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そしてついに

そしてなんと。

ついに。


「あ、お帰り。今日は早かったね」

「うん、ただいま。ねぇ、ちょっと聞いて」

「え、どうしたの?」


なんと……。

1年近くの努力の末に……!


「実はね、係長から課長に昇進することになったの」


なんと……。

私が店でカツラを被って頑張っている間に希さんの方が昇進してしまった。


「え、あ……そうなの? おめでとう……!」

「ありがとう。ちょっと大変そうで不安なんだけどね」

「……あ、そうだ。じゃあ今度お祝いしないと。さすが私の希さんだ……!」

「ふふ。那央のだっけ?」

「そういうことにしておこうよ……」


これはもう仕方がない。

私からのプロポーズは諦めて希さんからプロポーズしてもらう方向に計画を変更しなければならない。そう考え始めたらショックをケロッと忘れてしまった。


でもまぁ、一応あれからミートショップの経営はかなり順調に行っていて、特別報酬やら昇給やらで結構収入は増えている。だから『主にバイヤー』の肩書きに変化はなくても多少の自信は付いていたのだ。


だから、その自信を今後は嫁特化型として成長していくために活かして行こうと決意した。


……しかし。


「ねぇ那央、無理しなくていいよ? 那央だって仕事大変なんだから」

「いや、私が希さんのためにキャラ弁を……!」

「それさ、もしかして那央の店の店長?」

「他に似顔絵描ける人いないんだよ」

「だから無理しなくても。普通のお弁当でも充分嬉しいからさ」


そして更に。


「希さん、今日は家でゆっくりしてて。私のためにお夕飯とか考えなくていいから」

「え、そっか……。那央が食べたがってた特製きのこハンバーグ作ろうと思ってたんだけどな」

「えっ! ……そうなの……?」

「ふふ。食べたいんでしょ?」

「……食べたい」

「だから無理しなくていいって。私は全然負担に思ってないんだからさ」


こうやってどうにか希さんの支えになろうとしても、やることなすこと全てが空回りしてしまう。私には希さんを引っ張って行く旦那力もなければ希さんをサポートする嫁力もない。私は一体希さんの何なのか。そう考え始めたらショックでドンヨリしてしまった。


いや、ドンヨリしている場合ではない。これ以上希さんに置いて行かれないように他に何かやるべきことがあるはずだ。


そう考えた時、自分が今置かれている状況をふと思った。


未だに優衣と続けている例の『契約』。私は今までずっとここを逃げ場にしていた。優衣の心の変化に薄々気付きながらも、考えることを先送りにしてずっと甘え続けていた。


こんな甘えた自分のままで希さんに追い付けるはずがない。希さんを支えられる存在になれるはずがないのだ。


もう、そろそろ潮時だ。

こんな関係はお互いのためにならない。3年近くも惰性で続けて来た関係をそろそろ終わらせる時だ。


「那央さん、何かあった?」

「ん?」

「ちょっと元気ない気がする」


そう強く心に誓ったとはいえ、やっぱり急にこんな話を切り出すのは勇気が要る。優衣がどんな反応を見せるかも全然想像が付かない。


「……そう? 気のせいじゃない?」

「あの人?」


たしかにそれもある。追い付こうと必死になってやっと近付いたらまた離され……。そんなことがあって若干落ち込んではいた。


でも、今回はそれだけではない。

『もうこんな関係は終わらせよう』。

そう伝える覚悟でここに来たのだ。


「もう強引に奪えばいいのに」

「できないよ。多分腕力でも勝てないし」

「じゃあ……」

「ん?」

「……何でもない。もう言わないことにした」


優衣はあれ以来、私を困らせるようなことを一切言わなくなった。


今、優衣は『契約』に縛られ、私は『契約』を利用している。そうなった時点でもう会うべきではなかったのかも知れない。


「ねぇ、優衣」

「ん?」

「一応聞くけど、このままでいいの?」

「那央さんとの関係?」

「うん」

「いいよ」

「……そんなあっさり」


優衣は本当にあっさり割り切ったような顔をしている。でもこれは本心を隠しているだけだ。本気でこのままでいいと思っている訳がない。


「だってさ、そうしなきゃ那央さんと会えなくなるでしょ? 最初からただの契約なんだし」

「割り切ってるんだね」

「そりゃ私から言い出した訳だしさ。もしかして解約したい?」

「……の方がいいのかと思って」

「私のためとか思ってるんならやめて。違約金取るよ?」

「い、違約金って……」

「元々『那央さんに恋人ができたら』っていう契約でしょ? 今解約するのは違反だもん」


どうやら『契約』を利用していたのは私ではなく優衣の方だったらしい。感傷に浸るだけ無駄だったようだ。


でも、優衣がそれでいいとしても私がダメだ。これ以上自分を『ダメ女』と罵りたくはない。


「……じゃあ、違約金払うよ」

「100万ね」

「えっ!!」

「3年分の風俗代だと思えば安いでしょ?」

「ホントにお金取るんだ……。しかも風俗って……」

「じゃあ他に払えるものある?」


返す言葉がなくて黙り込んでしまった。女は本当に口が達者だ。こういう言い合いになると絶対に私が負ける。しかも私は普通の女より腕力もない。つくづく自分の存在意義に疑問を感じる。


「もう分かったよ。那央さん元々純粋な人だからね。高校時代からそうだったし」

「……まぁね」

「私のこと好きだったでしょ?」

「えっ! ……気付いてたの……!?」

「ふふ、うん。気付かないフリして遊んでた。あのとき奪っておけばよかったなぁ」


そして私はショックで何も言えないまま優衣の部屋を後にした。結局あのまま優衣に転がされて解約の手続きを果たすことは出来なかった。


隠していたはずの気持ちが実はバレていたとは。しかも優衣はそれを面白がって私で遊んでいたとは。『あのとき奪われなくて助かった』と本気で思った。ボロ雑巾になった自分の姿が容易に想像できる。


ショックで頭が熱っぽくなり、家に着くなりリビングのソファーに倒れ込んでしまった。私は案外繊細な神経の持ち主だったようだ。神尾氏のことは言えない。


「那央、大丈夫? 体調悪い?」


熱っぽいなりに夕食の準備だけは頑張った。こうして遅くまで残業を頑張っている希さんの前で泣き言は言っていられない。


「ちょっと熱っぽくて。寝てたら治るよ。私だし」

「また無理したの? ちゃんとお夕飯用意してくれてるけど」

「いや、自分がお腹空いてただけ。だからついでに」

「ふふ。嘘ばっかり」


希さんが帰って来たら少し熱っぽさが収まった。こういう時も単純な脳みそは便利だ。機械と一緒で構造が簡単な方が修理しやすい。


ちなみに今日のメニューはエビフライカレー。ホントはエビとほうれん草のカレーにしようと思ったけど、前に希さんが言っていたトラウマに触れてしまうからエビフライに変更した。こんな細かいことを覚えているのはやっぱり愛ゆえだ。


2人で食べ終えた時、希さんが私の熱っぽさを心配して「ソファーに横になってて。私が洗い物するから」と言ってくれた。ここで無理をするとまた怒られるのでお言葉に甘えることにした。


ソファーに倒れ込んで瞼を閉じ、今日の出来事を改めて思い返した。まだ胸がモヤモヤしている。優衣を嫌いになったとかそういうことではない。もはや自分の中だけの問題だ。


次に会った時には、優衣に翻弄されないように意志を強く持たなければならない。これくらいのことが出来なきゃ希さんに追い付くことなんて出来ない。


するとその時、冷たいものがそっと額に触れた。希さんがタオルを用意してくれたのだ。こういう気遣いには相変わらず胸が熱くなる。


「……やっぱり私には希さんしかいないな」

「ふふ。また急にそんなこと言うよね」

「こんな情けない女でごめん。頑張っても全然希さんの役に立てない。空回りしてばっかりでさ」


すると希さんはやっぱり私の頭を優しく撫でてくれた。この人は私の頭を撫でるのが好きらしい。何も聞いてこないところを見ると、私が何のことを言っているのか分かっているのだろう。


「那央さ、私の昇進のこと気にしてるでしょ?」

「……情けないよね、ホント」

「全然。私を支えたいと思ってくれてるんだよね?」

「……うん」

「私はね、人のために一生懸命になれる那央が好きなの。そんな人にこんなに想われてることが本当に嬉しいんだよ」


優しい言葉に涙腺が緩んだ。

希さんは私の純粋な気持ちを真っ直ぐ受け止めてくれる。どんなに私が空回りして情けなくても絶対笑ったりしない。


「だからさ、無理して頑張らないで。そばにいてくれるだけで嬉しいからさ」

「まぁ……うん。希さんがそこまで言ってくれるなら」

「ふふ。元気出た?」

「出た。明日から頑張る」

「だから頑張らないでってば」


するといきなりデコピンが飛んできた。


「いてっ!!」

「あっ、ごめん! ちょっと強くしすぎた!」


タオル越しなのに結構痛かった。じゃれ合いのつもりで力加減を間違えたらしい。でも愛のデコピンだから許す。


「あ、そうだ。来週会社の人と飲んでくるね。後輩の女の子が私と飲みたいって言うからさ」

「うん。行ってらっしゃい」

「その日出張だっけ?」

「うん。その日に帰って来るよ。たぶん希さんより早いと思う」


希さんは律儀な人だ。私の予定には全然干渉して来ないのに、自分のことについては『誰とどこでどんなことをする』と結構細かく教えてくれる。たぶん私に心配を掛けないようにそうしてくれているのだろう。


ことごとく気遣いのできる優しい人だ。希さんには幸せになって欲しい。でも私以外の人に幸せにされるのはイヤだ。だからやっぱり私が幸せにするしかない。


希さんは結婚願望はないと言っていたし、私がいる限り恋愛は考えられないと言っていた。それが本音だということは言葉だけじゃなく態度でも分かる。私がしっかりしていれば希さんは私のそばにいてくれる。


だから、恋愛感情なんか抑え付けて希さんをそばで支えて行きたい。恋心なんて一時的なものだ。先を見据えれば大して重要なことじゃない。


「い、いらっしゃいませ……!」

「すみません、カンパニュラってありますか? ピンクのが欲しいんですけど」

「あ、それでしたら……、こちらです!」


最初は怯えた子羊だった神尾氏も最近はずいぶん頼もしくなった。真面目で努力家の彼はどんどん成長している。


「あ、これです。ありがとうございました」

「こちらこそ、いつもありがとうございます!」


ちょっと前に新しく入った女の子の影響もあるのかも知れない。あの頃から目に見えて頼もしくなった気がする。


「最近神尾くん人が変わったわよねぇ……。やっぱり後輩の影響かしら?」

「それもあると思いますよ。元々真面目なのが大きいと思いますけど」

「いいことね。若手が増えて店に活気が出たわ。時代は変わって行くのね……」


店長がちょっとしょんぼりして見えるのは気のせいということにして、とにかく私も神尾氏に負けないように頑張らなくてはならない。いや、頑張ると怒られるからほどほどに力を入れなければならない。


まずやるべきことと言えばやっぱり優衣のこと。いつまでもコソコソと希さんに隠し事をしたままではダメだ。優衣との関係にきちんとけじめを付けて強い女にならなければ。


『今電話していい?』


その夜、初めて自分から優衣にメールを送った。思った通りなかなか返信は来ない。前回会った時のいきさつもあって、私からの急な連絡に警戒しているのだろう。


そして深夜0時過ぎ。

諦めてそろそろ寝ようと思っていた頃、ようやく優衣からの返信が届いた。


『何の話?』


察しは付いているのだろう。電話OKの返事はしてくれなかった。


『この前はっきり伝えられなかったから』

『メールじゃ駄目なの?』


やっぱり優衣は電話することを許してくれない。気持ちが分かるだけに少し辛かった。でも私だってここで引き下がる訳にはいかない。


『メールで納得してもらえるなら』


そして結局、このメールを最後に優衣とのやり取りは途絶えてしまった。こうなったら強硬手段に出るしかないのか。もしくはこのままフェードアウトするという手もある。


いや、フェードアウトはどう考えてもズルいし、忘れた頃にいきなり連絡が来てモヤモヤしてしまうかも知れない。


だったら強硬手段だ。直接優衣の部屋に押し掛けて納得してくれるまで話す。もし現金を請求されたら札束を叩き付ける覚悟だ。


「那央、気を付けてね。行ってらっしゃい」

「行ってきます。あ、明後日の夜だったよね? 会社の人と飲みに行くのって」

「うん。遅くなるかも知れないから先に寝てて」

「分かった。じゃあ行ってきます」


今日、明日、明後日と3日間かけて遠方へ出向く。明後日は早く帰れるから、家に帰る前に優衣の所へ行くつもりだ。前に教えてもらったシフトではその日は休みのはず。もし家にいなければ改めて別の日に行くしかない。


今までは、こんなふうに一つのことばかり考えていたら大体道に迷っていた。でも最近はそういうことが全くない。気付いたら方向音痴を克服できていた。今回も一切道に迷わずに仕事を全う出来た。


自覚がなかっただけで私も案外成長しているのだということに気付き、こんな小さなことでも嬉しいものだと心が軽くなった。


3日目の仕事を終え、ローカル電車に揺られながら心臓をドキドキさせた。これから優衣の部屋に行く。もしかしたら不在か、実はいるのに居留守を使われるか、最悪警察を呼ばれてストーカー扱いされるか。どうもこういう時は悪い方にばかり考えてしまう。


そして私の予感通りやっぱり優衣は不在だった。元々優衣は家でのんびり過ごすタイプではない。いつも誰かと繋がっていたいタイプだ。これはもう、日を改めて夜遅くに訪ねるしかないだろう。


自宅に近付くにつれて疲労感が増して来た。優衣の不在で緊張が解けたせいだ。あれから何度かメールを送ったけどやっぱり返信はない。あんまりやると自分がストーカーみたいで気が咎めるからもう送らないことにした。


それにしても、優衣は案外本気らしい。あれだけ男を取っ替え引っ替えしていたのが嘘みたいだ。私なんかに執着しなくてもいくらでも相手は見付かるはずなのに。


あんまりスッキリしない気分のままマンションのエレベーターに乗り、帰宅したのは19時過ぎだった。希さんはまだ帰っていない。酒を飲むならまだしばらく帰って来ないだろう。


部屋が蒸し暑いからエアコンの電源を入れ、リビングのソファーに座ってお土産のお菓子をテーブルに置いた。広いリビングが静かで寂しい。そう思ってテレビを点けてみると、希さんと2人でよく観るクイズ番組をやっていた。


私はいつもほとんど正解を答えられない。得意なのは英語問題と植物問題だけだ。そして希さんの正解率はジャンルを問わず8割を超える。やっぱり管理職になるにはそれだけの知識が必要なのだろう。


私も心意気だけは負けないようにとテレビを観ながら「かきのもと!」と叫んだ。正解だったけど1人だとやっぱり虚しい。


どうやらスペシャル番組だったようでなかなかクイズ番組は終わらない。私の虚しいシャウトはいつまで続くのだろうか。


その時ふと自分が空腹だったことに気付いた。優衣のことに集中していて夕食を取るのを忘れていたのだ。でも今から作るのはめんどくさい。希さんのためならともかく自分だけならテキトウに済ませてしまってもいいだろう。


そして私はテーブルの上のお菓子に手を出した。こんなことを知られたらまた希さんに怒られてしまう。


箱の中の小分けにされたお菓子が半分無くなった頃、リビングのドア越しに物音が聞こえてきた。希さんが帰って来たようだ。私は慌ててお菓子の空袋をゴミ箱に投げ、何事もなかったように壁時計を確認した。


今は21時過ぎ。飲んできた割には意外と早い。おかげですっかり油断してしまっていた。


「ただいま」

「あ、希さん。おかえり」

「帰ってたんだね。お疲れ様。ご飯食べた?」

「帰りに食べて来たよ」


シレッと嘘をつきながら、少し残っていたペットボトルのお茶を飲み干した。中途半端にお菓子を食べたら逆に空腹感が増してしまった。後でコッソリおにぎりでも作ることにしよう。


それにしても希さんは、飲んだ割には全然酔っている雰囲気がない。心なしか少し元気がないようにも見える。飲み会で何かあったのだろうか。とりあえず元気を出してもらおうと思い、隣に座った希さんに菓子箱を差し出した。


「はい、お土産」


すると、希さんはお菓子を手に取りながら、心ここにあらずといった様子で呟くように言った。


「那央、今までごめんね」

「ん? ……なに?」


なんだろう、この意味深な謝罪は。そしてこの深刻そうな顔は。


何か嫌な予感がする。


「那央、あのさ……」

「ん?」

「あとで私の部屋に来て」


心臓がドクッ……っと嫌な音を立てた。

こんなことを言われたのは初めてだ。


わざわざ私を部屋に呼ぶということは、何か落ち着いて話さなければならないことでもあるのだろう。


もしかしたら、私が一番恐れている言葉をここで聞かされてしまうかも知れない。


「えっと……。なんか絶望的な話?」

「え、絶望的って?」

「いや、同居やめるとか」

「違うよ。そんなこと考えてない」

「……良かったびっくりしたー。やめてよ心臓に悪い」


本当に心臓に悪い。今回ばかりは本気でドキッとした。出て行かれる要因は山ほど思い付くからだ。


でも、そういう話じゃないとしたら、希さんのこの様子は一体どうしたというのだろう。やっぱり、さっきまで一緒に飲んでいた相手と何かあったとしか思えない。


「で、どうしたの?」

「那央と一緒に過ごしたくて」


一緒に過ごす。

しかもこの時間から。

それもわざわざ希さんの部屋で。


この人は急に何を言い出すのだろう。

そんなことをしたら私がどうなるか分かっているのだろうか。


「えっ、いや……別にいいけどさ。どういうこと? なんか今日希さん変じゃない?」

「えーと……、今更どう言ったらいいのか分かんないんだけど」


すると。

突然首に腕を回され、柔らかい身体が私に押し付けられた。希さんの思い掛けない行動に身体が硬直する。


「……え、希さん?」


驚きで身動きできずにいる間も希さんの身体はどんどん密着してくる。


希さんが変だ。普段一緒にビールを飲んでいてもこんなに変になることはない。


その後も希さんの誘惑は止まらなかった。

私の耳元で吐息を漏らしながら首筋に唇で触れてくる。そんなことをされたら身体がゾクッと反応してしまう。


酒か。きっと酒のせいだ。

ほっぺたツンツンすら許さないガードの固い希さんがシラフでこんなことをするはずがない。


しかし、多少頭が混乱していても身体は正直だった。私の腕は勝手に希さんの腰を引き寄せる。


至近距離で私を見つめてくる瞳は少し潤んでいる。首筋をなぞる手つきがいやらしい。私は上がる息を必死に抑えながら、このまま押し倒してしまいたい衝動と戦った。


本当はこのまま抱いてしまいたい。だけど希さんの真意が分からないまま安易にそんなことをしてはダメだ。


しかし。

私の視線を釘付けにしている唇が少しずつ近付いてくるのを見た瞬間。


わずかに残っていた私の理性はフッと消え失せた。



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