曲じゃないですよね?」

「……母が。私の母がCD送ってくれて。たまにおかしなことするんですよ」

「あはは、お母さん面白い。いいなぁ、うちの母はこんな面白みのある人じゃないから」

「藤沢さん自身が真面目そうですもんね。やっぱり母親の影響って大きいんだなぁ」


そこからお互いの家族の話になった。

私は一人っ子で両親健在。現在マンションで一人暮らし。

藤沢さんは既婚のお姉さんがいて同じく両親も健在。今はアパートで一人暮らししているそうだ。


この話の流れならと、それとなく結婚について探ってみることにした。現在独り身だとしても年齢的に婚活中かも知れない。もしそうだとしたら、まだ親しくなっていない今聞けば傷は浅くて済む。


「最初藤沢さんは結婚してる人なのかなーと思ったんですよ。綺麗だし落ち着いてるし」

「いやいやとんでもない。実は結婚願望ないんですよ」

「え、そうなんですか?」

「なんか恋愛に疲れちゃって。1人が一番気楽です」


こういうことを言われると変な期待をしてしまう。


藤沢さんの言うことが本音なら、心のどこかで心配していた『実は優衣と同じタイプかも』が否定されることになる。


もしそうだとしたら、


……もしそうだとしたら?

私は一体何を期待しているのだろう。


「それより三浦さんの方は? 彼氏いないって言ってましたけど」

「藤沢さんと同じですよ。恋愛って疲れるだけだから。恋愛で傷付くより1人でいた方がいいです」


これまで私は必死になって藤沢さんの気を引こうとしていた。だけど気を引いたところで最終的にどうなるというのだろうか。


現実を無視して今の本音を言えば藤沢さんと付き合ってみたい。まだ知り合って日が浅いとはいえ、この胸のときめきは紛れもなく本物だ。


それでもやっぱり性別の壁は厚い。私がどんなに頑張っても壁を乗り越えるのは不可能に近い。あの遊び人の優衣でさえ、あれだけ『那央さんって超イケメンですよね!』と言いながら、女だからという理由だけで私の存在を歯牙にもかけなかった。


「でも意外。こんな人を周りが放っておくなんて」

「いえ、誰からも相手にされません。中身が微妙にヘンなので」

「逆に魅力だと思いますよ。私は今の三浦さんの方が好きです」


『好きです』の一言で私の憂鬱は一瞬にして吹き飛んだ。


これはもっと好かれなければ。

今の私の方が好きということは、無理して自分を着飾る必要はないということだ。


ということは、私がいま実は道を間違えたという事実を伝えても笑って許してもらえるということだ。


「……あの、道間違ったみたいです」

「え? あ、大丈夫ですよ。急がないですしね」

「すみません。実は方向音痴で……」

「ふふ、意外。三浦さんって実は可愛いんですね」


私を『可愛い』と言ってクスクス笑い始めた藤沢さんに更にときめいてしまった。カーナビを使って道に迷うと大抵の人は呆れるのに、藤沢さんは許すどころか可愛いとまで言ってくれた。


きっと大丈夫。道はどこかで繋がっている。勢いで突き進めばいつかは目的地にたどり着くはずだ。


……多分。



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